JIA愛知建築セミナー2008「明日をつくる建築家のために」
シリーズ2「住まいと建築」第1回
益子義弘氏と宮脇彩氏を迎えて
(山田高志/山田高志建築設計事務所)
 JIA愛知建築セミナー2008のシリーズ2が「住まいと建築」というテーマで始まりました。さる3月14日の第1回、益子義弘氏と宮脇彩氏の講演で始まり、初夏の京都の宿泊見学会で締めくくる5回シリーズです。このシリーズでどんなお話が伺えるか、とても楽しみです。
■益子義弘氏 「土地や風景との対話と居場所の編集」
 久隅守景/夕顔棚納涼図屏風。益子義弘氏の講義は、1枚の屏風絵から始まった。簡素な竹で場が囲まれ、家の外で寛ぐ親子3人、緩やかな時間が流れている。この絵は、建築の住まいのあり方とは何かを示していると言われ、土地や風景との対話の中から生み出された建築を中心に講義をいただいた。
 益子氏は、吉村順三先生の大学の研究室へ、ご自分で勝手に机を持ち込んで修業をした押しかけ弟子だったという。そこで学び、意識されたことは、「生活の相対への眼差し」だったと回想され、「山荘」への取り組みから、建築が人や土地に果たす役割の幾つかの「基本的なこと」を教わったとして、真髄に迫っていかれた。
○自宅「新座の家」1970。自然との関わりを考え、その中での建築のあり方を模索する。
○林に一脚の椅子を置くように、そんな場を作ることができたら。「日本画家の家」では、環境と呼吸しあうミニマムな空間を考えた。
○「軽井沢の家」。障子は和の匂いがして軽やかでニュートラルな光がとても好きで使っている。夜の灯りのとらえ方は大切。光の重心を下げ、落ち着きを出す。
○2つの視界と場の形成「明野の山荘」1993。風景からは逃れることができない。建築ゲームのように色々なプランを作ってみる。スキップフロア、西日を遮る簾戸。土地の人も気づかない風景を切り取り、建築に取り込む。「こんな風景に出会ったのは初めて」と言われ嬉しく思う。
○風景や場の分節「高根町の山荘」1999。自然は連続した行為であるが、人間は分節する行為をする生き物。人の「場の骨格」が見えたとき、それを再び総体としての自然に帰すようにする。
○風景の多面性と空間の多角性「箱根の山荘Ⅰ」1986、「箱根の山荘Ⅱ」1994。土地の形や風景から場の形を描く。
○山形県金山町「杉の森葬祭場」1995。森の懐により深くいる感じと題して、静かな空気が流れる美しい映像の中で講義を終えられた。
益子義弘氏 宮脇彩氏 宮脇檀氏のスケッチブック
■宮脇彩氏 「宮脇檀 旅の手帖」
 映像スクリーンを挟んで建築セミナー委員の道家秀男氏と宮脇氏との対談形式で始まった。
道家 宮脇檀さんは、どういうものに対しても愛情を持って臨む建築家。建築家に欠けている社会性、人生の楽しみ方を示した人だと思う。
宮脇 父(宮脇檀)はパリが大好きだった。大学に入り父とパリを旅し、親子2代でパリファンに。結婚後、主人の仕事でもパリに住むことになり、より深くパリを知ることになる。
道家 カッコ良く生きる憧れの建築家。
宮脇 家ではそんなにカッコイイ父ではないが、楽しい父であった。
道家 収集した椅子のある代官山に、彩さんを尋ねて先日おじゃましたが、椅子とシナベニアの床が美しく、いい空間であった。
宮脇 父はとてもせっかち。早く施工できるものを選ぶ。床がシナベニアの塗装材だが、軟らかくて大変。千駄ヶ谷の家は吉村順三の手がけた家で、母の家。父がすっかり改修した。
道家 「新建築」の日本の建築家特集第1号は宮脇檀。見開きの写真は?
