JIA愛知建築セミナー2007「明日をつくる建築家のために」
シリーズ3「ライフ&アーキテクチャー~生命と建築」
〜迫慶一郎氏&吉村靖孝氏〜 講師急変更のアクシデントを乗り越えて
(鈴木達也/日本設計)
今回、このセミナー始まって以来の大アクシデントが発生しました。当初予定していた山本理顕氏が講義の10日ほど前に、突然の海外出張でセミナーに来られなくなったと連絡がありました。
 この第5回の講義はゴールデンウィーク明けの5月10日、連休中に代わりの講師を探さなければいけません。もともとこの第5回の講師は山本理顕氏が先に決まり、山本氏の紹介で氏の事務所の出身の迫慶一郎さんにペアをお願いすることになっていました。
 山本氏からも代わりの講師は迫氏に一任、とのことで迫氏に大変お骨折りをいただき、やっと講義の3日ほど前に吉村靖孝氏が代役を引き受けてくださることになりました。
ボーダーレスな活躍
迫慶一郎氏は1970年福岡県生まれの37歳。オリンピックで沸く中国・北京で活躍する現在最も忙しい建築家の一人です。今年の1月にはTV「情熱大陸」でもその"情熱的な"仕事ぶりが紹介されました。
 迫氏が中国で仕事をするきっかけとなったのは山本理顕設計工場に在籍中に北京の「建外SOHO」を担当したことに始まります。担当として北京に常駐していた迫氏は、巨大プロジェクトがものすごいスピードで実現される中国に魅了され、そのまま中国に残って仕事をすることを決意したそうです。
 それにしてもあの難しい国で大きなプロジェクトを次々とこなして行くのは並大抵の苦労ではないことがうかがわれますが、この日のセミナーではそのような中国での苦労を感じさせないパワフルな建築論・デザイン論を、多くの作品を紹介しながら丁寧に語っていただきました。
建築のフィールドを超えて
 さて次に、突然の代役を快く引き受けてくださった吉村靖孝氏は、1972年愛知県豊田市生まれ。早稲田大学大学院を修了後、オランダの建築家集団「MVRDV」で2年間仕事をされたあと、日本で事務所を設立し仕事をされています。近年グッドデザイン賞や吉岡賞など著名な賞を受賞され、海外での展覧会やワークショップの講師など国際的に活躍されています。
 講義の中で紹介された吉村氏の仕事のフィールドは、住宅や商業建築のような単体の建築から、都市計画のようなスケールのものまで、とても幅広くて驚かされます。その一つ一つが今までの建築の既成概念を超えるようなアイデアで満ちていて、私たちに大変新鮮な刺激を与えてくれました。
パワフルなメッセージ
 それぞれの講義の後、お二人にディスカッション形式で独立までの経緯や建築家を目指す若い人たちへのメッセージを語っていただきました。そこには国境を越え建築の既成概念を超えていくような知的でパワフルな若手建築家の姿が感じられ、ひとしお満足感の高いセミナーとなりました。
迫慶一郎氏 吉村靖孝氏 参加者へのメッセージを語るお2人
参加者の声
●本物を見抜く力を養いたい
 今回は、山本理顕さんが急遽中国に行かれることになり、迫慶一郎さんと吉村靖孝さんの講演となりました。
 迫さんの自己組織化という考えは前回のヨコミゾマコトさんの考えにも共通するところがあるように思います。一方、吉村さんはそれをそのまま形にするという手法は取らず対照的に思えますが、形になったものを見ると類似した要素を感じます。考え方が似ていても、形にすると全く違うものになったり、考え方が違っても、似たような形のものになるところが面白いところだと思いました。
 日本と中国では考え方、技術力、手法も異なり苦労されているようですが、そこならではの人材を活かした方法に興味を持ちました。今、最先端の技術が集まる場においても、やはり現地の人とともにつくりあげていくことに意味があるのだと思います。そこでしかできないことに挑戦していってほしいです。私はまだこの道に入って働き始めて2年目です。それぞれの人が違う場所、立場で働いていますが、今いる場所で、良い方向に導いていける環境を提案していけるようになりたいです。
