JIA愛知建築セミナー2008「明日をつくる建築家のために」
シリーズ1「地球環境と建築」第4回
大野秀敏氏と三分一博志氏を迎えて
(吉元 学/ワーク◦キューブ)
 さる11月22日に、2008年の「JIA愛知建築セミナーシリーズ1」は第4回目を迎えました。
「現代に接続する未来」
 大野秀敏氏は1949年岐阜県の生まれ。現在、東京大学にて教鞭をとっていらっしゃいます。研究の範囲は建築から都市計画まで広範囲に渡っています。今日は名古屋、明日は新潟県長岡市、明後日は九州というハードなスケジュールの中をおいでいただきました。日本中を飛び回る「まちづくりの伝道師」といった方です。
 まず講義は、スライドに映し出された、ありふれた同じような街の写真から始まりました。それは現代のパリ近郊と新潟近郊の風景でした。現代の都市は、都心や保存されている旧市街地などには特徴的な建物が建っていますが、それらを取り巻く近郊は世界的に均一化されはじめているとのことでした。
 また、最近の日本の都市ではまちづくりの名の下に、ガウディやらヨーロッパのまち並みを模倣しています。先生はこれを「風景を捏造する都市」と呼んでみえました。
 そもそも現在、保存運動の起こっている日本の近世のまち並みは、当時としてはほかと比べることなど少なく、我が街の個性など関心がなかった。「地域性を超えて現実を未来と接続する」ことがこれからのまちづくりでは大切である。町の歴史とか愛着などは時代と共に積み重ねていくもので、それが景観をつくっていく。また、それに人の営みが重なっていくものだと。
 現在、首都高速道路を撤去して日本橋の景観を当初に戻すプロジェクトがあるそうですが、先生は高架の首都高速道路を撤去するのではなく、それらに手を加えて生かしていく提案をなさっています。縮小する都市『シュリンキング・ニッポン』でのファイバーシティー構想のお話も、地図に線を引いていく都市計画ではなく、現在の街を見つめ直し、その中で現実的にできる提案、現在の街の形が残っていく提案、身の丈にあった提案でした。
 話は、街から先生の設計された建物の話になります。「建物のデザインは輪郭だけではなく開口部からデザインできるのでは」「YKKの工場での引き算の建築」などのお話があり、また街のお話に移ります。
 「建築と都市を同じ言葉で語りたい」のお言葉のように都市の研究者、実務者と建築の研究者との違いを実感され、その隙間を埋めるような活動をされていらっしゃるようです。都市や建築は新しくつくっていくだけではなく積み重ねていくものだと。
 街を変えていくのに1人の力では小さすぎます。しかし大野氏のような「伝道師」が地道に活動をされて、大きな流れを作っていくような気がします。


大野秀敏氏
「地球のディテール」
 三分一博志氏は1968年生まれ。現在注目を浴びる若手建築家の1人です。物静かに言葉を一つ一つ選んで話される姿が印象的でした。海岸沿いに建つ「ランニンググリーン」において現在の三分一氏の建築が始まったとのこと。「時間と共に成長し、完成していく建築」を目指したとのことです。
 「エアーハウス」では空気を動く建材ととらえ直し、「LESS」では土の可能性を探り、「三輪窯」では持ち込む素材と持ち出す素材に着目し、捨てられるものに新しい価値を見出そうとしています。「北向き傾斜住宅」では北向きという安い土地に新しい価値を見出し、「ストーンハウス」ではすべてのディテールは地球につながっているとおっしゃっていました。
 お話は最後に、注目の犬島のアートプロジェクト「精錬所」になりました。これは前回のセミナーで構造を担当されたアラップの城所竜太氏より少しお話をしていただいていました。この瀬戸内海に浮かぶ島という環境に着目し、そこに保存されている人がかけた膨大なエネルギーを増幅する計画をされました。
 これらの「三分一建築」は一朝一夕に出来上がったのではなく、慎重に手探りで小さなものから徐々に大きなものへと進んでいかれたそうです。「人と建築と植物が一つのサイクルに入る」のが理想とおっしゃったように、人も自然も等価ととらえて思索をされているようです。
