JIA愛知建築セミナー2008「明日をつくる建築家のために」
シリーズ2「住まいと建築」第4回

平野勝雅氏、保坂猛氏を迎えて

(長尾英樹/Meet’s設計工房)
 JIA建築セミナー2008シリーズ2「住まいと環境」第4回は4月25日(土)に、平野勝雅氏、保坂猛氏をお迎えし行なわれました。
「作品を語る」 平野勝雅氏(岐阜の大建met 所属)
 平野氏は、地元岐阜市出身の若手建築家として、我々も馴染みの深い大建metさん所属で岐阜を中心に活躍されています。最近の現場の写真を交え、分かりやすい口調で、福祉の店舗「半建築」、グループホーム「ちゃぼぼ」、「こみちきかく」「長良川プロムナード」「ふ ふ ふ」「Y邸イノベーション」「勝山市福祉健康センター」などが紹介されました。
 「半建築」では、仮設足場を建築に取り込むことにより工期短縮をし、ユニットとして構造体に50mm角のスティールパイプを使用し、ブレースの一部をエキスパンドメタルで代用し、庇や目隠しとしても機能させている、機能的で斬新なアイデアがとても素敵でした。「ふ ふ ふ」は1階が喫茶店舗で2階が住居ですが、この構造も木造とスチールパネルを合わせるという斬新な組み合わせによって1階の柱を抜いています。一見、木造にしか見えませんが、よく見るとどうして成り立っているのかと興味がわきました。どうしても柱を抜きたい場合、いろいろな考え方があるのだなと一同、感嘆の表情でした。
 また、いろいろなコンペにトライされており、数々の優秀作品のお話が伺えました。中でも素晴らしいのはスタディにかける時間と深い探求力! これだけの手間をかけ、手塩にかけた建築は、間違いなく人々の感動を生むだろうと思いました。
 計画物件で特に興味深かったのは、「こみちきかく」です。こみちを設けることで境界線をやわらげ、境界線が境界線でなくなる。今後のまちづくりにおけるコミュニティのあり方を改めて教えられました。
 最後にお見せいただいたのが、大垣の古い民家の再生プロジェクトです。新たな基礎手法などで本体を生かしながら住宅をリニューアルしていく姿がとても素敵でした。施主さまの気持ちを考え、古木も残したいという考え方が素晴らしいものでした。
 平野氏のご講演で、地元岐阜のレベルの高さを感じ、勇気をいただきました。
平野勝雅氏
「屋内と屋外の新しい関係性の建築」 保坂猛氏
 保坂氏は2005年にJIA東海支部設計競技にて作品名「湧き水パビリオン」で銅賞を受賞されています。ご紹介いただいた作品は「アクリルの家」「LOVE HOUSE」「屋内と屋外の家」「ほうとう不動」などです。
 「アクリルの家」は、山間の広大な風景の中に、箱が段々と積んであるように見える白い住宅です。開口はアイラインをしっかり考えて設計されてあり、風景をうまく取り込んでいました。その風景を取り込むものは、ガラスではなくアクリルです。なぜかというと、アクリルのほうが透明度が高く厚さを感じさせない上、断熱性も高い高性能な素材であるからなのだそうです。
 「LOVE HOUSE」は自邸で、これは一旦仕事に線引きをして、新たな保坂氏をつくりあげる役を担った作品となったのだそうです。旧約聖書の創世記の中のお話として、地球の始まりから人間が存在するまでを6日間で表現されました。1日目:光と闇→2日目:大空・大地・海→3日目:植物・果樹・草木→4日目:太陽・月・星→5日目:生物・鳥→6日目:人間の男女、の順で出来上がった人。それをひもとかれて、住宅に必要なものが見えてきて、自然界と向き合うのが人としての根源的な部分であるということになったのだそうです。とてもおもしろい考え方でした。近作の「屋内と屋外の家」は、そうした自然と向き合う人間に視点をおいた、素晴らしい発想の住宅だと感じました。「ほうとう不動」は、山梨の名産である、ほうとうという、うどんに似た食べ物の店舗で、富士山のふもとの立地ということもあり、山の一部が隆起した形で、建物よりは洞窟というイメージでした。現在、工事中で、現場写真を見せていただきました。波打った屋根と外壁が一体化した構造体で、その構造と仕上げの詳細を説明してくださいました。ご苦労なさった技術的な部分を惜しみなく公開される姿勢に、建築家としての器の大きさを感じました。
