新連載
杜からの言霊
樹木を知って木材を使う
速水 亨 速水林業
 このたび『ARCHITECT』に6回の連載をさせていただくこととなりました。私は森林の育成に携わっている者です。常日頃、JIA東海支部の皆さまには大変お世話になっています。その機関誌に連載させていただくことは名誉ですし、少し緊張していますが、よろしくお願いいたします。
マツではないベイマツ
 さて、皆さま方の多くは設計の時に、木材を様々な形で使われると思います。国産材を使われるときは、スギ、ヒノキ、マツと樹種を指定されると思います。では横架材でベイマツを指定するとき、その木が日本にあるトガサワラという木と同じ属で、属の学名はPseudostugaであるということをご存知ですか。訳せば、「にせのツガ」ということとなります。葉がツガで材木の色がサワラに似ていて、ツガのことを林業ではトガと呼ぶので合わさって、トガサワラと名づけられました。四国や紀伊半島の脊梁地帯に生える針葉樹ですが、レッドデータブックに載る木です。つまり同じマツ科ではありますが、ベイマツは日本のアカマツやクロマツとは全く違う木です。材に樹脂分が多く含まれ、年輪の見かけが日本のマツに似ているのでベイマツと呼ばれるのです。  では、その他の輸入材はどうでしょうか。北米からの輸入材、SPF材はどうでしょうか。名前からして不思議な名前ですね。木の名前とは思えません。その通りでこれは樹木の名前の頭文字をつなげた名前です。アメリカという国はこのように頭文字を並べて使うことが大好きで、まずUSA自体がそうですね。  さて、SPFは北米の西北部の内陸部を中心としてスプルース(Spruce、トウヒ)、パイン(Pine、マツ)、ファー(Fir、モミ)類が混生して森林となっています。これらの木はカナダの針葉樹製材規格であるNLGA(National Lumber Grades Authorityこれも頭文字省略ですね)によれば、下表の樹種がSPFとなるそうです。   つまりSPF材の中には同じような性格の木材ということで、国内では一つの木材として扱われています。  ホワイトウッドも一般的には下表のスプルース、つまりトウヒと近い木で、オウシュウトウヒ、ヨーロッパトウヒ、ドイツトウヒ、英名はNorway Spruce、学名はPicea abices マツ科トウヒ属となります。ヨーロッパに広く分布しヨーロッパモミAbies albaマツ科モミ属とともに黒い森で有名なドイツのシュバルツバルドの要樹種となっています。フィンランドではおおむねヨーロッパトウヒがほとんどですが、オーストリアなど中部ヨーロッパではヨーロッパモミとの混生が増えて、伐採現場や製材工場では分別されている模様はありません。日本に輸入されているホワイトウッドが全て純粋なトウヒで構成されているとは信じがたいことです。

米国西北部の海岸近くのダグラス・ファー、
ヘムロック・ファーの混生林
樹種にあった使い方
 マツは国内では桁や梁に多く使われ、扱い方を間違えなければ丈夫な木です。昔の建物は基礎の下にマツの杭を打って沈みこみを防いでいました。古い日本家屋でも大きな小屋組みにマツはなくてはならない材料でした。  トウヒは本州ではあまり産出されることは少ないのですが、このトウヒは北海道のエゾマツの亜種と考えられており、材は心材がなく柔らかいこともあり、家具材や箱材、楽器、経木などに使われています。  モミは棺桶や神社の絵馬、家具の引き出しの底板などに使われ、思わぬ使い方は着物の洗い張りに使う板です。先人の知恵に頭が下がります。心材着色がないため反物に色が移ることなく、吸湿性のよさで水分を吸い取り、板が延びて反物をぴんと張り、次第に反物が乾燥すると同じように板も乾燥し縮むので反物にしわが出ない。これはあくまでも聞いた話なので正確でないかもしれませんが、着物の洗い張りという失われそうな単純に見える伝統的な技術の中に、木の性格をこれほど利用した技術が隠されているとは驚きでした。  つまりモミはこのように内装や家具などに使われますが、外壁や構造を担うところにはあまり使われません。水分を含むと腐りやすいからです。  このように、日本では樹種にあった使い方が基本でしたが、突然、SPFやホワイトウッドと呼ばれるとその姿は消えていき、強度や使いやすさが注目され、もともとの樹種の持つ特徴など関係なく使われていきます。もし国産材でトウヒとマツとモミを区別しないで使ったら施主は間違いなく怒ると思います。
進まぬ建築のトレーサビリティ

米国西北部の内陸部のスプールース・
パイン・ファーの混生林の伐採現場
 ヘムファーと呼ばれている木材あることはご存知でしょう。ここまでくるとおおむね予想がつき始めますが、ヘムロック(ベイツガ)と5種類のファー(モミ)の混生林から出てくる木材の総称で、木材の取引の際に使われる通称です。それとは別にヘムロック単独の取引もあるので、ますますややこしくなります。  奈良県の林業試験場の研究報告によればベイツガの集成材を調べると「集成材のラミナ85本中13本がモミ属の木材であった。いずれの木材も素材の耐朽性は低かった。また、これらに防腐薬剤を加圧注入したところ、ベイツガにもモミ属の木材にも注入量の少ないものがあった」との報告が2001年になされています。  このように木材の商売上の通称は決して樹種を表すものではないと言えます。魚でも農産物でも産地からのトレーサビリティや正式名での表示は、今では当然となっているのに建築に関して、なぜかあまり気にもかけずに通称で使われます。  一度使われれば何十年と使い続ける家なのに、建築工法や建てたときの耐震性はしっかりと計算しても、元になる木材の分け方が怪しいのでは心配になってしまいます。  当然ですが、SPFの集成材やホワイトウッドの集成材、ヘムロックの集成材などは単一樹種の集成材とはならない可能性は大です。国内でスギとベイマツの集成材は異種集成として許可を取るのに苦労していました。その点、海外の原産地の規格をそのまま国内で通してしまうことに不安と疑問を感じ得ないです。
樹種を知れば性格がわかる
 輸入材が全て弱いなどと思っていません。先にあげたダグラスファーは強くて綺麗な木材です。水にも強い木で丸ビルの立替のときに地下にビルの沈み込みを防ぐ基礎杭として多数打ち込まれていて、全く痛んでおらずベンチなどに加工されて街角に置かれています。  つまり、木材の正式な樹種名がわかってくれば案外簡単にその木材の性格がわかってきます。様々な素材の性格を知って、適所に組み合わせて使っていく。そんなことも建築の一つの妙であると思っています。そのためにもその木材のわずかな性格を表しているにすぎないヤング係数や劣化等級だけでなく、樹木としての本来の姿は、木材としての多くの情報を提供してくれます。  木材の利用を消費者が安心して、建築関係者に相談できるためには、このようなちょっとした知識を関係者が持つことが前提のような気がします。地域の木材を使う、国産材を使う、どれも林業経営者にとってたいへん喜ばしいことではありますが、それとともに、樹木に興味を持ってもらえればと願っています。
はやみ・とおる|
1953年三重県生まれ。
1976年 慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、家業の林業に従事。
1977〜79年 東京大学農学部林学科研究生、硫黄酸化物の森林生産にあたえる影響を研究、森林経営の機械化を行うと共に国内の林業機械の普及に努める。
現在、1070haの森林を環境管理に基づいて経営を実行し、2000年2月に日本で初めての世界的な環境管理林業の認証であるFSC認証(森林管理協議会)を取得。
2001年第2回朝日新聞「明日への環境賞」森林文化特別賞受賞