第4回
杜からの言霊
温暖化と森林
速水 亨 速水林業
CO2の排出量
 京都議定書の第一約束期間の実行期間が4月1日より始まった。本年から2012年の間に、1990年度を基準として温暖化ガス排出量を6%削減することとなる。しかしながら日本の排出量は2006年度では減るどころか、’90年度比6.4%増加して、この実施期間に削減する割合は、12.4%の削減を必要としている。
 3月28日に政府は、原油換算で1,500キロリットル以上の年間使用量がある事業所などに温暖化ガスの排出量の国への報告を義務付けその数値を公表した。やはり、鉄鋼、セメント、化学工業、製紙、電力などが上位を占める。それは予想されていたことで、私の関係する環境省の委員会では産業界でも上記の業界に属する関係の委員は環境税の導入や国の強制的な削減策に対して、反対の意見を述べることが多い。それよりも、特定排出者である8,944事業者のCO2の排出量合計は、6億4,025万tとなり、2006年度のわが国の総排出量13億4,100万tの約5割を占めることになる。その中でも鉄鋼、セメント、化学工業の上位3業種で約6割を占めてしまう。
 わが国では産業界のCO2の排出量は生産単位では国際的に見て小さくなっており、その技術革新の努力は高く評価されて良いものである。現実的に排出量の増大は家庭部門などからの排出が増加しており、学校、店舗、事務所などの業務部門や一般家庭で25%を占めていて、2005年度のデーターになるが、’90年度比で産業部門からの排出量は5.5%減少しているのに対して、業務部門が約45%、家庭部門が約37%増加している。しかし’06年度では上記2部門は前年度比では2.6%、4.4%それぞれ減少している。やはり、この2部門は家庭やオフィスの様々な電化製品の急速な増大や日常通電時間の増加などが影響しているのであろう。
 産業界はこの数字をもって、自分達の努力を評価してもらおうとしているが、今回発表された数字を見ても、限られた業種の排出量が極めて大きいことがわかる。産業の性格として致し方ないところはあるが、地球市民として考えるとその絶対量の大きさは、永続的な削減努力を先頭に立って実行し続けることが必要だと思われる。
地球市民としてのコスト
 政府はこの数字の発表前の3月7日に京都議定書目標達成の為の新しい計画を閣議決定した。その計画実施によって’10年度は’90年度比0.8 〜 1.8%減になるとしている。残り3.8%は森林吸収で、1.6%は海外からの排出量枠取得で補うことらしい。
 海外からの取得は、簡単に言えば空気を海外から買うこととなるのだが、これは国民に大きな負担を強いることとなる。おおよそ1兆円は支払う必要があるのではないかといわれている。そしてこの数字を見ると如何に日本が京都議定書に対しての努力が不足していたかがわかる。
 政府は今後も産業界の自主規制を前提に削減しようとしている。環境税導入の議論にも参加していたが、経済団体の代表は強い反対の姿勢が見られた。特に環境税導入によって国際的な経済競争力がそがれ、結果的に国内ではなく海外に工場を持っていくこととなるから、国内空洞化だけでなくCO2の削減もされないという理論であった。
 確かに、国内で厳しい環境税が課されればそれはコスト高につながることは間違いないが、一産業のコストの問題ではなく、地球市民としてのコストをどのようにして支払うかとして考える必要がある。また、海外で環境税が課されないから温暖化ガスの排出を国内で生産するよりも排出しても良いと考えているなら、それは企業倫理にもとる考えである。そのような考えでは、自主規制などで目標を達成することは産業界に不可能ではないかと思える。
 今検討されているキャップ制は排出量の上限を各産業別・企業別に割り当て、その数量を超えたものは削減量を購入し、上限以下にしたものはその差を販売できるという制度であるが、排出量の多い業界は概ね導入には慎重な意見が多い。
