JIA愛知建築セミナー2008「明日をつくる建築家のために」
シリーズ2「住まいと建築」第5回

横内敏人氏とジェフリー・ムーサス氏を迎えて

(後藤文俊/アトリエ後藤建築事務所)
 シリーズテーマ「住まいと環境」の締めくくりとしての宿泊セミナーは京都。
 テーマに合わせ2人の建築家、横内敏人氏とジェフリー・ムーサス氏に迫る。今回、講演とそれぞれのアトリエと作品の見学が予定され、宿泊セミナー参加者45名の期待と共に、5月16日朝8時に名古屋バスターミナルを出発した。
聴竹居見学
 テーマに合わせ「聴竹居」を訪問。「環境共生住宅」の原点である藤井厚二氏が「実験住宅」として設計された自邸である。日本の気候風土に合わせた住宅を環境工学の視点から追求し、多くの試みを実証、その針のようなディテールが私の心を揺れ動かす。時の試練に耐え、保存の様子を竹中工務店の松隈氏より解説していただいた。
「建築と文化」 ジェフリー・ムーサス氏
 ムーサス氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院時代に、現代建築において世界の先端を行く日本建築に憧れ、MIT在学中、竹中インターンシップで京都を訪れた。日本の伝統建築を大工さんから直接学ぶため、中村外二工務店で3年働き、後に独立。氏は、日本での歴史的価値のある建物が失われている現状を嘆き、京都での160 ~170年前の蔵の再生について語った。材料の再利用など経年による美しさの保存だけでなく、所有者の現状を取り入れ改修した。
 改修の苦労と共に見えてくるのは、まさに日本の伝統建築の文化である。古いものを残しながら使い勝手を考慮し、何を残すかの選択が重要。その目を養ったのが谷崎潤一郎の『陰影礼讃』だ。「いかに日本人が陰影の秘密を理解し、光と影の使い分けに巧妙か」と感嘆する。
 続いて話は、小さな町屋の玄関庭空間と奥庭の知恵のすばらしさに広がる。簾や引き戸などにより外にも内にもなる縁側、生活と自然をつなぐ日本独特の空間の京町屋は自然そのものであった。
ジェフリー・ムーサス氏
町屋のジェフリー氏のアトリエ見学
 翌日、氏のアトリエを訪問。実際の町屋を訪れ、陰影礼讃の世界・坪庭の灯篭・手水鉢・縁側の簾・引き戸の京町屋の風情を体感した。
 伝統建築を学び、自身で町屋の改修をしながら日々暮らす氏は、伝統建築のあるべき姿を研究し、安易な建て替えに警鐘を鳴らす。日本人よりも日本を愛し、より日本らしさを追求する優しい氏の京町屋への思いが伝わってきた。
ムーサス氏のアトリエにて
「和の創造的伝統について」 横内敏人氏
 横内氏は、ポストモダンに憧れアメリカのMIT大学院で学んだ後、前川國男建築設計事務所を経て奥様の実家である京都で独立。アメリカでの経験は「世界の人が誇りに思う日本の文化を自分の形で受け継ぎ発展させ、日本人のつくる新しい建築も日本の伝統文化と同様に素晴らしいと言われたい」という強い思いに変わる。
 その後、日本を巡ることにより、日本の独自性、文化をさらに体感する。森の国である日本は、常緑樹と落葉樹のコントラストの風景が美しい。多雨の日本において、軒下空間が一番魅力のある空間である。また庭は自然に見えるよう手入れするなど、高い技術である庭園と建築のあり方で日本の自然と伝統美を述べた。
 「建築家の仕事は生活の実体験から生まれる。自ら住んで、心地よいと思える家をいかにつくるかを腐心している。その中で暮らしたとき、自分が日本で育ち、日本人に生まれてよかったと思える家ができたらいいと思い、仕事を続けている」と力強く語った。
横内敏人氏
氏のアトリエ、若王子ゲストハウス見学
 翌日、事務所と隣に立つ若王子ゲストハウスを訪問。自然に溶け込む落ち着いた佇まいに感嘆。スケッチ・図面を詳細に説明され、熱い思いが伝わる。