 両氏のご講演終了後、印象的だったのは、「今どきの若手建築家は軽くて設計にあまり深みがない」と思っていらした40歳以降の建築家の方々から「若手建築家の素晴らしさに触れて感動した」という声が多く聞かれたことです。講演が、技術的、システム的、軽い観念的な建築の話ではなく、人間的な世の中をつくる方向への導きを感じさせたからであろうと私は推察しています。
保坂猛氏
●保坂氏が考える「建築」に対して私なりの解釈を述べる。
 保坂氏は住宅を考えるにあたり、人が住まう環境に必要となる要素を旧約聖書から持ち出した。「光と闇・太陽と月・緑・水・動物(トリ・男・女)」、これらから作品のスタート地点を作り出した。講演は、住宅を構成していくプロセスから始まった。
 私の教わっている先生方は言う。敷地をまず見ろと。敷地のアプローチ、周辺環境の調査。ここからコンセプトを作り出していく。敷地と対面して初めて文字として建物の外枠が浮き彫りになってくる。しかし保坂氏の場合は360度に近い視野で「住居とは?」。どんな敷地条件でも当てはまるようなツールを備えながら、作品を構成させてきたと考える。
 「LOVE HOUSE」もそうである。狭い敷地条件の中で人が住める空間を提供し、採光は屋根からの奇抜な隙間を介して室内に差し込ませた。室内でも室外を感じさせる360度の視野。「影」の演出を、1日の時間軸をもろに認識できる。
 私の今住む学生アパートからは四角い立方体がドーンと幅広く構えているのが見える。洗濯をベランダに干す姿や友人と話す大きな声、通学に向かう同世代の学生。もし360度に近い視野を持つ人が同じ空間を共有できたら何を感じ、何を考えるだろうか。
 様々な方の講演を拝聴できる場を設けてくださり、ありがとうございました。(河村元気/愛知工業大学)
●1人目の先生は岐阜で活躍されている平野勝雅さんでした。調整区域に計画中の新しい街にたくさんの小径をつくる「こみちきかく」というプロジェクトは、径に接する2者の住民が同意すればそこを自由に利用できるというものです。都市計画というと抽象的な理念ばかりが先行した事例を思い浮かべますが、これは現実的で分かりやすく、どんな結果が出るのか楽しみです。紹介して下さった作品のほとんどが平野さんの事務所の近くにあり、仕事と生活の場が一致しているとのことでした。そのためか、クライアントや周辺に住む人たちの目線で観察し、「我が街」の一部をつくる気持ちで関わり、建築家として提案をしていく活動をとても興味深く思いました。
 もうお1人の先生は保坂猛さんで、屋内と屋外の関係性をテーマにした作品を紹介していただきました。「東京ドームができたとき、雨でも試合が中止にならない一方でつまらなくなった。季節や天気に影響されない均質な風景になってしまった」という話が印象に残りました。新しく現れたものや得られるものは認識しやすいのですが、くなる方はいつの間にかなくなっていく、ということに気付かされました。当たり前に存在するがゆえに見落としがちな豊かなものや楽しいものを、きちんと見ていきたいと思いました。 (松崎美香/蒼生舎)
●「自分たちの生活環境を楽しんで」という言葉の実践が事務所で行われていた。平野勝雅さんの講義である。設計の方法として、「キーワード」「絵」「思い出話」から見える情景をまとめ建築にしていくというものを挙げている。高齢者の施設では、非画一的とすることで自分の部屋の認識が高まる。公園のようなカフェでは、様々な人が自由な行動をとる学食やカフェのような空間をひとつのテーマとしている。お客さんが自由にレイアウト可能ということで、ここでも建築とそれを使う人ということが考えられていた。使い方を強制するわけではなく、使う人が考えることで使いこなしてもらうことが大切であると感じた。
 保坂さんの建築の大きなテーマは「屋外と屋内」であった。方法として、大きな開口部で屋外と屋内を連続させるもの、アクリルという素材によってつながりを高めるもの、住人の使い方によって変化するもの、建築の形態を周囲と連続させるものなどである。常に新しい可能性を建築に取り込んでいることがうかがえた。ご自身の子供の頃の体験である、「後楽園」と「東京ドーム」の空間の違いが現在の設計に影響を与えているのではないかという答えが印象に残った。(松本隆永/愛知工業大学)