 それに対して政府はセクター別アプローチという産業など部門に生産や消費のエネルギー効率を計算し、それを積み上げて、部門別の温室効果ガスの削減目標を定める手法を提案している。これはダボス会議で表明したものであるが、その後の会議でもポスト京都議定書の削減目標として採択されればとの思いで提案したらしいが、残念ながら反対が多くてひとつの手法としてしか認められなかった。この提案は、生産単位ごとの排出量が少ない日本にとっては有利であろうと想像がつく。経産省が主導していたに違いないが、思うようには行かなかったということであろう。
 これらの議論を見ていると、日本は環境国家に本当になろうとしているのか疑いたくなってくる。確かに米国や中国などと比べて企業の生産単位に対する環境負荷は小さいが、今までの生産効率を上げる努力がこの成果となっている。
建築と環境
 そこで振り返って、建築業界は環境にたいしてどのように考えているか。たとえば米国では既に米国グリーン建築協議会(USGBC)がLEEDと呼ばれるグリーン建築認証を行い、大型建築物だけでなく住宅も施工されている。日本では建築物総合環境性能評価システムCASBEEがある。米国は民間主導で日本は国交省絡みの財団法人が見え隠れするので、相も変わらず官主導になっているのが気になるが制度自体は存在する。これまでの環境管理型の建築は、住む人たちに対して直接影響する室内環境や景観との調和として外部環境は極めて慎重に配慮しているが、使用する材料の生産される過程のエネルギー量や廃棄するときまでのエネルギー量を合計したLCAや、生産、廃棄の時の廃棄物の問題であったり、木材を生産する森林を管理するときの社会性などはあまり意識されることは無かった。新たな環境とはこのような建築の地球環境に対する影響を評価しようとするもので、温暖化防止のCO2の排出量なども結果的には抑制されるようになっている。
 特にLEEDでは木材を一定以内の距離からの購入を評価しており、またFSC認証を代表とする森林認証を受けた森からの木材の使用を高く評価している。CASBEEでは木材にはまだ積極的な評価が出来ていない。
 私は、建築はその時代を後世に伝える意味も持ち、極めて高い社会性を持つものだと考えている。それを設計する建築士は社会に対して、好むと好まざるに関らず強い影響力を持っている。それゆえに今、地球温暖化防止の行動をリードできる人々であると考える。
 日本においては、一部の企業や環境団体の動きに比べるとまだまだ建築士はその知識量の豊富さの中では、地球環境への建築の影響を理解する知識に関しては充分に持ちえていないような気がしている。建築材の中では、コンクリートや鉄、アルミと製造に大量にCO2を排出する材料から、木材のように逆にCO2を成長過程に固定してしまっている材料もある。
 また、以前にも書いたが、木材とて全ての木材が環境に良いかと言えばそうではなく、近くの森林からの木材であっても、最近は伐りっぱなしで再度植林されないで放置される森林が目立つ。そのような森林からの木材の使用は避けるべきである。
 つまり、建築は極めて裾野の広い産業である。それゆえに使用する材料は環境負荷の低い材料を吟味して使うべきであり、その効果は社会に対して極めて大きな影響力を持つと思われる。京都議定書の実行期間がスタートした今年は、物づくりの世界の中心地と言っても良い中部東海地方において、温暖化防止を視野に入れた地球環境にやさしい建築が数多く建てられること祈り、それがFSC認証木材や伐採跡がきちんと再植林されていることが判るトレーサビリティーが出来ている木材を使われて建てられていればこれほどうれしいことは無い。
はやみ・とおる|
1953年三重県生まれ。
1976年 慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、家業の林業に従事。
1977〜79年 東京大学農学部林学科研究生、硫黄酸化物の森林生産にあたえる影響を研究、森林経営の機械化を行うと共に国内の林業機械の普及に努める。
現在、1070haの森林を環境管理に基づいて経営を実行し、2000年2月に日本で初めての世界的な環境管理林業の認証であるFSC認証(森林管理協議会)を取得。
2001年第2回朝日新聞「明日への環境賞」森林文化特別賞受賞