JIA愛知建築セミナー2008「明日をつくる建築家のために」
シリーズ2「住まいと建築」第3回
中原信夫氏と中山英之氏を迎えて
(小林 聡/小林聡建築研究所)
 「建築セミナー2008」シリーズ2も今回で3回目、中盤に差し掛かりました。4月11日(土)第3回目は、中原信生先生と中山英之先生をお迎えしました。
 内輪話で申し訳ないのですが、今回の講師として中原信生先生にお願いするに至った経緯は、シリーズ2の「環境」というテーマにふさわしい講師をと考えていたときに、たまたま私が設備設計一級建築士の講習会に参加し、そこで講師をされていた中原先生に再会したことが始まりです。セミナー委員会で賛同を頂き、早速、中原先生にお願いしたのですが、「地球環境と建築」というテーマに対しては現在さまざまな分野の方々が情報を発信されていて、誰でも入手可能な状況があるので、あえて私が・・・というお返事でした。
 しかしそのあとテーマについて少しお話しさせていただいたところ、「地球環境と建築」というテーマは建築のほうに重点を置くのだから、「地球環境」が常識になった今、改めて建築と環境・設備のデザインのあり方を問うということであれば、若い方々にお話しするいいチャンス、ということでお引き受けいただきました。
「コミッショニングと設備技術者の諸問題を巡ってフェアネスを考える」  中原信生氏
 たぶん多くの受講者の方々は、このタイトルでどんなお話が聞けるのかピンとこなかったと思います。
 まず、環境計画と省エネルギーについて基本的な事項のおさらいから始まり、建築環境・設備、教育と資格についてと話が進みます。建築環境・設備について現実的にあるいは実務的に考えはじめると、設備技術者の問題にすぐ突き当たります。建築環境・設備が建築だけではなく、機械工学、電気工学、土木工学など多方面にクロスオーバーしているにもかかわらず、現在の一級建築士の資格制度の下では、他分野の技術者が資格を取得するのに困難を伴うので、環境をこれからのテーマに掲げても、それを支える技術者が少ない現状があります。
 次に、建築の生産プロセスの問題点について、そしてそれを解決するためのコミッショニング(当初性能検証過程)についてと話は進みます。コミッショニングとは、建築生産におけるさまざまなフェーズで要求条件を確認し、それが達成されているか性能検証を行い、所期の目的を達成するように導くことと私なりに理解しました。実はこのコミッショニングは、なにも建築設備に限ったことではなく、建築の意匠・構造にも必要なことだと思います。建築を企画する段階で、求められる要望を明確に整理することで初めて、合意された要望をどのように実現するかの具体的な検討を進めることができ、建築生産の様々な問題が解決されると痛感します。
 今回の中原先生のお話は、建築設備と環境の話が中心でしたが、建築全般にわたって示唆に富むお話でした。
中原信夫氏
「これまでにつくってきたもの」  中山英之氏
 後半は、前半とは打って変わってソフトな雰囲気、いきなりホワイトボードにマーカーで線を引きはじめられます。線を少しずつ加えることにより、その描かれたものが意味を持ちはじめ、さらに線を加えることにより、その意味がすっかり変わってしまうことを、分かりやすく示されます。日常と地続きの出来事の中から空間の形式が生み出されることの説明が、巧みなスケッチを通じて、すっと頭に入ってきます。中山先生の「出来事がなくなると建築がなくなるような建築」というお話、禅問答のようですが、なるほどと納得できてしまいます。
 学生のときに考えられた“シャツ”のアニメーション、普通のシャツがアレヨアレヨと丸く球体になり、それが縫い目をジッパーのように開けていくことで一筆書きの平面に見事に展開されます。そして動き続けることによって、可変することを追い求められたのですが、だんだんプログラムの変化に太刀打ちできなくなり、無理だなと気付かれたそうです。
