JIA愛知建築セミナー2007「明日をつくる建築家のために」
シリーズ3「ライフ&アーキテクチャー〜生命と建築」
第2回 乾久美子氏、堀部安嗣氏を迎えて
(眞木啓彰/MA設計室)
 今回のセミナーは、乾久美子氏、堀部安嗣氏を迎えて行われました。乾久美子氏はシリーズ1の講師人選の時から何度も名前が挙がり、スケジュールの都合で実現されなかったようで、セミナー委員会としては念願の講師でした。
 乾久美子氏は、「近作について」と題して最近の作品のスライドを見ながらお話をされました。紹介されたのは「メレーズ御殿場」「ヨーガンレール丸の内」「十和田アートセンター」「LOUIS VUITTONTAIPEI」「DIOR GINZA」「新八代駅前モニュメント」「アパートメントI」です。
 「メレーズ御殿場」の内装の仕事では、富士山が見えるロケーション、アメリカンなデザインモール、関係性のない雑な思考回路の中での内装の仕事であったと。乾氏が「何もやらないことをデザインした」と言うように、内装の中に波紋をオーバーレイさせていました。それぞれのショーケース、壁の影をレンダリングさせグレイ配分を決めていく。写真だけでは分からない、実際に体験してみないと分からない空間だろうと思います。「ヨーガンレール丸の内」では5つの売り場を青、グレイ、ピンク、茶、白で塗装し、その間はぼかしていく手法を用いています。外からは「色がきれい・・」程度ですが、中に入ると気分が高揚していくそうです。これも実際に体験してみないと分からない感覚でしょう。
 「LOUIS VUITTON TAIPEI」では街路樹のシルエットと重なるようにファサードをつくっています。大きな市松模様を構成した壁面が木漏れ日のように配置されており、ローカルな環境に合わせるように考えられたそうです。「DIOR GINZA」にしてもそうですが、内部から何かを発信している、何らかのメッセージを込めて設計をしているのだと感じました。
乾久美子氏 堀部安嗣氏 会場風景
 堀部安嗣氏の講演は、「今、日本の風景を考える」と題して行われました。私はとても楽しみにしていました。というのも最近私が気に入って使っているタイル(Vase)があるのですが、同じところで作っているタイルを「田園調布の集合住宅」で使っているからです。それ以前から堀部氏の作品は、シンプルで丁寧な設計をされていていつも気になっていました。最近発売された作品集も会場で販売されましたが、あっという間に完売していました。今回紹介された作品はその作品集に載っているものがほとんどでしたが、改めていい作品だと感じました。
 まず、堀部氏は考え方について話されました。「若くて美味しそうなトマトが似合うお皿を作るのではなく、魚もきゅうりもトマトでも何でも入るお皿を作りたい。1対1ではない。30代のクライアントには共感できて、50代70代の方とは共感できないのはダメ。時空を飛び越えたものづくりをしたい」と。
 最初に見せていただいた写真は、アスプルンドの火葬場でした。この写真に出会ったことで建築家への道が開かれたそうです。昨年も見に行かれたそうで、くの字型のベンチの写真がありました。火葬場での悲しみの家族が座るベンチとして、微妙に角度を付けられたベンチに感動させられました。堀部氏は20年前に見に行った時には気がつかなかったそうです。私も5年ぐらい前に行ったことがあるのですが、このベンチには気が付きませんでした。まだまだ未熟だと痛感しています。
 堀部氏が初めて設計した鹿児島の「南の家」でのエピソードでは、大工さんとの駆け引きでご自身の意図を曲げずに貫き通した話がありました。その結果がこのバランスのよい家になっているのだと思います。妥協をせず、自分の形を追求した結果なのでしょう。堀部氏は、益子先生のテクニックを自分なりにアレンジして形を追求していったと言います。現場にいないと何が起こるか分からないので住み込みで現場をチェックしていたそうです。
 クライアントとのやり取りでは「クライアントにお伺いを立てるのは建築家としての仕事を放棄していることになる。絶対という答えを見せてくれ」とクライアントに言われたそうです。自分はどうなのか、クライアントとどう接していたかを確認をしてみようと思いました。
 また、堀部氏は、家具や設備などを2次的、3次的なことではなく1次的な魅力を持っているのかを見直しながら設計しています。そこが1番大事だと言っています。