 横内氏がアメリカに渡って見たものは、世界の中の「日本」であった。日本の伝統建築の魅力と共に四季に表れる自然の美しさを感じ、それらを取りこむ伝統文化・宗教観を再認識し、自ら伝統文化の継承に取り組み、現代建築に広げる。世界の中の日本の存在を冷静に見ることにより日本の伝統建築のすばらしさと継承の重要性を認識し、逆に世界から注目される日本の現代建築に挑む。
 ムーサス氏、横内氏、両氏の情熱は力強く参加した若い建築家に向けられた。
横内氏のアトリエにて
参加者の声
●初めに聴竹居の見学でしたが、とても感動しました。どのような建物か知らずに入ったのですが、今までに見たことがない住宅で、開放感や各部屋同士の関係性、生活していないのに、その当時の生活感がものすごく伝わってきて、改めて建築はおもしろいなと思いました。私が建築に興味を持ったきっかけになったのも、ある住宅からで、将来も人が幸せになる住宅を自分が設計できたらいいなと日々勉強に励んでいます。
 2日目の横内氏の事務所訪問は京都なのに田舎の森の中に来た気分になり、自分もあんな気持ちの良いところで生活がしたいと素直に思いました。自然環境と建築が身近にあるというのはなかなか都会では見られないもので、横内氏の設計した建築には自然があってこそというものが多く、とても興味がわくものばかりでした。
 ムーサス氏は私たち日本人以上に日本を知っていて、日本らしさを持った建築を多く建てられているなと思いました。蔵の改装のお話は、ちょうど私の研究室で使用しなくなった蔵についての今後の活用などを考えている最中だったので参考になりました。
 今回は私の好きな京都ということもあり、今まで見たことがなかった京都の一面や建築家を知ることができ、とても勉強になりました。ありがとうございました。(河上千恵/豊橋技術科学大学)
●アメリカを故郷に持ち、今もなお日本の建築や文化に魅了させられ続けているムーサス氏は、どことなく日本人よりも日本人っぽい面持ちを見せていた。先日、私自身、古い蔵の実測を研究室の仕事の一環として行ったのだが、あまりにもひどい保存状態と立地の悪さに再生の糸口が見出せないでいた。そればかりか毎日愚痴ばかり出る始末だった。しかし氏は最悪状態の蔵の再生を成功させていた。その映像を見るや否や感動はおろか畏怖感が募った。再生というよりは復元に近かった。内部のものを風雨から守るという蔵の姿は修復により実現され、そこに人が集う場としての要素が盛り込まれていた。たくさんの自然素材と人の手がそれを可能にさせていた。しかし質感の話などしない。「ただそこに蔵が存在し、人を愛してくれる空間が現われることが楽しみで好きなんだ」と終始言っているように感じた。(兵頭李己/豊橋技術科学大学)
●建築セミナーのハイライトは何といっても実際の建物を見せてもらい、講師本人との会話の機会も持てる最終回にある。今回は京都へおもむきJ.ムーサス氏と横内敏人氏の講演を聴き、2人の作品やアトリエを訪ねることができた。2人の建築にかける思いや行動が身近に伝わり大変良い勉強になったし、京都の街の魅力を改めて感じた2日間であった。
 日本の町屋に魅かれるアメリカ人、アメリカに渡って日本の良さに気づいた日本人。生まれも育ちも違う2人の目を通して日本建築の魅力や特徴が語られ、興味深かった。どっぷり町屋につかって仕事をするムーサス氏と、京都のまちなかに近いとは思えない別世界の自然の中で仕事をしている横内氏との対比も面白いものであった。
 ムーサス氏が手を入れながら住む町屋は暗く狭い、冬寒そうな段差だらけの家。便利で快適さを求める人には受け入れがたいものだが、ムーサス氏は長い時間の経過でしか得られないものを受け継いでいくことに建築の価値や意味を見出しているのかもしれない。改めてふだん自分がつくっている家を問い直す機会になった。(藤吉洋司/藤吉建築設計事務所)