閉鎖施設の有効利用 〈新連載〉
施設閉鎖の背景・動向と着眼
高井宏之
(名城大学理工学部建築学科 教授)
焼畑商業
 9月26日「三越、4店舗閉鎖へ.採算重視し見切り」、9月30日「西友、赤字20店舗閉鎖へ.350人早期退職制度も」、10月7日「イオン、店舗リストラ追加.08~ 09年度…5割増60店規模」。最近、新聞に踊った見出しである。数年前、大規模商業施設の出店方式を比喩した「焼畑商業」という言葉を耳にしたが、遂に姿を現したと思った。
スクラップ&ビルドからの脱却
 我が国の建築技術は、戦後復興・高度経済成長を背景に、新築の建物をいかに合理的に建設するかを主眼に発展してきた。しかし、省資源や地球規模の環境問題の顕在化と共に、バブル経済崩壊に伴う低経済成長社会に移行した今日、既存の建築ストックの有効利用に関する知恵が新たに求められている。
 一方、近年、建築をとりまく社会や市場環境の変化は激しく、冒頭に紹介したような社会的寿命が物理的寿命を大きく下回るケースが多々見られるようになった。また、新築時に環境の将来的変化を読み切れないがゆえに、スクラップ&ビルド型のいわば使い捨て建築も横行している。
 本連載は数ある建築種の中で、特にこの社会的寿命が短い大規模商業施設とホテルに的を絞り、その閉鎖の動向や閉鎖後の施設の状況、及び有効利用された事例の特性把握を通じ、有効利用の視点から捉えた既存や新築の建築のあり方を考察するものである。
 今回はその第1回として、各種施設をとりまく環境の動向を概観し、また本稿の基本的な着眼について述べたい。
賑わいの担い手の撤退 -大規模商業施設
 大規模商業施設の郊外化が急速に進む一方、これまで都市中心部にあった施設の閉鎖や遊休化が多く見られるようになった。これは、1973年に施行された大規模小売店舗法が1992年に運用緩和されたことが契機となったが、モータリゼーションの進行も含めた大きな消費者行動の変化が背景にある。
 またバブル経済崩壊後の不良債権問題から、1990年代後半より大規模なチェーン店舗の経営母体の経営危機が顕在化し、再建に向けての法的手続きが取られるケースが発生、上記施設の核店舗の撤退が加速された。
 これらの現象は、中心市街地の衰退に直結するものであり、大きな地域問題と化している。
宿泊特化型が市場を破壊 -ホテル
 我が国のホテル市場は数度のホテルブームを経て拡大・進化してきたが、その新規建設は現在もなお堅調である。しかし、バブル経済崩壊による法人需要の減少、低価格を武器とする宿泊特化型のバジェットホテルが台頭する中、料飲部門主体のシティホテルや従来型のビジネスホテルの閉鎖が相次いでいる。
 しかし、ホテルがハレの場であると共に日常生活の場としても定着した今日、その閉鎖が街の賑わいや地域住民の生活に与える影響は甚大である。
受難の時代-公的宿泊施設
 年金や健康保険等に代表される公的資金の非効率利用問題や郵政民営化の影響を受け、公的宿泊施設は現在大きな変革の時を迎えており、行財政改革の中で多くが売却・閉鎖されてきている。
 しかし、公的宿泊施設は庶民の保養施設として建設されてきたが、各地域にとっては観光促進、雇用確保、及び地域のコミュニティ活動や来客宿泊の受け皿として大きな役割を果たしている。今後ともこれらの施設は立地する地域に不可欠な存在として機 能し続けることが強く望まれる。
市町村合併による縮小 -行政庁舎
 2000年に施行された地方分権一括法に端を発した平成の大合併で、1999年3月末に3,232あった市町村は、2007年3月末で1,804に激減した。そして、旧市町村の庁舎にある多くの議場や関連諸空間は役割を終えた。しかし、上層階にそれらの空間を有する行政庁舎特有の形態は、外部開放型の地域施設などの他用途への転用が管理面から困難なケースが多い。また、各種補助金等を使い、さまざまな生活関連施設を誘致してきた市町村には新たな空間ニーズは見あたらず、また厳しい財政状況の中で改修費用もままならない。
少子高齢化の中で模索 -小学校
 都心部、郊外ニュータウン、地方圏において小学校の廃校が相次いでいる。これは、合計特殊出生率が1975年に2.0を割り込んで以降大きく低下・低迷していることに加え、郊外ニュータウンでは居住世帯の年齢層の偏り、地方圏では過疎化と市町村合併が要因となっている。小学校は地域住民の思い出の場であり、生活の拠点でもあった。この思い入れの深い建築に対する有効利用の取り組みも散見されるようになったが、その成功例はまだ少数である。
二段階供給方式と有効利用
 上述のように、時代の流れの中で役割を終える施設は枚挙にいとまがなく、またこれらの有効利用策は模索状態にある。しかし、集合住宅に目を転ずれば着目すべき取り組みがこれまでなされてきた。
 1970年代後半、我が国では住宅を対象とし二段階供給方式(図1)が開発された。これは住宅を社会的部分(スケルトン)と私的部分(インフィル)に分け、前者を公共、後者を居住者が計画・建設・供給を行うというものである1)。このねらいの第一は「生活的社会資本形成」であり、スケルトンの長寿命化により実現される。ねらいの第二は開発当時の計画課題であった「居住者の多様な住要求への対応」であり、インフィルの設計自由度確保により実現される。従来の住宅では、これらスケルトンとインフィルが一体的に計画されていたため、インフィルが生活に適合できなくなったがゆえに、いまだ物理的寿命の尽きていないスケルトンも解体され、逆にスケルトンの制約の中でインフィルの設計、つまり居住者の生活が制約を受けるという不具合が発生していた。二段階供給方式は、これらの問題点を解消しようとしたものであった。
 その後さまざまな事例が具体化したが2)、この考え方は1990年代後半においてはSI住宅、直近では200年住宅として発展を遂げ、そのねらいも住宅の長寿命化に力点が置かれるようになった。
 さて、二段階供給方式と次回以降に述る大規模商業施設やホテルとの関係で施設に関して二段階供給方式のインフィルを「用途」と読みかえ、時代と共に変化を余儀なくされるインフィルに無理なく対応できるスケルトンを計画することにより、建築全体を長期たり有効に機能させるという発想に
基づいている。実際これらの施設では、比べ格段に大きく、またインフィルに係わる社会や市場環境の変化が激しい点で、二段階供給方式の考え方は住宅よりもむしろよく当てはまる。

図1 二段階供給方式の概念
参考文献
1) 巽和夫編:現代ハウジング用語辞典、彰国社、pp.110-111、1993.52) 高井宏之:二段階供給方式の実験-プロジェクトの流れと新商品普及の視点からの「実験的住宅供給」考-、住宅、Vol.50、No.2、pp.31-36、2001.2
たかい・ひろゆき| 1957 年岡山県生まれ。1982年京都大学大学院修士課程修了、博士(工学)。㈱竹中工務店技術研究所 主任研究員、三重大学工学部建築学科 助教授を経て、2008年より現職。
専門は建築計画・住宅計画。主な共著書に「現代社会とハウジング」(彰国社)、「大規模集合住宅における共用空間・施設の経年変化に関する研究」(.住宅総合研究財団)「建、築・まちづくりの夢をカタチにする力―建築企画事例から考える環境のデザイン」(彰国社)がある。