 周りの環境を汲み取ることも大事です。屋久島、軽井沢、東北など周りの環境によって決まってくるものがあります。雪、雨、風、山の稜線、山の見える1番いい場所…。
 最後に堀部氏から我々に「今、日本の風景を考える」に関してのメッセージを頂きました。「伐らなくていい木は残しましょう! 似合わない事はやめましょう!」 単純なことだと思います。そんなことを一人一人の建築家が思っていれば、日本の風景ももう少し美しくなると思います。今回のセミナーを聞いて、自分の設計活動を見直すよい機会になりそうです。 
参加者の声
●3月22日(土)、乾久美子さんの講演を聴きました。
 乾さんは、はじめ商業のお仕事についてお話くださいました。いくつかの作品を紹介しながらお話が進むなか、どの作品でも共通していることは、「場所性をよく読むこと」「素材力に頼るのではなくて、魅せ方を工夫すること」だと感じました。私は、商業のお仕事でこんなにも「場所性をよく読むこと」をしていて、異色を放ちながらもスマートにそこに馴染むふうな作品が出来上がることに感動しました。
 そして、よく出てきたフレーズに“見えないものを見せる”や“実体はないが実感はある”とありました。なるほど!と思ったと同時に簡単にはできないことだと気づき、実際はない光源をつくり出したり、照明の照度分布の逆転を利用したり、色による錯覚など、ちょっとした人の感覚に訴える方法がこんなにも酔いや流れをつくり出せることと、それらをさりげなく置くことが出来ることにとても驚きました。
 “ゆっくりと日常から非日常へと、いつのまにか変化していく”という共通のコンセプトのようなこのフレーズにとても魅力を感じました。そして住宅の作品に移っていっても感覚に訴える方法というのは変わらなくて、商業と住宅のあいだのところで両方に適応しているのだと新しい発見をした気分でした。
 私はこの日はじめて参加し、作品がどのような考えで出来上がっていくかということを文字で読むのではなく、ご本人から直接聴くことのすばらしさを感じました。(斉藤有美/愛知工業大学)
●セミナーも最終シリーズとなりましたが、最近は自分と年齢の近い方々の活躍もあり、大きな刺激を残す講義となっています。
 さて今回、乾先生は店舗の仕事の紹介から始まり、人間の感覚を微妙にずらすことで物販店舗という非日常空間を創り出しているとのことでした。単なる形のデザインではなく、塗装や素材など、手法をしぼることで作品に力強さが生まれているように感じました。しかしながら完成した作品は繊細であり、確かな存在がありながら、現実世界に対してどこか曖昧な境界を持っているようでした。ぜひ訪れて体感してみたいと思わせる空間でした。
 一方、堀部先生は、雨や風をしのぐという本能的な機能を求め、自然環境から生まれる形態を大切にしているとのことでした。スライドを観ながら改めて、建築はこんなに美しく、静謐な世界が創り出せるものなのかと感動を覚えました。堀部先生が語られる建築の魅力に引き込まれて行くようでした。
 私事ですが、今年から新たな環境でスタートを切ります。仕事の内容は変われど、今回のセミナーで感じたこと、建築は環境に対して脅威的な力を持つこと、それ故に美しい風景を創り出すことができること。これからの長い建築の道で大切にしていきたいと思います。(佐々木陽子/山田高志建築設計事務所)
●4月より賛助会員に入らせて頂くことになり、少しでも建築家の先生方の視点に立ってご提案できればと思いセミナーに参加させて頂いております。雑誌や書籍では表現できない講師の先生方のリアルなお話を聴くことができる貴重な時間であるセミナーを毎回楽しみにしております。
 今回のセミナーでは乾先生、堀部先生共に、周辺に対してあるべき姿は何かということを重要視して建物本体のデザインを創り上げていらっしゃることが印象的でした。お二人の先生方の作品は周りとの調和を図っているからこそ、発信しているデザインが精彩を放つ存在となることができると感じました。
 日頃、カーテン等の窓装飾をご提案する上で建物との調和を考えておりますが、ご講義をお聴きするうちに、建物と周辺が調和するということは、インテリアも建物の外観を介して周辺と調和を図ることが重要であると実感しました。先生方のデザインされた空間に、カーテンが入ることにより一層面白い空間になったと言って頂けるようなご提案ができますよう、今後も自分の価値観を広げるためにこのようなセミナー等に参加し勉強していきます。(藤田尚子/株式会社ハイム)