第3回
杜からの言霊
どこから来た木材か
速水 亨 速水林業
古紙100%
 2007年を表す文字は「偽」であった。今年こそは「正直」という言葉が当然とされる年になればと念じていたが、1月が改まる間もなく大手製紙会社を始めとして大半の製紙会社が再生紙の古紙率を「偽っていた」ことが明らかになった。
 グリーン購入法よって、政府は再生紙使用を義務付けられ、コピー用紙などは古紙率100%が条件とされていた。しかし各社が品質とコストを競っている間に、再生紙の基本であった古紙率を偽装した。人々の倫理観を前提とした制度の根幹を、倫理観のない判断で偽ってしまった。
 三重県の老舗和菓子屋「赤福」と比べて、法によって購入を推進していることを考慮すると、より非難されることかもしれない。実は私は大手製紙会社も有力会員である社団法人日本林業経営者協会の会長を務めている。なかなか頭の痛い問題ではあるが、一般社会の目からすればやはり大きな問題であろう。
 さて、以前から、古紙再生の製紙過程で必要なエネルギーは、伐採した立木からつくられるバージンパルプを利用した紙より多く必要だと言われている。もちろん古紙再生は環境倫理から言えば至極真っ当で推進すべき事業であるし、再生紙が全てバージンパルプ由来の紙に変わればそれだけ森林が伐採され、中には再生されない森林も増える可能性はある。
 一度紙の形に変われども、樹木が成長したときに吸収したCO2は木にしっかりと溜め込まれ、炭素換算で木材の乾燥したときの重さの半分が炭素となる。木を原料とする紙もCO2の缶詰でもあるから、燃やさずにそのまま使い続ければ缶詰の状態で保たれるわけだ。
 しかし、現実はそうは上手くないらしい。古紙を回収し、再度使用可能な紙に再生するには、バージンパルプ使用時と比較すると、その過程でCO2も多く排出される。
 結果的にはどちらが多いかは議論のあるところではあるが、古紙再生が全面的に環境にやさしいというわけでないのは事実らしい。
FSC認証紙
 もう一つ、私が関るFSC認証紙がある。FSC(Forest Stewardship Council;森林管理協議会)は、1993年に発足し、適切な森林管理を審査、認証する制度で、森林を認証するばかりでなく、その森林から切り出された木材を使って生産・加工を行なっているかどうかも認証する。その求める森林管理は森林環境保全に配慮し、地域社会の利益にもかない、経済的にも継続可能な形であり、そこから生産された木材を認証し、FSC のマークが入った製品を消費者が選択的に買うことで、森林保全に簡単に関与できる仕組みをつくっている。私が管理する速水林業が日本では2000年にはじめて認証を受けた。
 この認証は、紙も認証しており、国内では木材よりはるかに多く流通しており、企業の環境報告書をはじめとして、様々なパンフレット、コピー用紙などもこの認証紙をミックスしてつくられているものが生産されている。FSC認証紙は、たとえば30%ミックスなどと書かれているが、クレジット方式と言ってFSC認証パルプの使用量をその会社が使用しているFSC認証紙としてラベリングしている中でのFSCパルプの使用量割合の合計がイコールとなることで、認証の精度を保とうとするものである。最初から無理と考えられる完璧なトレーサビリティを要求していない。
 まず紙は最終的にどこからきた木によってつくられたパルプが原料の紙か、ということを一枚一枚トレースすることの難しさがある。現代の紙製造過程は極めて大規模な工場でつくられ、連続的に投入される原料から、大量の紙がつくられ、その原料を産地ごとに細かく分けながら、生産することは困難であることは、想像に難くない。
 また、古紙の再生エネルギーの問題だけでなく、古紙は中国などの需要も高く、国内で確保することも高くつく場合もあり、生産する場合も印刷やコピー機を使用するときのエラーなどは古紙の率が高いほど問題もおきやすい。
 そのために古紙の使用率が、グリーン購入法に基づく100%利用などの要求に対して、現実は50%程度であったものを偽表示していたのだが、行為自体は許されるものではないが、その原因は多くの問題を含んでいるのだ。
