第5回 閉鎖施設の有効利用
ホテル建築の有効利用(2) 事例と計画のあり方
高井宏之
(名城大学理工学部建築学科 教授)
 今回は、具体的事例を通してホテルの有効利用のあり方を展望する。紹介する事例は、前回の「名称・経営者変更」が3事例、「用途変更」が1事例である。
有効利用された4 事例
 事例Aは、親会社の経営難とバブル経済崩壊による需要減少により閉鎖された、宴会・婚礼主体の直営方式の小規模ホテルである。地域で唯一のシティホテルであったため、市の有志の声がけで地域住民を株主とした現所有・経営会社が設立された。オーベルジュタイプを念頭に、大浴場の閉鎖などによりレストランを拡充。住民が気軽に立ち寄り読書や語らいを楽しむサロン的なカフェや、ロビーの一角に地元出身の画伯のギャラリーなどを設置。地域住民対象の芋煮会や地酒試飲会を開催するなど、運営面も含め、地域密着型を強く指向した事例である。
 事例Bは、管理運営方式のシティホテルがバブル経済崩壊で料理・飲食が不振となり閉鎖。1度運営主体が変わった後、建物所有者がホテル利用の階を大幅に縮小し、現ホテルがテナント形式で出店した事例である。用途複合の形態となっており、市場の変化への柔軟な対応という面で興味深い事例であるが、同一EVに様々な種類の利用者が乗り合わせる、サイン計画などの面でもホテルへのルートが分かりにくいなどの課題が見られる。用途複合化により有効利用を考える際の縦動線計画の重要性を示唆している。
 事例Cは、駅前で遊休化していたテナント形式のシティホテルを、別企業が取得し、直営方式のビジネスホテルとして再生した事例である。旧ホテルは駅前地区の中心的存在であり、地域住民からも再生が強く望まれていた。設計的特徴は、客室主体のホテルとしての経営効率を上げるために宴会場や結婚式場を廃し、その階の中央部分をデッドスペースとし、外周部に客室を新設していることである。非客室階の大きな階高の活用と、床面積を使い切らないという割り切りが評価に値する。また、外壁部に新たな開口部を設けるために、壁をふかして耐震補強を行っている。建物所有権の移転を伴うケースでは、限られた情報の中での建物評価と取得判断を余儀なくされるが、このケースは現所有・経営者が建設業であることがそれをカバーした。
 事例Dは、病院が近いなど立地の良さから、近傍で高齢者施設を事業展開している企業が建物を取得し、シティホテルを終身利用権型の住宅型有料老人ホームへと用途変更した事例である。低層階の料飲部門はデイサービスや関連用途に、客室階は客室の一部を各階用の食堂や浴室に、最上階は展望浴場にするなどの改修が行われている。既存建築の特性を生かし、居住者にとって魅力ある空間やサービスが実現されている。
 なお、ここで紹介できなかった事例に、敷地に隣接する企業などが既存のビジネスと従前のホテルとの関連性を勘案し、建物を買い取り、ホテル再生や用途変更を行うケースがいくつか見られた。
図1 事例A ・所在地:京都府・地方都市・郊外
       ・開業年:(旧)1991 年→(現)2004 年
       ・全体延床:約4,000 ㎡、客室数:25 室(変化なし) 
図2 事例B ・所在地:千葉県・地方都市・駅前
       ・開業年:(旧)1989 年→(現)2003 年
       ・全体延床:約8,000 ㎡、客室数:69 室(変化なし)

地域住民のサロン的なカフェ

地元出身画伯のギャラリー

メインエントランスのサイン

雑然とした1F EVロビー
図3 事例C ・所在地:茨城県・地方都市・駅前
       ・開業年:(旧)1984 年→(現)2007 年
       ・全体延床:約9,000 ㎡、客室数:75 室→ 161 室
図4 事例D ・所在地:福岡県・大都市・商業地
       ・開業年:(旧)1984 年→(現)2001 年
       ・全体延床:約8,000 ㎡、客室数:190 室

眺望の良い最上階の展望浴場

客室を改修し確保された居室階の食堂
既存ストックの有効利用策
 ホテル建築の特徴は、求められる空間ボリュームや最適な構造形式などが異なる料飲部門と宿泊部門が同居している点にあり、また料飲部門は景気の変動に大きく左右される。閉鎖ホテルの有効利用の鍵はこの料飲部門の扱いにある。「再利用」では、この空間を現在置かれた市場環境の中でいかにうまく活用するか、「用途変更」では料飲部門と宿泊部門が共存する形態と新用途との適合性が重要である。また、敷地近傍の主体も含めた周到な地域特性の把握が求められる。
有効利用されやすいホテル設計
 「再利用」を念頭に置いた場合、やはり料飲部門の設計が重要である。例えば、景気の変動に応じて料飲部門と客室部門を相互に変更可能な計画が考えられる。この場合、設備の縦配管や開口部、動線計画に関する配慮が不可欠となる。なおこの配慮は、特に低層階や最上階において考慮すればよい。
 「用途変更」も視野に入れる場合は、外壁に開口部が増設可能な構造計画やゆとりある階高が、新用途の選択の幅を広げることになる。
 最後に、近年隆盛を誇るバジェットホテルに言及したい。これは宿泊特化を念頭に建築やサービスの合理性を徹底的に追求することにより、それまでにない低価格を実現した。しかし、その建築は結果として将来的な有効利用の可能性の乏しい、建築自体の寿命も合理化されたものとなっている。これが建物所有者、地域、そして社会にとって本当によい選択なのか、素朴な疑問を持つ。
参考文献
1) 高井宏之・藤本秀一・川島亜由美:変更・閉鎖されたホテルの有効利用に関する研究 その5・6、日本建築学会大会学術講演梗概集 E- 1分冊、pp.789 - 792、2007
2) 川島亜由美・高井宏之・藤本秀一:変更・閉鎖されたホテルの有効利用に関する研究 その7、日本建築学会大会学術講演梗概集 E-1 1分冊、pp.1049 - 1050、2008
たかい・ひろゆき| 1957 年岡山県生まれ。1982年京都大学大学院修士課程修了、博士(工学)。㈱竹中工務店技術研究所 主任研究員、三重大学工学部建築学科 助教授を経て、2008年より現職。
専門は建築計画・住宅計画。主な共著書に「現代社会とハウジング」(彰国社)、「大規模集合住宅における共用空間・施設の経年変化に関する研究」(.住宅総合研究財団)「建、築・まちづくりの夢をカタチにする力―建築企画事例から考える環境のデザイン」(彰国社)がある。