 「三分一建築」のすばらしさは一つ一つの建築的常識に疑問を持ち、最良の選択を検討していく精神力と執念の成果ではないでしょうか。ぜひ一度、犬島に伺ってみたいと思いました。環境に着目しているほかの建築家と三分一氏の決定的な違いは、単なるエコロジーではなく、頭の中にある「建築への憧憬」を環境という言葉で語っている点ではないでしょうか。今後のご活躍から目が離せません。
 名古屋での講義は今回で最後になりますが、セミナーの締めくくりにふさわしいお話でした。お2人のお話から現代社会に対する独自の「みたて」を持ち、建築や街と取り組んで行かなければと感じました。
参加者の声
●大野さんの講演では世界中で似たような都市が広がる現代、地域性とは何かということを考えていきました。
 地域市民は地域性より経済性に重点を置きがちで、そのため都市が捏造され似たような都市が広がっていきます。そこで地域性を得るために都市をコンパクトにしようとしますが、CO2が多く排出され環境問題となります。そのため壊さずに残していくことが重要だと分かります。
 また壊さずに残し継続的に都市の現在を未来に接続することが地域性をつくり、似たような都市であっても積み上げてきた都市の歴史が個性であり、地域性なのだということが分かります。
 三分一さんの講演では、建築に地球環境をどう取り入れるかについて考えました。建築家好みの素材やデザインを持ち込むのではなく、地形や土地のことを考えるのが三分一さんの建築の特徴で、周りの環境を取り込むことで地球との距離が近づき、どの建築も空間がダイナミックです。
 特に興味を引かれたのは捨てられるものを生かして建築をつくる点です。価値の低いものの原因を逆手に取り価値を上げて建築をつくる考え方は、これからの建築家にとってとても重要なことだと感じました。(織田麻衣子/愛知工業大学)
●去年から、このセミナーに参加して、セミナーと共に設計事務所勤務も2年目になりました。このセミナーから建築に限らず幅広い知識や考え方を学ぶことができています。このような環境を提供して下さって大変感謝しています。
 大野氏の「現代に接続する建築」という講演では、「地域性」「都市の個性」という考え方にこだわり過ぎるのではなく、純粋に場所が要求していることに耳を傾けて、今ある建物・場所を継続しながら、都市を発展させていくことが大切であるという内容が大変勉強になりました。また、都市を継続するときに、建物の見えない価値として建物の技術などからも建築を評価する考え方が必要であるという話は、現代の都市への考え方の1つであると思いました。
 三分一氏の講演では、建築を設計するとき、自分自身の個性だけでなく、地球上のそれぞれの場所に存在する自然環境から生み出される自然エネルギーを生かし、そこにはないものをつくるという考え方に大変興味を持ちました。
 お2人の講演を聞いて、建築に対して自分自身が創造して生み出すもの以外に、見えないモノを読み取り、形づくる能力の重要性に気づくことができました。 ( 趙 顯照/MA設計室)
●今回、私にとって3期目のセミナー参加になります。個性豊かな方々の生のお声を聞くことができるので、毎回とても楽しい時間を過ごさせていただいています。
 一世代前のものは大抵批難され、残しておけば価値が分かるようになるけれど、多くのものは評価される前に壊されてしまうのだと大野先生。私事ですが最近身近に感じていることだったので大変興味をそそられました。たくさんの残しておきたい建物が耐震の都合や区画整理などで排除されています。未来の日本は信じられない数字で人口の減少が提唱されているのにもかかわらず、世間では大きなマンションや道路を増やそうとしているという現実があり、いたたまれなくなりました。CO2削減を呼びかけているわりには、まだまだ行動に出せていない現状を知り、憤りを感じています。
 素材を通して建物がその土地に存在することの意味を三分一先生は大事にしていらっしゃることが伝わってきました。その土地のものを使うことや、素材の性質と建物の関係について考えること、人間も地球の素材だということ。どの建物にも素材を通して定義があり、その考え方に衝撃を受けました。出てくる言葉には地球への思いやりが込められているようで、お話を伺ってとても心が温かくなりました。
 建築が地球のためにできることというのはとても大きなことであり、建築業界が変われば世界も変われるのではないかと今回のセミナーを通して感じました。(西ヶ開有理/タクト建築工房)