7代先の子孫と生きる 1
大チャレンジ時代到来
広田 奈津子
ひろた・なつこ|
1979年愛知県生まれ。アメリカ大陸やアジアなど、自然と共生する民族に知恵を学び、音楽交流や映画制作を行う。海外の自然破壊の多くに日本の経済活動が関わっていることを知り、2006年ブログミーツカンパニーを立上げ。企業向けのエコ提案を募り、賛同署名とともに企業へ届け、実現すれば買い支える活動として展開。茨城県の納豆会社が石油系パッケージを間伐材に変えるなど提案が実現された。COP10なごや生物多様性アドバイザー。2009年春からは唄いながらの田んぼや旧暦の行事を楽しむ「こよみあそび」プロジェクトをスタート。
ミツバチとわたしたち
 ミツバチが忽然と行方不明になる、通称「イナイイナイ病」が世界各地で話題になっています。CNNの報道によれば、アメリカでは過去20年で40%のミツバチが激減とのこと。「ミツバチ? 私に何の関係が?」という方も多いかもしれませんが、花が咲く植物の3/4が、受粉を虫に頼っているのです。その代表格がミツバチ。豆類、果物、野菜、蕎麦など、ミツバチ不在で受粉がうまくできなくなり、一部の農作物はすでに値上がりしはじめています。
 私たちの運命を、小さな小さなミツバチが握っているなんて。私たちヒトは、たった1種の生き物が絶滅するだけで、または大量発生しただけで、お日様がちょっと機嫌を損ねただけで、気温がたった2度上がるだけで、もうそれまでのようには生きては行けないのです。こうして生きられる絶妙なバランスは、何十億年もかけて作られた一大傑作品。それが今、ガラガラと崩れ始めています。
ハスの葉クイズ
 何万年も続いた恐竜時代の終末には様々な説がありますが、恐竜は‘突然’絶滅した印象ではないでしょうか。隕石が降ってきたとか、気候が急に変化したとか。それに比べて私たち人類、「絶滅の危機」なんて言われつつも、「まぁ自分の世代は大丈夫でしょ」なんてのんびりしています。でも、実は今起きている、毎10 〜15分に1種の絶滅は、恐竜時代のなんと4000万倍のスピード(※1)。恐竜の絶滅々と流れる大河だとしたら、今私たちがいるのはまっさかさまの滝。大変なのです。ローマクラブが発表した「ハスの葉クイズ」をご存知でしょうか。「ハスのは1日に倍大きくなる。30日たったら池が覆われて魚は窒息死する。さて池が半分覆われるのは何日目か」というもの。何日目でしょう。うっかりすると「半分だから15日目でしょ」と考えがちですが、答えは29日目。魚が窒息死する前日なのです。自然の現象はいつだってそういうものだということを、私たちは忘れがちです。現代に生きる私たちは、いったい何日目にいるのでしょうか。
森という母親
 突然ですが、息を止めてこの文章を読んでみてください。20行くらいで苦しくなるのではないでしょうか。最後のほうは頭で理解するのも難しいはずです。酸素がたった数分断たれるだけで、体は死に至ります。当たり前のようにそこにある酸素、供給してくれているのはもちろん、国でも企業でもなく、森の植物たちです。今あなたが吸ったのは、100年前に植えられた樹が今朝呼吸した酸素かもしれません。水はどうでしょう。水なしで生きるには10日ほどが限界です。水は雨として岩場に落ちればたちまち海へ流れ込んでしまいますが、森に落ちれば木々の根に蓄えられ、土の中を何十年もかけて湧き出て来ます。愛知で今日飲んだ水は、100年前、木曽の森に降った雨かもしれません。私たちはいくら都会に暮らしても、森から少しも離れられていないのです。まるで森という母親の乳房にぶら下がった赤ん坊のように。
 森の中でも私たちの命に大きく関わるのが、地球上の酸素の40%を賄い、全生物種の50 〜70%が住むという熱帯雨林です。それが現在、半分以下に減少しています。熱帯雨林が海に養分を与えなくなったことで、すでにマグロやカツオは激減しています(※2)。酸素、水、食物連鎖、気候。そのすべてを調整してくれる森が、全体では毎秒テニスコート16面分という超絶的なスピードで消えているのです(※3)。恐竜時代をはるかに超える私たちの絶滅速度。それは森が消えるスピードでもあるようです。
 世界で流通する丸太木材のうち、40%近くを買っているのがほかならぬ私たち(※4)。世界で一番、木材を輸入しているのが日本なのです。森を育てる木材を買うのか、違法に伐採したものを買うのか…。日本は世界の森林問題の鍵を握っています。
