新連載 
木割の話
古典建築書の世界
河田克博
(名古屋工業大学大学院教授)
 過去の建築の設計手法を理解するためには、実際に残存している遺構を直接確かめて学ぶことは当然必要であるが、建築の概要を説明した記録等が残り存在が古典建築書」と総称している。この古典建築書が存在すると、そのなかに類似する伝統建築の設計理論が確定でき、建築の姿はかなり限定したものとして捉えることが可能となる。

①「堂宮雛形」の例、『匠道奥秘巻 塔之巻』(東京大学蔵)
西洋・東洋の古典建築書
 その古典建築書としては、西洋では、古代ローマ時代(紀元前1世紀)に建築家ヴィトルヴィウスがローマ皇帝に献じるために著した『建築十書』が著名である。この書は、ルネサンス期に至りギリシア・ローマ期の遺構における設計理論や思想の研究を躍進させえた、まさに西洋古典建築のバイブルである。また東洋においては、中国の古典建築書として、宋代(12世紀初)に李明仲(李誡)によって著された『営造法式』と清代(18世紀)に国家的建築規定として著された『工程做法則例』があり、中国の伝統建築の設計手法や生産工程を解明するうえで重要な建築史料とされている。
日本の古典建築書
 そして我が国でも、いわゆる日本古典建築書が多数存在しており、全国的に悉皆に近い調査の結果、現在約800本が確認できる。この数には、同内容の書を改で各時代の大工棟梁たち(=現代的にいえば建築家的存在)が中心となって、それぞれ工夫・研鑽して著述・編纂しているので、独自の記述内容だけでも多岐多様に及び、なお未知の書が発見される可能性もあり、全容が把握されている前述の「建築書」などと異なる性格をもっている。
日本古典建築書の記述内容
 日本古典建築書の記述内容を分野別にみると、いわゆる社寺建築の設計手法を記した「堂宮」(どうみや)①1)、住宅建築を記した「屋敷」、住宅の内部意匠を記す「座敷」②2)、茶室建築を主とした「数寄屋」、生活や儀式の道具を記す「道具」、城郭建築を記す「城郭」、各建築の細部装飾を記す「絵様」③3)、部材構成の幾何学的理論を示す「規矩」のほか、「材料・構法・仕口」④4)、「大工由来・儀式」、「家相」、「その他建築用語・積算など」の12分野に大別できる。そしてこれらの記述内容は、実在した具体的建築を説明するものではなく、現代的にいえば「標準設計書」あるいは「カタログ」に該当するものであるから、歴史的に使用される「雛ひながた形」を付して、「堂宮雛形」「屋敷雛形」「座敷雛形」などと呼んでいる。
 またこれらは、現代のように日本全国で一様の情報が同時に得られる時代ではないときの産物であるため、大工集団や活動地域や著述時期の別にしたがって、さらに流派別・地域別・時期別に系統だてて把握していく必要が生じる。各建築書に記された内容を同一または類似する名称の項目ごとに比較したり、項目の記述順序あるいは構成上の特徴を考え、著者や写筆者の所属やルーツを探ったり、また筆跡・紙質・史料体裁なども比較判断要素として考慮しながら、かなりアナログ的な分析手法によって取り組んでいるわけであるが、これをできるだけフィジカル(工学的?)に分析しようという試練が、研究の一つの醍醐味でもある。
②「座敷雛形」の例、『欄間図式』(名古屋工業大学蔵)
③「絵様雛形」の例、『新撰大工雛形 巻五』(国会図書館他蔵) ④「構法雛形」の例、『万宝柱立 番匠往来 全』(謙堂文庫他蔵)
木割と木割書
 以上の特に「堂宮」「屋敷」は、建物の設計意匠を、部材寸法・部材間寸法の比例によって説明するのが大半で、この説明方法を木割、それを記した史料を木割書 と呼ぶ。木割の概念は日本だけのものではなく、前述の中国や西洋の古典建古典建築書の世界築書にもあり、西洋古典建築においては築書にもあり、西洋古典建築においてはモデュールと呼び、特にギリシア建築でModulus(モデュラス)を原単位として説明するのはよく知られている。日本の木割システムも、仏堂・社殿・門・塔・屋敷などの多様な建築形式ごとに、建築全体の意匠を説明しており、時代とともに過不足ない完全な説明へと発達していく傾向がみられる。
 日本の木割書をその内容に応じて大別すると、いくつかの系統に分類される。まず「初期木割書」と位置付けているものであるが、これらは木割書が成立・発展していく萌芽期にあたる内容で、大工が覚書的に記した雑多なものが大半で、およそ室町時代末期から安土桃山時代にかけて成されたものである。『(孫七覚書)』(名古屋工業大学蔵)や『(小林家木割書)』(鶴岡市立郷土資料館蔵)など多数あり、それらの内容分類はなお進行途上といえる。次に四天王寺流を謳う江戸幕府作事方大棟梁職の平内家(へいのうちけ)によって内容が体系化された『匠明』(5巻、東京大学蔵)に代表される「四天王寺流系本」とくくる類があり、『匠明』の租本としての性格をもつ『諸記集』(5冊)もこの系本で、他にも多数の類本がある。同じく江戸幕府作事方大棟梁職の甲良家(こうらけ)は建仁寺流と称して『建仁寺派家伝書』(14冊、東京都立中央図書館蔵)を体系化しているが、これもその原本と考えられる木割書があり、その他の類本を含めて「江戸建仁寺流系本」と位置付けている。また建仁寺流を称しながらも加賀藩領(現在の石川・富山)で発達・体系化なって「江戸」とは別内容の「加賀建仁寺流系本」と類別している木割書も多数あり、『(清水家伝来目録)』(全5種、金沢市立図書館蔵)が代表的である。そのほか江戸幕府小普請方棟梁職の間で発達したと考えられる、『(柏木政等伝来目録)』(5巻、竹中大工道具館蔵)に代表される「小普請方系本」や、木版印刷され一般に普及した「木版本」があり、なお内容解明途上の、とりあえず「その他」としているものも多数存在している。
 古典建築の設計意匠を木割で把握すると、少なくともプロポーション的には誰でも無難な形態を再現することができ、伝統建築に身近に接し習得する機会や教えを乞うべき師の少ない今日にあって、多様多彩な古典建築を設計基準として理解できる木割書は、改めて現代人のための古典建築マニュアルとして豊富な内容を秘めている。書によっては難解なものが多々あるが、読み解くほどに先人の優れた知恵と研鑽に、そして建築に対する思い入れに敬謙の念を抱かずにはいられない。
 次回からは、木割書に記された木割内容の片鱗を、建築形式別に解説していく。

1) 拙編著『日本建築古典叢書3 近世建築書−堂宮雛形2 建仁寺流』(大龍堂書店、1988 年)参照。
2) 岡本真理子編著『日本建築古典叢書5 近世建築書−座敷雛形』(大龍堂書店、1985 年)参照。
3) 麓和善編著『日本建築古典叢書9 近世建築書−絵様雛形』(大龍堂書店、1991 年)参照。
4) 若山滋・麓和善編著『日本建築古典叢書8 近世建築書−構法雛形』(大龍堂書店、1993 年)参照。
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かわた・かつひろ| 1952 年生まれ。
1977 年名古屋工業大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。
1990 年同学博士後期課程修了。工学博士。名古屋工業大学助教授を経て、2005 年より現職。
専門は建築史・都市史。
著書に『日本建築古典叢書3 近世建築書−堂宮雛形2 建仁寺流』(大龍堂書店)、ビュジアル版『城の日本史』(角川書店)など