JIA愛知建築セミナー2008「明日をつくる建築家のために」
シリーズ1「地球環境と建築」第3回
平田晃久氏、長谷川祐子氏を迎えて
(村山恒久/村山建築設計事務所)
 JIA愛知建築セミナー、シリーズ「地球環境と建築」の第3回目が11月8日(土)に、若手建築家平田晃久氏、キュレーターの長谷川祐子氏をお迎えして行われました。
「空間の自然」 平田晃久氏
 「大学卒業当時はポストモダンやデコンの全盛で、’95年ごろにはライトコンストラクションといわれる透明で軽い感じの建物がもてはやされました。そんな中、私にとって仙台市の『せんだいメディアテーク』がとても印象深く、それがきっかけで伊東豊雄建築設計事務所に入りました」と平田氏。自己紹介的作品として、アルミの住宅(神奈川県)/アルミのパビリオン(ベルギー)/モンジュイック2(スペイン)/TOD’S(東京表参道:商業ビル)等を挙げ、その中でも大きな影響を受けた作品が、TOD’S表参道ビルであると語られました。
 このビルのオーナー、デラヴァレ・ホッジ氏(イタリア)には建築に対する確固たる信念がありました。“人間の本能的な動線がショップとしての展示スペースとなる”。このホッジ氏の考えは「人間を動物としてとらえ、建築は人間の本能的な部分に答えなければならない」というもの。翻って現代建築はその問いに答えられているだろうか、自分はその問いに答えられる建築を目指したいと思った、と語られました。
 次に、デザインの根拠となる理論が文字とイラストで展開され、「SKY:空」「SEED:種」「PLEATS:ひだ」という三つのキーワードが示されました。
「SKY」・・・人間の感情と空の様相は似ている。空は人間に配慮しているわけではないが、人間は空の様相に理由を付けている。これはすなわち人間と建築の関係と同じである。
「SEED」・・・種が成長していくように、自ら広がっていく原理が必要である。
「PLEATS」・・・空間によってできる立体的な関係であり、見えないけれどもつながっていくものである。
① Relation/Unrelation(関係と無関係)よりは Unrelation relation(無関係な関係)が良い
② A・B・C・・・(差異)よりはA’・A’’・A’’’・・・(少しずつ違って折り重なってできている)のが良い
③ Homogeneous space(均一室内からのスタート)よりはSpontaneous principle(内側から湧き出る始まり)が良い
④ Floor(平らな床からのプラン)よりはNew Topolography(新しい地形によるプラン)が良い
⑤ Visual(見える)よりはImagination(見えないけど連続してイメージする)が良い
 以上のように説明し、人間を人間としてしか見ないとらえ方より、人間を動物としてとらえる立場をとった建築をつくっていきたいと考え方をまとめられました。新潟県上越市にある代表作「枡屋本店:農器具販売店」でその考えが具体化されました。 建物は珊瑚に魚が集まるようなものをイメージしており、5m×5mのグリッドの壁柱に設けた高低差は自然に人の動線を作り出し、それが展示スペースとなります。全部を見通せる空間では人は興味を失うと結論づけました。
 そのほか、変形アルミ型でできた住宅「projectK」、屋根に注目した住宅「houseS」の奇抜で独創的な感性に聴衆は目を見張りました。
「アートと建築」 長谷川祐子氏
 「本日、私に期待されているのは、建築的なことではなく、ドリーミーなことだと思いますので、思いっきりドリーミーな話をさせてもらいます」と講演は始まりました。
 situation  ←┐
   ↓      │
 condition ← program( concept)
   ↓      │
production  ←┘
 というキーワードを示し、「situationとconditionにかかわってくるものがprogramであり、私の理解では、ここ10年行なわれているのは、プログラムから入っていく建築であると考えている。プログラムの解釈は多様化しており、『建築プログラムとは何か?』について新たな解釈をしていくことが、プログラムアーティストとしての私である」と語られました。
 建築家・デザインの領域を相互につなげていくことで、クリエイティブな協力ができるかという問いかけには「マルテイ(クロス)デシブナリー:復習の分野のプログラムを横断的に組みかえる」と説明しました。その背景として、①過去から現在にいたる情報データベースの共有、②プロダクション(創造)の過程におけるテクノロジーの発達、③プログラムとシステムの関係、④プログラムの組み換えが自由になった今、各分野の生産と消費・流通を支えているストラクチャーにも表れると話しました。