生物多様性国際会議と日本
 現在の大絶滅を食い止め、自然の恵みを公正に使おう、という話し合いがあります。生物多様性の会議、COP(conference of parties)です。1992年に始まり、2年ごとに190カ国が集まる世界最大規模の環境会議です。この会議の大きな節目が2010年のCOP10。そのホスト国が日本に決定しました。会場は名古屋市の白鳥国際会議場です。そこで日本が打ち出すテーマの一つが「里山」。すでにドイツのCOP会場では里山のシンポジウムが開催され、ローマ字表記の‘satoyama’が有名なキーワードになりました。
 里山とは、衣食住の自然の恵みを地域内で自給し、世代を経ても自然の恵みを変わらず享受できる地域モデルです。例えば、薪で燃やすのに比べ、7倍のエネルギー効率を引き出す炭焼き。日本の炭焼き技術は世界一と言われますが、森を育てながら最小限の木材を効率良く使い、次世代に恵みを引き継ぐ知恵は里山文化の特徴と言えます。味噌や漬物の保存の技術も、自然に無理強いするのではなく旬の作物を1年通じて豊かに食べる知恵。日本は、化石燃料に頼らずとも文化的に暮らす伝統と同時に、先進技術と、影響力の強いお金を持つ、独特な国として期待されています。
熱帯雨林の消失(greenTV より)
生物多様性条約締結国会議(ドイツ・ボン) ‘satoyama’のシンポジウム 会議の参加者たち。日本と森林問題の関係は参加者にも有名だった
チャランケと民主主義
 アイヌの言葉に「チャランケ」というものがあります。三日三晩でも徹底的に話し合う寄り合いのことで、日本の里山文化にも欠かせないものです。沖縄の久高島へ行ったとき、こんな話を聞きました。「この前、携帯電話の企業が島に大きなアンテナを建設したいと話があった。島中から大人が集まって建設を認めるかどうか、何日も何日も話し合いをした」――久高島にはまだチャランケが健在のようです。しかし日本の都会ではどうでしょう。青年団や消防団は減り、自治会を嫌々任されるのは退職後の高齢者ばかり。議会制民主主義を取り入れて以降、日本の大人たちは、大切なことを政治家や大企業にどんどん委任しています。
 2008年5月、ドイツで開催されたCOP会議を傍聴しました。当然ながら、チャランケとは大きく異なります。巨大な会議室で、同時通訳のイヤホンから言葉を聞き、レジメを手に、うつむき加減にマイクに話す出席者たち。発言者の顔は大きな画面に映されますが、目と目を合わせた、自分の言葉による生きた議論は、私が思ったよりはずっと少なく、会議の締めくくりに打ち鳴らされた伝統的な木槌の音を聞いたとき、頭に浮かんだのは植民地時代の会議の様子でした。生物多様性は私たちの命に関わる大切な問題。大きな会議だけに任せるのではなく、市民が声を上げていかなければ、国際会議も血の通わないものになってしまいます。
 一方ドイツの市民は活発で、会議の内容をチェックしては翌日にデモを起こして注文をつけたり、首相の環境対策の予算組みを賞賛したり。若い世代も含めた活発でスタイリッシュな政治参加は、実際に政策にも響いています。議会制民主主義は、日本よりも断然、風土に合っているように感じました。そんな中、あるNGO主宰者が、「ドイツには(町内会のような)日本ほどの地縁組織がなく、ローカリゼーション(地域化)の課題になっている」と話してくれました。アジアらしいチャランケと、西洋らしい民主主義。両者が交じり合えば、楽しい解決プロセスが生まれるかもしれません。
 2009年は「太陽系の中で金星と地球と太陽が一直線に並ぶ珍しい年」で、明治維新以来140年ぶりなのだそうです。もし私たちが明治維新以来の大きな節目に来ているのだとしたら、何だかワクワクします。最初に始める人は坂本竜馬のように、変わり者と笑われるかもしれません。でも現に、10年前には考えられなかった異業者のコラボレーションやサービスのあり方も急速に生まれています。これほどの地球環境の変化を味わうのは人類にとって初めてのこと。私たちは面白い時代、面白い場所にいるのではないでしょうか。
※1 N・マイヤース『沈みゆく箱舟』より
※2 WRI(世界資源研究所)より
※3 『1秒の世界』(ダイヤモンド社)より
※4 平成10年度林業白書