 迫さん、吉村さんとも海外で活躍されており、自分とは離れた世界にいるように思っていましたが、最後の対談の中で建築の道に入るきっかけや今に至るまでの道を聞くことができ、親近感を持ちました。また、様々な人との出会いが今の2人を作っているのだと。今後とも2人の建築家に注目していきたいです。
 情報が氾濫する現代において、何が必要なのか、大切なのか惑わされることがあります。今回のような色々な考えの人に触れる機会を持ち、本物を見抜く力を養っていきたいです。(赤川祐美/中建築設計事務所)
●「強さ」と「アイデア」
 今回のセミナーでは、30代にして海外を含めて多くのプロジェクトを抱えておられる若手建築家のお2人から、建築に対してどのような関心を抱き、それを作品でどのように表現されているのかといった内容について、過去の作品や現在進行中のプロジェクトのスライドをもとにお話いただき、とても興味を持って聴き入ることができました。
 迫先生は、タイトルにあるように、生物や化学でいう「自己組織化」というものに関心を抱いておられ、その考えから生み出される建築には周辺環境や人、経済にまで強く影響を及ぼすほどの他を圧倒する「強さ」が感じられました。
 それは、中国という特質な環境で活動されており、中国という環境だからこそ可能な方法論や表現手法によって生み出されるものだということを話を聴くにつれて理解することができました。
 一方で吉村先生は、人間社会におけるルールや環境の中で建築がどうあるべきかということに関心を持っておられ、学生時代に考えたという「羽田空港高層化計画」なるプロジェクトは、航空法の規制(ルール)を利用して、羽田空港を地上300mまで高層化することで東京を高密度化できるという大胆な発想ですが、その理論はとても明快で話を聞けば誰もが納得しうるようなユーモアのあるアイデアだと感じました。
 今まで建築を制限するものだという思いが強かった法規も、見方を変えれば建築として大きな可能性を見いだせるものだということを学びました。
 今回は、著名な若手建築家のお2人からこのような貴重なお話を伺うことができ、建築を学ぶ身としてとても勉強になりました。また、今回のようなすばらしいセミナーを主催された運営関係者の皆様に厚くお礼申し上げると同時に、今後も引き続きこのようなセミナーを開催されることを期待しております。(西垣正彦/トヨタ自動車)
●建築をつくり続けること
 迫慶一郎氏のself-organization「自分自身で組織や構造をつくりだす」という言葉がとても印象的です。
 ユニットの家具や集合住宅など、何か可変性を感じさせるものがあり、使用方法やボリュームを変えるとまた違った使い方が見えてきそうで、使い手や住み手に主体性を持たせる可能性を感じました。簡単な操作や方法で何通りものパターンや表情を見せてくれるものが私はとても好きなので共感しました。
 また、中国という勝手の違う環境下で建築をつくっていく難しさを感じさせてくれました。
 様々な制約を乗り越え、オリジナリティを求められる中で、クライアントの要求の一つは真似されにくいこと。建築ラッシュの中国では常に周りとの差別化が求められ、デザインが良いと判断されれば似たものをという話になるのでしょう。
 新しいテクスチャや有機的なデザインなど面白そうと思う一方で、常にそれが優先される建築をつくり続けることは大変だろうと感じました。またそういった中では街並みや景観との共存の難しさも課題になるはずです。そういったことに対する考えを聞けたら良かったです。 
 忙しい中来ていただいた建築家の方々と素晴らしい勉強会を開いていただいた運営関係者の皆様、本当に良い勉強になりました。ありがとうございました(当日は都合により前半の講義のみ受講しました)。(藤吉 聡/藤吉建築設計事務所)