 古紙にバージンパルプを混ぜることも、実はそのバージンパルプがどのような森林で伐採されたかなどは、はっきりしないままバージンパルプが使われると、紙の使用は開発途上国の森林破壊を加速してしまう可能性が高くなる。区別できないから製紙会社はFSC認証木材を使えば最も安心できるが、その絶対量はまだ少ない。そこでまず違法伐採と疑われる原料は使わない。次に持続性を確保しない森林からの原料の購入を避けることが大事であろう。

FSC 認証原木のラベリング

アラスカの命の森
違法な森からの木材
 紙も問題はあるが、実は木材も大いに問題がある。環境NGOは、日本に輸入されている木材の最低1割は違法に伐採されて木材であると表明しているし、その数字は政府も概ね認めている。
 林業というのは、諸刃の刃と成りうる。それは前述の紙の再生を考えると物質循環の社会的な循環として重要なことである。しかし、今は社会生活と自然循環双方をつなぎ合わせた考え方が重要である。つまり持続的な管理を確保した森林からの木材を使うということは、CO2の問題のみならず、物質循環を人間社会だけの循環に限定的に注目するのではなく、あらゆる物質が自然由来と考えたとき、自然を含めた大きな循環の輪をつくることが重要なのであり、木材は循環の自然側からの入り口であるが、その木材伐られた森林が再生するかしないかは自然循環の輪がつながるか、あるいは単なる自然からの略奪になるか、正反対の結果となる。林業はその森林の扱い方で悪にも正にもなるということであり、木材を使うということは、正悪のどちらの林業に加担するかを常に判断させられている。
 このときに、森林に直接関る関係者以外はその木材が適切な森林管理から生産されたものか、略奪的な産物かは知る手がかりが少ない。これは紙ほどの難しさはないがシステムを確立しないと困難である。そこにFSC森林認証が大事にしている流通や加工システムを確立することを求め、そこを認証する仕組みを持って森林と消費者を適切に管理した木材を選択できるということでつなぐことができた。
 一昨年から、南東アラスカの森林保護運動への協力を米国の環境保護団体から頼まれ、アラスカの原生林に1週間ほどテントで泊まりながら、現地の状況を視察した。広大な森林のほんの一部を見たに過ぎないが、様々な立場の人とも会った。
 ネイティブの人々が、政府から返還された広大な森林を管理する「シーアラスカ」という林業会社をつくっているが、そこが配当を確保するために無理な伐採を続けて資源をいためている。伐られる森林は1000年を越える巨木が生える森林がそこから木材の半分近くは日本に輸出され、日本では大径のヒノキに変わるものとして、高級な日本家屋の内装や建具に使われたり、寺社仏閣の新築などに使われたりしている。また楽器にも多数使われている。
 シーアラスカの伐採量は確かに過剰で、私が訪れたときも森林管理の責任者は過剰な伐採を否定していなかった。そしてその後伐採量を1 / 3に減らした。関係者からFSC認証の取得を求められて、現在、事前審査を計画している。
 このように、森林認証を取ることで、環境に敏感な消費者をつなぎとめようと考えている。米国ではアラスカの巨大なスプルースの需要者である米国の楽器メーカーは、シーアラスカ社のFSC認証を求めており、認証を取ることで過剰な伐採を抑えて自分たちが必要な木材を永続的な供給を可能になると考えている。
 日本では、木材の使用に関しては、地域材や国産材へのこだわりがある建築関係者は多くても、木材のお里の森林管理に意識がいく建築関係者は少ない。FSC認証は自然循環との調和を求めており、倫理観の高い認証である。
 この木材を使うことで、自然循環と社会循環システムをしっかりと結ぶことができるのである。
はやみ・とおる|
1953年三重県生まれ。
1976年 慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、家業の林業に従事。
1977〜79年 東京大学農学部林学科研究生、硫黄酸化物の森林生産にあたえる影響を研究、森林経営の機械化を行うと共に国内の林業機械の普及に努める。
現在、1070haの森林を環境管理に基づいて経営を実行し、2000年2月に日本で初めての世界的な環境管理林業の認証であるFSC認証(森林管理協議会)を取得。
2001年第2回朝日新聞「明日への環境賞」森林文化特別賞受賞