環流独歩
第2回

地上資源の活用と低燃費建築
小室大輔
(一級建築士事務所エネクスレイン/enexrain 代表)
環境に配慮した建築とは
 連載の第1回目となる2009年3月号の冒頭でも少し触れたが、建築と環境と人間のかかわりとは何だろうか、という漠然とした問いを抱えて10年前に渡独した私は、以前から「環境に配慮した建築」、あるいは「環境共生建築」というものの本質は何かということが気になっていた。それは自分自身に対する長年の問いかけでもあったし、もちろん今後もそれを探っていきたいと思っている1人である。
 時期を同じくして、ここ5 ~6年、私は各方面の方々から、「ドイツにおける環境配慮型建築」について詳しく知りたいという問合せを数多く受けるようになった。そのたびに私は、これまでドイツで見てきた建築の中で、一体どれがそれに相応しいのかと懸命に考えた。そして翻って、私たちがつくり出した人工の構造物が、はたして環境に配慮することができるのだろうか、あるいは環境と共生するものなのか、という意地悪にも思えるような問いを自ら何度も繰り返してきた。
使い捨て可能な地上資源
 建築は私たちの生産活動の一環であり、そのほとんどが化石燃料に代表される地下資源を消費してつくられる。そして竣工後も、建物の寿命が尽きるまで、それらを消費し続けていく。現代において地下資源を消費しない建築は一つもないと言い切って良いだろう。その地下資源は、不思議なことに地球上に偏って存在している。つまり、その価値の高さには優れた資源性だけでなく、「偏在」していることも大きく関係している。それは国際間に多大な影響を与えるだけでなく、枯渇の問題もはらんでいるからこそ、私たちは省エネルギーに努め、その技術開発にも力を入れてきた。
 それに対し、私たちの周囲に当然のように「遍在」し、誰もが比較的簡単に手に入れられる資源があることは意外と見過ごされてきた。その資源とは、太陽光や日射、風、雨水といった環境からの働きかけのことである。私はそれらをあえて「地上資源」と呼んでいる。パッシブ建築と呼ばれる分野で積極的に応用されてきた、この「地上資源」の最大の長所は、再利用することなく、使い捨てにしても一向に構わないことである。つまり、太陽光も日射も、風も雨も、必要に応じて使ったあとは適度に環境へ返すことができる再利用が不要な資源だといえる。
 仮に、地下資源を使う技術が「機械的設備」と呼べるなら、地上資源を適度に制御しながら上手に利用するための工夫は「建築的設備」といえるだろう。例えば、太陽光や日射といった地上資源を活用するには、あまりお金をかけず、そのまま昼光や自然暖房として利用できるような、できるだけ単純な仕組みを持った建築的な工夫が求められる。もちろん遍在する希薄な地上資源だけを使って現代建築がすべて機能するわけではないが、もう1度、建築計画原論へと立ち返り、地下資源に依存していなかった頃の建築的機能の大切さを再認識することも意義があるように思う。
断熱への意識を促す政府広告(出典:ドイツ交通建設都市計画省) 既存の外壁に断熱材を施す改修事例 小学校の古い窓を断熱性の高い窓に更新 古い外壁の改修を進めるケルン大学病院。外壁が取り払われた階の下部は1974年に竣工した当時のもので、その上部は新しい二重ファサード
断熱改修と建築燃費証明書
 地下資源の消費を抑えるには、地上資源の活用だけでなく、建築そのものの熱的性能を上げることも重要である。その一つが断熱だろう。前回、ドイツが「低燃費建築社会の構築」を推進していることに若干触れたが、今回はその一環である光熱費の証明書について概要をお伝えしたい。
 まずその背景として、ドイツでは光熱費のことを「第二の家賃」と呼ぶほど重要視していることを挙げたい。不動産広告には、暖房費なしの家賃と、それに上乗せされる暖房費が別々に明記されている場合が多いから、特に転居を考えている人は、この「第二の家賃」の額に極めて敏感である。またドイツでは、1978年までに建てられた築30年以上の建物が全体の約75%近くを占めており、断熱改修が行なわれていない古い建物で消費される暖房費は、現在の省エネルギー法に基づいた新築物件の標準値である80 ~100kWh/㎡ 年の約2.5倍から3倍に当たる、約250kWh/㎡年を消費しているため、断熱改修が急務になっている。
