JIA愛知建築セミナー2008「明日をつくる建築家のために」
シリーズ1「地球環境と建築」第1回
山本理顕先生と奥宮正哉先生を迎えて
(小林 聡/小林聡建築研究所)
 2007年度からスタートしたJIA愛知建築セミナーも、10月から新たに第2弾が始まりました。シリーズ1が「地球環境と建築」、シリーズ2が「住まいと環境」というテーマで、今まさに建築家に求められている「環境」をキーワードに構成されています。今回も素晴らしい講師に恵まれ、75名もの受講生が集まり、充実したセミナーが始まりました。
 10月11日(土)第1回目は、山本理顕先生と奥宮正哉先生をお迎えしての講義です。山本理顕先生は、昨年シリーズ3第5回目の講師として予定されていましたが、海外出張で急きょ吉村靖孝先生にバトンタッチというハプニングがあり、今回はみなさん待望の講師です。
 シリーズ1のテーマ「地球環境と建築」は、いささか壮大なテーマではありますが、その先陣を切り、講義いただくのは、名古屋大学で環境学を研究されている奥宮正哉先生で、今回のテーマにぴったりの講師です。
 地球の平均気温がこの100年の間にどれだけ上昇したか、いかに暖かい夜が増えて寒い夜が減ったか、近年CO2がいかに急激に増えているか、いつも耳にしている話ですが、改めてグラフで見ると、その現実に愕然とします。日本のエネルギー消費も、実感としては省エネが進み、減りはしないものの微増にとどまっていると思っていましたが、何とこの15年の間に着実に増加しています。それも家庭で日ごろ消費している民生用が顕著に増えています(省エネ家電、エコ替えは掛け声だけなのでしょうか)。さらに電気は発電所から家庭に届くまでの経路で失う送電ロスが数%にもなるので、エネルギーの地産地消を行う必要性があること、コージェネレーションの有効性を知りました。
 次に「エネルギーの使用の合理化に関する法律」、省エネルギー基準、CASBEEの説明があり、設計する建物を客観的な数値で評価する手法とその必要性に今更ながら気付き、日ごろの不勉強を反省しました。
 地産地消の話に戻り、名古屋栄地区と名古屋駅地区で実際行われている地域冷暖房の説明がありました。何と日ごろ歩いている繁華街の地下ではエネルギーが行き来していて、ビル単位で余剰エネルギーを融通し合っていたとは驚き!
 今後、活用が期待される新エネルギー(太陽光発電、太陽熱温水器、風力発電、燃料電池、バイオマスエネルギーなど)と、エネルギーを搬送するときのロスを減らし、なおかつ蓄熱することができる潜熱蓄熱材の紹介、愛知万博で脚光を浴びた「ミスト」(実は奥宮先生のグループが開発されたとのこと)の活用でヒートアイランドを緩和する話など、少し先を見越した話で講演が締めくくられました。
 山本理顕先生はいきなり「姉歯さん」のから。ええっと驚いていると、偽装問題で世間が騒がしくなっているときに、日本建築家協会がどのような対応をしたのかと苦言を呈されはじめました。そもそも建築士は確認申請を出す資格であり、建築家はその資格を前提に主体的に物をつくるべきであり、偽装問題に対しても建築家としての存在意義を問うような活動を行うべきであったとのこと。
 次に例として出されたのは 漫画家、楳図かずお氏の「まことちゃんハウス」。楳図かずお氏のトレードマークである白と赤の横縞がある住宅で、景観にそぐわないと近隣の方々が東京地裁に工事中止を求める訴訟を起こした物件です。この「まことちゃんハウス」にも建築士がかかわっているはずで、その建築士が楳図かずお氏を表現するのに“外壁に赤と白の横縞をペイント”では短絡的、もっと違った形で楳図かずお氏を表現する方法を提案できなかったのかとお話しされ、建築の主体は建築主かと受講者に問いかけられました。
 次に韓国の集合住宅のプロジェクト、福生市市庁舎のコンペ応募作品、「地域社会圏モデル」など先生の近作を、スライドを用いて説明がありました。福生市市庁舎のコンペでは、既存施設の解体をしないという市から提示された設計要件を、そのままでは公園が北側になり高層の新庁舎の日陰になるので、順次解体しながら建設する提案をされたとのこと。将来を見越したときどうあるべきか、建築家として主体性を持つとはどういうことかを具体的に示され、考えさせられました。
 400人規模の「地域社会圏モデル」は、はじめ、その意図が分かりにくかったのですが、400人という規模に意味があり、その規模で初めて実現でき解決できる問題が多くあることに気がつきました。