宮脇 代官山の事務所。とにかく見た目のカッコイイもの、美しいものを選ぶ。
道家 ボックスハウス。混構造。宮脇氏の作品はモダンリビングとして有名。石津謙介氏との出会い、「もうびいでぃっく/1966」が誕生、当時100万円の設計料の逸話は有名。それを資金源として、六角鬼丈氏らとデザイン・サーヴェイに日本全国を回る。今日のテーマ「旅の手帖」の原点はそこに。スケッチ画がすばらしい。特に人物。
宮脇 父と旅に出ると、ホテルに着くなり部屋の実測が始まる。いつも20分ほどでまとめていた。建築だけではなく、船や飛行機、車など大好きだった。
 亡くなる2 ~3年前、父は入退院を繰り返していたが、入院しても実測はやめなかった。そのころのスケッチの人物はみんな下を向いており、手には袋をぶら下げている。見るたび、胸がキュンとなる。1998年10月に亡くなった。亡くなる前、香港へ行った。声帯の無い父との会話は、このころは筆談であった。
 建築家としての生き様、強くて優しい父親の愛、心深く学ばせていただきました。最後に益子氏から故・宮脇檀の思い出を語っていただき講義を終了いたしました。
参加者の声
●益子義弘さんの建築は、今の流行の建築と比べると一見普通の建築に見え、おっしゃっていた「形のための形ではなく、住み心地、住み手のことを思い快適さなどを考慮する」建築だなと思いました。今回はSecond houseを中心に説明していただいたのですが、木々が生い茂り、川のせせらぎや鳥のさえずりが聞こえてくるような自然に囲まれた場所で、壁や柱などの人工物がなるべく邪魔にならないように細部まで設計されており、図面を見ただけでも住む楽しさや気持ちよさが伝わってきました。
 また、スケッチの図面がきれいで、手書きのぬくもりがありました。私は学部3年で来年は卒業設計をどう表現するか、すごく悩んでいます。今回のレクチャーで手書きのスケッチ図面を見せていただき、貴重な経験をさせていただけたと感謝しています。
 宮脇彩さんは宮脇檀さんの娘さんということで、会場にいた建築家のみなさんが、宮脇檀さんという建築家に尊敬の意を抱いている、というのがよく分かりました。親子2人でいろいろなところへ旅行し、さまざまなものを見て、感じるままに手帳に書き残す。なんて素晴らしい人生なのだろうと感動しました。建築のみならず絵画や椅子や芸術を楽しみ、広い視野を持って建築と向き合っていたのだと大変勉強になりました。ありがとうございました。 ( 河上千恵/豊橋技術科学大学3年)
●私はJIAのセミナーは今回が初参加です。先輩が「このセミナーは熱い」と言っていたので参加を決めました。
 「まくら」。益子さんのお話で、この言葉とともに最初に見せられたのは1枚の襖絵でした。最初は何ということのない絵だと思ったのですが、これが安らかな空気を生み出している建築の理想的な状態だという話です。聞いているうちにこの絵がとても好きになりました。後から思うとこの「まくら」に大事なことが集約されていた気もします。益子さんの建物の空気は内部も外観もとても和やかで温かく、人のことをよく考えて設計していると感じるのです。宮脇彩さんのお話では初めて知ることばかりでしたが、宮脇檀さんという人物には「かっこいい建築家」という言葉がぴったりで、とても魅力を感じました。途中からは宮脇檀さんの「旅の手帖」を見ながら彩さんが思い出を語ってくれました。旅の素晴らしさ、またその心得のようなものを教えられた気がします。お話が終わってから彩さんに本物の「手帖」を見せていただき、遠い存在だった宮脇檀さんを少しは感じ取ることができたと思います。
 お2人の話から、建築の世界の奥深さを改めて教えていただきました。(鈴木駿介/豊橋技術科学大学2年)
●私は、建築を目指す学生時代に宮脇壇さんの本に出会い、ファンになりました。あたたかみのあるエッセイや優しいタッチのスケッチ、シンプルな設計に憧れ、建築を目指しました。
 「建築家は、見ようという目を持って旅をすると、普段見えないものが見えてくる。風景の裏にあるものを見つけだすには、ただ素直な好奇心さえあればよいのだ。そんな気持ちで世界中を今も歩きつづける」(宮脇檀『建築家の眼』世界文化社1988年より)。宮脇檀先生の旅の小道具は、鉛筆、ペン、ツァイスの双眼鏡、手帳、スケッチブック、コンベックス。旅先で石やタイルのかけらを持ち帰り、その意味を幼い彩さんに説明をしてくれたとのこと。旅のバスの中では、率先して一番前の席に座り、流れる風景を誰よりも一番先にニコンのカメラにおさめていたそうです。
 終の住まいの部屋には、宮脇檀さんの大好きな椅子たちが生活の一部として今でも飾られています。200以上ある椅子の一部は、旭川にお住まいの椅子のコレクターによって大事に保管されています。
 パリが大好きで少年のようなピュアな性格、建築家として社会性を率先してさらけだした人。自分が信じたこと、楽しいことをさらけ出した人。男のかっこいい!象徴。
 そんな素敵な建築家であるお父様を羨ましく思い、ペンとスケッチブックとカメラとコンベックスを持って楽しい旅に出よう!そんな気持ちになりました。(中垣麻野/アズテック建築設計研究室)