新連載
環流独歩
建築見本市BAUとバウハウス
小室大輔
(一級建築士事務所エネクスレイン/enexrain 代表)

ドイツの現代建築にも影響を与え続けるバウハウス
はじめに
 私がドイツに関心を寄せ始めたのは、都内の組織設計事務所で設備設計に携わっていた1995年頃である。大学で建築環境学を専攻し、光や風といった環境からの働きかけを建築の快適性に生かすための基礎研究を行っていた私は、室内の光や温熱環境の制御を機械設備だけに頼るのではなく、むしろ建築的な手法と設備技術を融合させた建築環境デザインの大切さを何らかの方法で学んでみたいと考えていた。
 転機が訪れたのは、ある展示会で屋上緑化されたドイツの建築写真を見たときだった。それはとても地味に見えたが、何か生真面目さといったものを持ち合わせているようにも感じられた。それ以来、ドイツの建築事情を自分の目で確かめたいという気持ちが次第に強くなっていった私は、ドイツに行けば「建築・環境・人間」を取り巻く関係について何か新しい示唆が得られのではないかという漠然とした淡い期待を抱いて1998年に渡独した。
 それから10年を経て、多少の経験は得たものの、当初の目標が完全に明確になったわけではない。それにもかかわらず、ドイツの建築事情について、今月から隔月で6回にわたって報告する貴重な機会を頂いた。ドイツでの活動を通じて私が体験したことや感じていることを中心にお伝えすることになると思うが、最後までお付き合いを頂けると幸いである。
BAU の概要
 2009年1月に、ドイツのミュンヘンで開催された「BAU/バウ」は、ドイツ国内で開かれている建築に関する20余りの見本市の中でも最大規模を誇る建築総合見本市で、2年に1度開催されている。建築に携わる方に対してBAUの意味を説明する必要はないと思うが、念のため触れておくと、BAUとはドイツ語で建設や住居、あるいは構造といった建築全般を意味する重要な単語で、よく知られた例としてBAUHAUS/バウハウスを挙げることができるだろう。
 そのBAUが開催されるミュンヘン見本市会場は、市の中心部から東に約8kmのところに位置し、17棟の展示施設から構成されている。ドイツの見本市会場の中では珍しく、規則正しく立ち並んだ約70×140mの広さを持つ展示棟が全部で16棟あり、今回のBAUはそれらのすべてを使って行われた。出展者数は1924社で、その4分の3にあたる約1460社がドイツ国内の企業である。日本からの数社を含め、ドイツ以外からは42か国、約460社の出展があった。
 約18万㎡に及ぶ全展示施設を埋め尽くしたBAUを体験しようと、世界各国から訪れた来場者数は6日間で21万人に達し、過去40年間での最高記録となった。そのうちの2割弱に当たる約3万6千人がドイツ以外から訪れているが、特筆すべきことは、国連に加盟している約190か国の8割に当たる151カ国からの参加があったことである。これはBAUが欧州という枠を超えた国際的規模の見本市であり、その知名度や重要性が極めて高いことを示している。
BAUの会場入口 ある企業の洗練された展示 硬いデザインが並ぶ展示 断熱改修を推進するドイツ交通建設都市計画省の展示で資料を手にする人たち
低燃費建築社会の構築
 主催者であるミュンヘン国際見本市の発表によると、過去最高の入場者数を記録した今回のBAUには、世界的な経済危機の影響はほとんど感じられないという。出展者と入場者の双方とも、その96%が次回のBAUにも出展・来場すると答えており、建築を取り巻く状況は向かい風ではなく、むしろ追い風が吹いているとの感触を得ているようだ。
 だが、建築業界への波は良いときも悪いときも時間差を伴ってやってくる。だからこそ、この好評価をそのまま素直に受け止めるには疑問が残ることは確かであり、今後の情勢によっては状況が大きく変化する可能性も十分に予想される。その一方で、今世紀に入り新築よりも改修の需要の方が大きくなったドイツでは、新築の着工件数の変動にはあまり影響されない下地が整っていることは逆に好条件と言えるのかもしれない。
