特別寄稿 建築基本法の現状について
                                   JIA 副会長・東北支部長 松本純一郎 
 去る4月21日、日本建築学会建築会館ホールで開催されたシンポジウム「建築関連法の簡略化−建築基本法制定に向けて−」の主催者挨拶で、建築基本法制定準備会会長の神田順東京大学教授は次のように語った。「昨年9月から、国土交通省により建築基本法が議論の対象になっている。2003年、我々が基本法について議論を始めたときは、国交省からは基本法でなく、基準法で対応できると言われた。それが今は基本法を議論すると言っているので、基本法ができれば良いということではなくなった。当時は、基本法を議論するだけで法体系の議論になっていた面はあったが、今は基本法のもとでどうするかという議論が必要である」。
 シンポジウムでは各建築関連団体に所属する専門家の話題提供とパネルディスカッションが行われた。そこでは建築の基本理念を広く国民と共有することが重要であることから、分かりやすい表現で基本法の趣旨を一般の方々に示し、市民・行政に理解を得ることや建築主の責任を明示すること、さらには専門家の裁量を重視する法制度整備とそのための専門家の育成、厳格な資格制が特に示された。そういった意味において
も、JIAが進めている建築家法を前提とした建築家資格制度の社会制度化は、重要な意味を持ってくると思われる(シンポジウムのレポートは「建築家」7月号掲載予定)。
 神田氏の挨拶にあるように、国交省は昨年9月に社会制度審議会に「安全で質の高い建築物の整備を進めるための建築行政の基本的なあり方」について諮問した。その一環として、3月4日には社会制度審議会建築分科会の第16回基本制度部会が開かれ、「建築基本法」の本格的な審議が始まったのである。2月の報道によると国交省は「建築基本法案」を早ければ2010年の通常国会に提出する意向を示している。しかし国交省の考える基本法は、3月4日の和泉住宅局長の挨拶を読む限り、建築の質の向上を実現するために、建築基準法の改正や住宅品質確保促進法などにより進めてきた規制をさらに強化するためのものという認識のようだ。準備会が考えている建築関連法の整理と簡略化を前提とした基本法とは方向が違うのでは、と感じざるを得ない。
 具体的な建築基準法改正が論じられはじめた1996年頃から、神田氏は基準法についての問題意識をより強く持ちはじめ、性能から社会システムまでの議論を繰り返すうちに、そんなに簡単に法律にして良いのかと感じるようになり、JSCAや建築学会で様々な問題提起を行った。しかしながら大勢の流れは変わることなく、1998年6月には、極めてスムーズに国会において建築基準法改正が可決され、2年後の2000年までには施行令・告示も整備された。神田氏らは、1998年の基準法改正の問題点を議論する中から、もはや基準法を手直しするという形では解決できない状況になっていると判断し、2003年8月に神田氏を会長として、200名の会員を擁し、建築会館で「建築基本法制定準備会」を発足させたのである。そして2006年には、準備会としての建築基本法案を公開している(建築基本法制定準備会HP参照)。
 このような経緯からも分かるように、準備会が考える基本法は基準法、士法、関係法令の抜本的な見直しを前提としたものである。その根本にあるのは「建築の有する公共性」という概念である。つまり建築は個人財産であると同時に重要な社会的文化的資産でもあるということである。それを前提に建築の理念を定め、関係者の責務を明示する。その上で、複雑化と同時に関係法令とも整合性が取れていない基準法を簡素化し、集団規定は自治体の条例などにより地域性を重視したもの、また単体規定は、法の規制は最小限なものとし専門家の責任に委ねる、そして建築士法も現状にあった質の高い資格制度に変える方向に関係法令を整備するというものである。
 基本法はその性格上、理念的で、抽象的なものになるが、基本法に基づいて今後その理念に適合するよう様々な施策が講じられるため、関連する法律を誘導する役割を果たすことになる。つまり基本法は、法体系全体の中では、憲法→基本法→他の法律という位置づけとなる非常に重要な法律なのである。多くの場合、第一に理念や責務といった政策目標・政策理念、第二にそれらを実現するための施策の基本的項目の列挙、第三に政策の策定・調整や総合的・効率的な展開を図るための仕組みが定められる。2008年6月に施行された韓国の建築基本法も同様な構成になっており、この制定に中心的役割を担ったキム教授は、基本法の理念を実現するための仕組みとして、官民で構成される大統領直属である「国家建築政策委員会」の役割の重要性を強調している。理念や政策をうたうと同時に、総合的に政策を調整、実現するための官民共同の組織を基本法の中で明示することが非常に重要だということである。
 国交省は、基本制度部会でのヒアリングを8月ごろまでに終え、2009年度中には法案をまとめる考えだ。しかし、建築関連団体が検討を始め、議論が始まったばかりである。早急に行うべきことは、基本法の必要性認識の共有、建築関連団体の連携、専門家間で素案の確認をすることであり、それを一般国民に投げかけた上で政府に理解を求めるという筋道で、議論を進めることである。