 そういった古い建物の断熱性能を上げるため、ドイツ政府は建物の所有者や不動産会社を対象とした新しい制度を2008年7月から導入した。それは住居を賃貸もしくは売却する際に、借主や購入者に対し、新しく入居する物件で予想される年間の光熱費を一目でわかるように示した「エネルギーアウスヴァイス」と呼ばれる証明書の提示義務である。断熱の大切さや、「第二の家賃」に対する意識をさらに高めるため、建物で消費される光熱費を明確に示したこの証明書は、自動車の燃費に相当する誰もが明確に理解できる実践的な指標であることから、その本質的な意味を捉えやすくするために、私は「建築燃費証明書」と呼んでいる。
 この証明書の大きな特徴は、住居や事務所を新たに借りたり、購入しようと考えている人にとって、複数の物件を比較検討する際の明快な判断材料となることだ。つまり、この証明書を見れば、建物ごとの断熱性の良し悪しが一目でわかることになる。最近では、家賃が多少高くても、光熱費が安く抑えられる方が良いと考える傾向が顕著になりつつあるから、断熱改修の費用が家賃に上乗せされることに対して抵抗感を抱く人はむしろ少なく、逆に「第二の家賃」が安くなれば、暖房費も含めた全体の家賃は据え置くことが可能になることへの理解が広がっている。それは貸す側と借りる側の双方にとって好都合であり、しかも断熱性が高く暖房費が抑えられる建物の不動産価値が高まることになる。その一方で、断熱改修を行なわない物件は、賃貸や売却が次第に難しくなることを意味している。
 なお、この数値の算出方法は2通りあり、大まかに説明すると、一つは建物の構造や断熱性能などから負荷を予測する方法で、もう一つは過去3年間のガスや電力消費量などから算出する方法である。証明書の発行費用は建物の規模によるが、通常の住宅の場合は約300EUR(約4万円)で、有効期間は10年である。

事務所用の建築燃費証明書。棒グラフの上側にある下向きの
矢印が予測される負荷。下側にある上向き矢印のうち、左側は
省エネルギー法に基づく新築の消費量の目安で、右側は改修
した場合の目安(出典:ドイツ交通建設都市計画省)
低燃費建築の継承
 今回は、使い捨て可能な地上資源の利用と、ドイツの建築燃費証明書について触れた。先述したように、この両者の根底にあるのは低燃費な建築づくりである。日本と同様に地下資源のほとんどを輸入に頼っているドイツは、建築燃費証明書の提示を義務づけることによって、断熱改修をさらに推進しようとしている。建物の断熱性能を高めることは、建築的手法に設備的な役割の一部を持たせることであり、それは設備機器の簡素化にもつながる。
 それから冒頭で、環境に配慮した建築への疑問を投げかけたが、それに対する答えの一つは、私たちや建築が環境に対して配慮するのではなく、まずは周囲に遍在する地上資源の働きかけに配慮することが重要ではないかと思う。そして、これまで培われてきた設備技術と、断熱も含めた建築的な手法をうまく融合させることによって、室内の光や温熱環境をほどよく調整できる低燃費な建築が実現できるとすれば、それが次の世代に継承して行く価値のある建築の一つといえるかもしれない。
<参考文献>
・ 押田勇雄, 太陽エネルギー, NHKブックス, 日本放送出版協会,1971
・ 小室大輔, 環境先進国ドイツの取り組み, 建設通信新聞, p.17,日刊建設通信新聞社, 2008/7/4
・ 小室大輔, 太陽熱利用と低燃費建築を推進するドイツの取り組み, BE建築設備, pp.31-35, 建築設備綜合協会, 2008/11
※ 出典を明記している以外の写真は筆者撮影
こむろ・だいすけ
1965 年、札幌生まれ。
1993 年、武蔵工業大学大学院建築学専攻、宿谷研究室にて修士課程修了。専門は建築環境学。
梓設計で設備設計に従事したのち1998年に渡独。
HHSプランナー(カッセル)、ガーターマン+ショッスィヒ(ケルン)を経て、
2007 年に建築士事務所を東京に開設。
著書として『パッシブ建築手法事典』(共著・2000 年・彰国社)がある。
www.enexrain.com