JIA 愛知建築セミナー2007「明日をつくる建築家のために」
シリーズ2「サスティナブルな環境創造を目指して」
第5回 白井良邦氏と渡辺明氏を迎えて
(山田高志/山田高志建築設計事務所)
 昨年11月10日(土)、シリーズ2第5回セミナーを開きました。「建築家の職能」をテーマに、雑誌『Casa BRUTUS』副編集長の白井良邦氏と『二期倶楽部PartT』で第1回 新日本建築家協会新人賞を受賞された渡辺 明氏を講師にお迎えしました。
『Casa BRUTUS』は○か×か
 白井氏は『Popeye』『BRUTUS』を経て、『Casa BRUTUS』の創刊準備からかかわった。創刊号は10万部を発行したものの、4万部しか売れず、いきなり6万部返品という前途多難なスタートを切った。
 月刊化されて4号目に「ル・コルビュジエ特集」を組み「ル・コルビュジエはブランドですか?」を世間に問う。これがブレイクして、継続への道が開けたと秘話を公開。その後、「丹下健三」「伊東豊雄」「日本の建築家」などの特集を手がけて、2007年に創刊10周年を迎えた。 世代や性別にとらわれず、衣食住を含む多様なジャンルを扱うユニークな雑誌である。建築や建築家を取り上げてはいるものの、建築業界からの広告収入は一切頼らない。GUCCI、PRADA、LOUIS VUITTONなどのブランド広告が収入源となって、見開きページを美しく飾る。白井氏は売上部数を問うのではなく、あくまでも中身だと言い切る。5年前、「なんてったって建築家」をタイトルに、ISSEY MIYAKEを着込んだ磯崎新氏や何故かマオカラーを着る建築家たちを、カリスマ的に取り上げ話題を呼んだ。
 昨年9月号の特集「建築家は日本最大の輸出品」は、安藤忠雄氏との旅から生まれたという。アメリカの大リーグでは、イチローや松井、松阪の活躍が毎日のようにメディアを賑わす。スポーツ選手以上に、海外で活躍し、注目されている日本人建築家はたくさんいるが、日本国内での認知度や報道、評価はイマイチだと。白井氏の元に海外プロジェクトへの日本人建築家の紹介依頼も多数あり、「日本人の次期建築家輸出リスト」なるものもまとめ上げ、文化庁まで売り込みに行ったという。黒川紀章、安藤忠雄、伊東豊雄、坂茂など、第一線で活躍する多くの建築家に接してこられた白井氏は、もっともっと「建築家」に対する一般社会の評価や期待が高まるように、多くのメッセージを発信し続けている。
 「これは一体どういうことか…」という思いが、雑誌づくりの源になる。サスティナブルな環境創造の観点から、「絶滅建築を救え」と題し、日本全国にある解体の恐れのある建築をリスト化し、保存問題をクローズアップした。また、2050年には日本の人口が4,000万人も減少するといわれるのに、なぜ、高層居住建築が必要かなど、建築界に苦言を投げかけることも忘れていない。
 最後に、白井氏が尊敬し、愛して止まない、100歳になろうかというブラジルの建築家オスカー・ニーマイヤーのDVDをスクリーンに。その美しい建築は彼の指先で引かれるたった一本線から生まれる。誰にも真似はできない、ただやりたいことをやる姿がそこにあった。