 転機は、伊東豊雄建築設計事務所で、まつもと市民芸術館を担当していたときの、串田和美館長・芸術監督との出会いだそうです。串田氏は、楽屋から人を入れたりする演劇の形式を壊す監督で、8割方、工事の進んだホールを見てもらったときに、馬蹄形の形式的な大ホールはまあまあ好意的だったのが、意欲的に取り組んだ黒いブラックボックスの小ホールを見せたときに受け入れられず、結局、壁を白く塗り直したそうです。そのとき形式を壊すということは、壊す対象となる形式があってはじめて成立し、驚きになることを教えられたそうです。常に形式を壊そうとしている伊東豊雄事務所出身の中山先生ならではのエピソードです。
 ちょうど、まつもと市民芸術館の工事を担当していたときに計画したのが「松本の家」。“車の止まっているあたりが敷地です”という敷地との出会い、80cmの段差を巧みに利用した一面クローバーが見える窓、自分たちがこの計画について語れることをスケッチに描いて、その積み重ねで計画をしたという説明です。一つひとつのスケッチが実に巧みで、なるほどと理屈抜きに納得できます。
 次に京都の幅3mの敷地でのプロジェクト。土地の形が明確で、そのままでは強烈な形になり、コミュニケーションがなくなるので、ヨットのキールのような柱を中心に部屋の断片が持ち出されている意欲的な計画です。
 最後に、スケッチを積み重ねて進めていくようにも思えるスタディ手法について質問が出されたとき、実際はきちんとしたスタディをしているとのこと、今回の講義の話づくりのためにスケッチを中心に話されたのでした。
 短時間で描かれたスケッチで説明をするようになったきっかけは、聞き手に何かを伝えるときに、いくら綿密な資料を作って説明してもなかなか伝わらなかったのが、簡単なスケッチを用いることでコミュニケーションを取ることができたという経験からだそうです。なるほど今回の講義、感覚的に共感することがとても多く、スッと頭に入ってきました。 今回のセミナーも盛りだくさん充実した内容で大いに刺激を受けました。
中山英之氏
●中原先生の講義からは、日頃の設計の中でどのタイミングでどのように設備計画を考えるか、非常に参考になりました。今の建築から「環境」という2文字ははずせない言葉ですし、設備計画がそれに与える影響も非常に大きいと思います。設備設計一級建築士など資格制度の話もありましたが、「環境」を考える上では専門的知識を高めるだけでなく、環境問題とどれだけ真剣に向き合えるか、そんな倫理的な面が最も大切ではないかと考えさせられます。
 中山さんの建築設計のプロセスはすごく面白く、また非常に大切な考え方だなと思いました。住宅「2004」を設計する上では、非常に多くの生活のシーンを想定されていて、きっとこの住宅に住む人はいろんなシーンを発見し、感動しながら過ごしていくのだろうなと感じました。誰でも設計する際に様々なシーンを想定すると思いますが、中山さんの建築は、「生活のシーン」というソフトな部分が非常にうまく建築に表現されている気がします。きっとこのように感じたのは中山さんの独特なプレゼンによるものでもあると思います。抽象的な表現によるものでフワフワとした感じのプレゼンでしたが、中山さんの建築を表現する上ではピッタリの表現方法でとても面白い経験をさせていただいたと思います。(犬塚恵介/伊藤建築設計事務所)
●今回のセミナーで中原信夫先生からは日本の建築物の施工での問題点を、中山英之先生からは自分の考えの新しい表現の仕方を強く学びました。
 中原先生から、日本の建築物を建てるとき、お施主さんがコストと納期を絞るせいで施工の工期が短くなり、点検の時間がなく後々何か起きると問題となる、ということを聞き、とても悪循環なことが起こっているのだと感じました。納期を短くされては施工者の方々が急いで完成させることだけに縛られ、あとの点検などできません。またコストが絞られるとどこかで節約しなくてはいけないので、しっかりとしたものを提供することができなくなると感じます。このようなあり方を変えていかなければならないと思いました。
 中山先生は建築の考え方ももちろんなのですが、プレゼンの際のその独特の伝え方はとても新鮮に感じました。私たちの目線ではなく一般の方々の立場で、より分かりやすく噛み砕いてやるのは不思議な魅力をじ、とても引きつけられました。プレゼンするときこの方法を使うことでお施主さんをフィクションの世界に引き入れ、イメージをさせることができます。自分の考え方を間接的に語りかけることができる、とてもいい方法なのだと思いました。(都築和義/豊橋技術科学大学)