 懇親会の席上、失礼を省みず山本先生に、地域社会圏モデルで銭湯があるといいですねとお聞きしたところ、400人では2か所設けられますねとのお答え。それでは24時間いつでも入れるようにすると朝早いお年寄りが散歩のついでに入ったり、深夜帰宅する若者がひと風呂浴びたり活用できそうですねと重ねてお聞きすると、実は銭湯は各家庭でお風呂を沸かすよりずっとエネルギー消費が少ないとのことで、何とも奥が深いと思いました。
 エネルギーの地産地消もこのモデルで現実味を帯びてくるし、地域通貨、高齢者の問題、地域の防犯など、さまざまな問題の解決の糸口を見出すことができることに気付かされます。実は、「地域社会圏モデル」を提案された意図の一つは、このモデルがいろいろな問題を議論するきっかけになることだったのです。
 今回のセミナーは本当に充実した内容で大変刺激を受けました。これからのセミナーの展開が大いに期待されます。
奥宮正哉氏 山本理顕氏
参加者の声
●今回の講演は、4月より名古屋で生活を始めた私にとって初めてのJIAセミナーの受講であった。第一線で活躍される講師陣が、それぞれ「地球環境と建築」というテーマで何を語るのか、開講前より楽しみに思っていた。
 奥宮氏の講演では、普段接する機会が少ない最新のエネルギー関連の諸数値に新鮮な発見があった。それらの説明の後に語られた「これからは建築物の付加価値として設計者は省エネ建築を提案すべきだ」という言葉が印象的だった。
 山本氏の講演では、設計者は長期的な視点を持ち、建築物とその他のものとのかかわり合いを作り上げていくべきである、というメッセージが力強く感じ取れた。特に福生市市庁舎のコンペ応募の際に市の要項では解体しないとされていた庁舎を、解体することを含めて提案したというエピソードが印象深い。
 自分のことを振り返ると、実務経験が浅いこともあってか日頃は設計の実務を覚えながら進めていくことで精一杯である。山本氏の言葉にあった「常に設計者として主体的に考え、提案すべきだ」という姿勢を目標とし、奥宮氏から指摘があったように、意匠設計の枠を超えた多様な提案ができるよう努力したいと思う。(伊藤睦子/笹野空間設計)
●「建築をつくることは未来をつくることである」というテーマに沿って進んでいった山本理顕氏の講義で、1つとても印象に残っている言葉があります。「建築は100年前から現代へ、現代からさらにまた100年後へと思想を伝えていく伝達装置である」という言葉です。考えてみれば、周りに存在する建物は、自身よりも一回りも二回りも多くの年月の間、建っているものばかりです。そして、その中には竣工から何十年経った現在でも、その思想の新鮮さを失わない建物があり、それらは用途を変化し、修復されながらも、使う人に大切にされ続けているように感じます。建築家が目先のことだけにとらわれずに、建物やそれを取り巻く環境の未来を考えていくことの大切さを実感しました。
 違う角度から見ていけば、奥宮正哉氏の、時間軸も含めた多面的な視点から見て、建物の計画段階から解体にいたるまでのライフサイクルを推測し、建物の生み出す環境負荷を軽減していくという考えも、同じように建物を建てる上での未来を考える重要性を示していたのだと感じます。
 建築家にとっての未来を考える義務を改めて実感させられたセミナーでした。大変勉強になりました。(滝彩子/WORK・CUBE)
●10月11日、秋の風が気持ちよく吹く昼下がり、建築セミナーが再開しました。テーマは「地球環境と建築」。まさに「明日をつくる建築家」というメインテーマにふさわしく、つい未来環境に対しペシミスティックになってしまう私たちの世代とって、必要で適切で重大なテーマのひとつです。
 第1回目の第1番目の講師として名大の環境学を専門とする奥宮正哉氏。そのテーマの入口を担う講義として、現在、実際に直面している地球環境、環境に対する現在の日本の制度など、環境についての土台となる部分を講義されました。愛知万博での霧による温度調節システムは記憶に新しく、実際に万博でも、シンプルな方法で、視覚的にも楽しめて面白いなあと感じました。
 2番目の講師として、 昨今の建築家を牽引し、 Y-GSA の学長もされている山本理顕氏。まず初めに前回セミナーに来ることができなかったことを丁寧に詫びられ、穏やかな口調で講義が始まりました。建築家としての立ち位置、存在理由といった持論から始まり、近年の作品を紹介されました。終始とても穏やかな話し口調ではありましたが、そこにはあくまで設計者としての強い理念があり、我々のポテンシャルを引き出そうとする意思を強く感じました。
 久しぶりのセミナーでしたが、大きな刺激を受ける素晴らしい講義でした。ありがとうございました。(久田美紀/道家秀男建築設計事務所)