白井良邦氏


渡辺明氏


終了後の懇親会で歓談する両氏
SIX SENSES+「楽」
 シリーズ2のテーマ「サスティナブルな環境創造から建築の可能性について」。冒頭、渡辺氏は、ご子息が働くノーマンフォスター事務所の様子を紹介した。所員数約600人と大組織事務所だが、営業部署はないという。また、世界中でプロジェクトが動いているが、驚くことに個々のプロジェクトは全て、たった二人の所員でコントロールしていくのだそうだ。あまりにもハードな仕事である故に、所員の離婚率も高いとのこと。世界中を飛び回って仕事をこなす能力や資質が問われる。組織構成は計画チームと製作チームに分けて、非常に効率よく仕事をこなす。日本の設計事務所との大きな違いの一つが、「スピード」だという。語学力・表現力が問われるほか、CM(コンストラクションマネージメント)をとても重要視している。渡辺氏自身、メキシコ、ドバイ、インド、ヨーロッパ、中国と、行動範囲を拡大していく中、スタッフ・専門分野ブレーンのリスト化を実施し、組織力の向上に努めているとのこと。講演テーマ『SIX SENSES+「楽」』と映し出されたタイトルスクリーンを斜め後ろ背に、渡辺氏は淀みなく講演される姿勢から、品格の中に熱い情熱を滲ませる。講演残りわずかになると、スクリーンに渡辺氏の作品映像が映し出された。その静謐な仕事から伝統の美学を残す意味、建物を継承する意味、文化を大切にする意味が伝わってくる。「『意識のない空間』。心の定まらない所があることを、良しとする」という風の建築/二期倶楽部からの言葉が印象に残る。
 『W・HOUSE /版築壁』の建築では、泥まみれになって作業をしていくうちに、一人ひとりが専門家になっていく様を見て、建築のとらえ方に変化をもたらした。「人と人との関係が一番大切。現場におけるリスク管理は建築家の責任。職人は恋人だと思っている」と言い切る渡辺氏の想いは深い。
 心は時とのふれあいの中で育まれ、惜しまぬ労に楽がある。…支える力は自身の魂の念でしかないと感じた熱い講義でした。
参加者の声
●今年の春に大学を卒業し、希望していた設計事務所へ勤め始め半年以上が経ちました。大学の実技とは違い戸惑うことばかりで試行錯誤の毎日です。どうしても事務的な作業に気をとられ、学生の頃のような「こうしたい」と言う気持ちを忘れてしまいがちになっている時期にこのようなセミナーに参加させていただけたことを心から感謝しています。
 『Casa BRUTUS』が建築雑誌と言えるならば、『Casa BRUTUS』は私が初めて購入した建築雑誌です。価格が手ごろで情報の幅が広いので大学でよく読みました。そんな愛読書の編集者直々のお話を伺い、深く感銘を受けました。特に、「周りの目を気にせずに自分のやりたいことをやればいい」「アドバイスを待っているだけじゃダメ。自分が何をしたいのかを考えなさい」という建築家を目指す若い世代へ向けられた言葉に、今まさに自分が考えるべき状況にいることを気づかされました。
 渡辺先生の「建築家はつくるだけが仕事ではなく、いかに長く使ってもらえるかを考えるべき」という言葉に共感します。渡辺先生は中国のいいところはエコだと仰いました。しかし、日本人にも物を大切にする文化は根付いており、近年では世界からも注目されています。環境について深く考える機会が増えた今、先頭に立ち指揮をとるべきは日本の建築家ではないでしょうか。人々が暮らしていく空間を護れるのは建築家なのではないかと私は考えています。(西ヶ開有理/タクト建築工房)
●セミナー1人目の先生は、あの『CasaBRUTUS』を編集されている白井良邦さんで、建築業界を外から鋭く観察し、最新の情報を発信しているということでどんなお話が聞けるか大変楽しみにしていました。大御所先生との取材旅行裏話や海外での日本人建築家の活躍など、大変刺激的な内容でその中では特に、建築家の評価や職能に関し、日本と海外との違いを熱く語っていただいたのが強く印象に残りました。
 もう一人の先生は、建築家の渡辺明先生で、ドバイの建築ラッシュの状況、そこでの開発のスピードの速さなどの話からはじまり、自作の「二期倶楽部」など、精神性が高く、張りつめた空間でありながら、自然を内部に取り入れ四季の移ろいを感じるドラマチックな多くの作品を紹介していただきました。それらの作品は、多くの工芸家の方々と協同してつくられていることで、細部の緻密さから生まれる空間の質の高さの違いをしっかりと教えていただきました。
 どちらの先生も、建築をただ建物を造るという行為ではなく、文化としてとらえ、建物と建築家のあるべき姿を白井さんは雑誌というメディアを通じて発信し、渡辺先生は、自ら設計した建物の中に表現することで発信していることを強く感じました。この刺激的なセミナーも残すところあと一回となりますが、私は合宿にも参加を予定しており、そこではさらにどんな刺激が得られるか今から大変楽しみにしています。(長野卓治/野口建築事務所)
●初回のシリーズ1から参加させていただいていますが、この講義では大学での授業でなかなか知ることのできない知識や経験談を聞くことができ、今後のためとても勉強になります。また有名建築家やその道のプロの方々の話が直に聞けることもあり、毎回の講義が楽しみで仕方ありません。
 そして今回のシリーズでは「サスティナブルな環境創造を目指して」をテーマとしています。『Casa BRUTUS』編集者で多くの建築特集をされている白井さんは、人口が減少傾向にある日本の街に高層マンションは必要なのか?を「神楽坂」を例に挙げ伝統を破壊してまで都市を高密度化する意義を改める必要があると警鐘を鳴らした。
 建築家の渡辺先生は日本と諸外国の都市計画における建築家の果たす役割・また仕事効率の違いや、伝統建築の衰退の定義を説き、現代の建築家に求められているものは建てるだけでなくいかに継続して使ってもらえるか考えなければならないでは?と締めくくった。結論は、単純であるからこそ難しい建築の根本をあらためて感じました。
 早くもシリーズ2も終盤。このような貴重な体験ができる講義が終わってしまうのはとても残念ですが来年3月よりシリーズ3も開催される予定。次回のセミナーにも期待しつつ今までの講義で得た知識をこれから生かしていけるよう日々努力していきたいです。 (藤吉大介/愛知工業大学3年)