 エルネスト・ネト/石上純也/アシューム・ヴィヴィッド・アストロ・フォーカス/デマーカスファン/カールステン・ニコライ/AMID /トビアス・レーベルガー/マイケル・リン等の現代アーティストとその作品を映像で紹介した後、アーティストが建築家と違うのは、建築はその作品に安全・構造といった制限があるけれども、アーティストにはそれがなく、アイディアを視覚化していくことにたけていれば良い、だからこそ建築家とアーティストのコラボレーションが可能であり面白い、と語られました。
 最後に、長谷川氏自身の作業として、西沢立衛の十和田市現代美術館/リナ・ボ・バルジ(ブラジル女性建築家)の住宅/妹島和世のプラットホーム(住宅)を紹介され、とても興味深い講義が終了となりました。
参加者の声
●金沢に行くたびに、時間を見つけると21世紀美術館に立ち寄ってしまっています。おもしろいと感じられる常設展が私にとっての魅力の一つだからでしょうか。今回の講演はそのキュレーターであった長谷川氏とのことで、とても楽しみにしていました。
 長谷川氏は、短い時間の中で盛りだくさんの内容をお話しして下さいました。すべてを感想としては書ききれませんが、全体を通して建築に携わる私たちへの激励のような講演で、とても刺激になりました。
 印象に残った内容で、「様々なアーティストの中でも、建築家はまだいろいろな可能性を持っている職能である」というお話がありました。建築に携わる者としては、キュレーターの視点からのその言葉は非常に励みになり、さらに、これまで以上に努力しなければならないように感じました。
 また、「愛着を持たれることがサスティナブルにつながる」というお話もありました。繰り返し人が訪れる21世紀美術館の魅力は、常設展の作品や建築が来場者から愛されていることにもあるのではないかとのことでした。繰り返し訪れてしまっている自分の感覚を思い返し、その魅力を実感させられるお話でした。(伊藤睦子/笹野空間設計)
●平田氏の「空間の自然」と題した講演後、彼のロジックには強く魅せられ、納得していた。
 現代の建築は、環境問題という大きな壁に直面し、その多くが環境問題に支配されつつある気がする。このままでは地球環境は完全に崩壊してしまうのではないかという恐怖に怯えながら、必死に建築が環境に与えるマイナスの要因を取り払おうとするが、それは決してプラスに転換するものではなく、ゼロにしようとするものである。太陽光発電、壁面緑化等はそれに当たる。平田氏のロジックはそれをプラスにするような力を備えているような気がする。大袈裟な感想かもしれないが、少なくとも僕はそう感じた。
 彼の建築は、まるで植物のようである。なかなか言葉では表現できないが、自然環境に溶け込もうとしている印象を受けるのである。彼の講演を聞いて、建築と自然との新しい付き合い方を見ることができた。実際に彼の建築を体感し、それを実体験してみたいと強く思う。彼のロジックのさらなる展開が非常に楽しみである。
 僕は第1回目のセミナーから参加させていただいている。40人近い著名な建築家の講演を聞き、非常に多くのことを学んだ。当初まだ学生だった僕も、今では実務の世界に飛び込んでいる。「明日をつくる建築家のために」と題され始まったこのセミナーで得た知恵、知識を実践して生かしていきたい。そして「明日をつくる建築家」になれるよう努力していきたい。今日また一つ建築の視野を広げられた。今後の建築セミナーの展開も非常に楽しみである。 ( 犬塚恵介/設計事務所勤務)
●「あれほどセンシティブな人でもしっかりと理論を学んでいるんだ」。 大学の恩師の言葉を思い出した。「センシティブな人」とは伊東豊雄を指した言葉で、彼の訳書であるコーリン・ロウの論文集の話題から出た言葉だったように記憶している。
 今回の1人目の講師はその伊東事務所出身の平田晃久さんであった。どんな斬新な考え方を聞けるのか楽しみにしていたら、開始まもなく意外な図版が画面に映し出された。ロージェの原始の小屋。斬新どころか新古典主義時代のドローイングの登場である。驚いたが、屋根形が樹木のネガとして見える点から「自然の秩序と建築の秩序は近いのでは」という流れで、その後の話は期待通りの斬新な方向に展開した。言葉の端々に建築論・デザイン論・現代思想・科学理論などについての平田さんの造詣の深さが垣間見られた。平田さんも「しっかりと理論を学んでいる」ようである。理論をベースに独自の論理的思考を推し進めた結果として、強い個性を持った作品群は生まれてくるのだろう。そんなことを思いながら聞いた最後の言葉は何より印象的だった。「最初に論理的な枠組みをしっかり作るから、スタディでは安心してとことん感覚的になれます」。
 もう1人の講師、長谷川裕子さんの講演は「この作家はご存知ですか?」「この展覧会は?」「この建築は?」と言った具合の問いかけ口調が多く、そのほとんどに「イエス」と答えられない自分がひどく怠慢で無知なのではないかと心配になってしまった。
 今回のお二方の講演では、広範な知識を持つことの必要性を改めて感じた。冒頭の言葉を思い出したのはそのためだろう。(山上 健/伊藤建築設計事務所)