 また昨年、原油の価格が高騰したことは記憶に新しいが、日本と同様に化石燃料のほとんどを輸入に頼っているドイツは、化石燃料の価格変動に大きく左右されることのない低燃費な建築を中心とした社会を構築するための基盤づくりをすでに始めており、その一つがドイツ政府による断熱改修のための支援政策である。建築で消費される化石燃料を低減しつつ、雇用の確保が可能なことから、現在、各方面で積極的な告知が行われている。
BAU とバウハウス
 これまでいくつもの見本市を視察してきたが、BAUに限らず大きな見本市に出展する企業が展示にかける力の入れ具合には目を見張るものがあり、どの展示からも製品や技術に対するこだわりや意気込みが伝わってくる。また展示手法だけでなく、機能美を追求した硬いデザインを持つ質の高い製品に触れると、ものを見る目や、それらを見極める感覚が研ぎ澄まされるようだ。
 その背景には、欧州を含めた一般の人たちの建築に対する関心や意識の高さが関係しているように思う。それは自分の住む家の古さや歴史を知ることに始まり、空間の素晴らしさや快適さ、そしてこだわりと愛着について語ることから生まれるのかもしれない。外見は古くとも、長い歳月に携えられた落ち着きのある独特の時間が流れている建築に触れていると、そこで育まれた感性が、デザインや建築に対する価値観をも創造して行くのだろう。
 そういったことを考えるとき、バウハウスに代表される近代主義—モダニズム—の流れが、工業製品から建築デザインに至るまで、いまもなおドイツのあらゆる面に確実に息づいているように思う。BAU に出展している企業も入場者も、BAUとバウハウスの関係について触れることはないけれども、余分な装飾が削ぎ落とされた硬いデザインや秀逸な展示手法に触れるたびに、このBAUにも近代主義の命脈の一部がまだ流れていることを実感する。それと同時に、ドイツという国が培ってきた合理性や革新性に裏付けられた奥深い底力のようなものさえ感じられるのである。
おわりに
 私はドイツ建築のすべてが優れているとは決して思っていない。ただBAUを含めた見本市の展示や建築を見続けていると、日本で建築に携わる人たちが良い建築をつくりあげるために努力を重ね、さまざまな試行錯誤の末に生み出す建築と、その間には、何か埋めることのできない微妙な差異があるのではないかと感じることが多くなった。
 それを的確に表現することは非常に難しいが、浅学な視点から一つ言わせてもらえるとすれば、それはおそらく、建築に対する包括的な概念、つまりコンセプトの明快さの相違であり、それを確実に実現するための工夫や技術に対する執拗なほどのこだわりの差でもあるように思う。もちろん日本の建築にそれらが欠けているわけではないが、仮に光や風といった環境からの働きかけを生かすための建築形態というものを一例として挙げるならば、おそらくドイツや欧州の建築の方に、その鮮明さが、より大胆に表現されていることが多いように思う。
 その背景にあるものの一端に触れることのできる貴重な機会が、このBAUである。巨大な会場をすべて見て回るには少なくとも2日は必要であり、歩き続ける体力も求められるが、僅か6日間のためにつくり上げられた建築祭としてのBAUは、ドイツや欧州における最先端の建築事情を知るための、極めて価値のある見本市といえるだろう。そこには日本という枠を遥かに超えた建築の世界が広がっている。
*参考資料 ミュンヘン国際見本市BAU http://www.bau-muenchen.de
*写真はすべて筆者撮影
こむろ・だいすけ
1965 年、札幌生まれ。
1993 年、武蔵工業大学大学院建築学専攻、宿谷研究室にて修士課程修了。専門は建築環境学。
梓設計で設備設計に従事したのち1998年に渡独。
HHSプランナー(カッセル)、ガーターマン+ショッスィヒ(ケルン)を経て、
2007 年に建築士事務所を東京に開設。
著書として『パッシブ建築手法事典』(共著・2000 年・彰国社)がある。
www.enexrain.com