JIA 愛知建築セミナー2007「明日をつくる建築家のために」
シリーズ1 「歴史を通して建築の明日を語る」
第5回 瀬口哲夫氏と赤堀 忍氏
(久保田英之/久保田英之建築研究所)
日本・フランス・イギリスから建築家のスビリッツを学ぶ
 大好評の建築セミナーも、5月12日(日)で5回目を迎えました。早く感じるのも素晴しいテーマと刺激的な講師陣に加え、企画者と参加者も含めた建築への熱き思いが輪になってきたからだと感じています。
 今回は、講師としてJIAマガジン編集長としてもお馴染みの赤堀忍氏と名古屋市立大学大学院教授の瀬口哲夫氏に、建築家の職能について語っていただくというものです。
フランスでの経験を生かした建築遺産の継承
 赤堀氏はフランスヘの留学をきっかけにコンペに参加され、その後16年もの長期にわたり海外で生活されたという経歴の持ち主です。マネージメントも含めた建築家のスタンスを、日本とフランスという尺度で解いてくれた赤堀氏の講義は、未来を築く建築家の卵にとって、とてもセンセーショナルな内容でありました。実際、赤堀氏がフランスにおられた時には3年に一つの建築をつくるぺースであったのが、日本で仕事をしているとこなしているといった感が拭えないとのこと。…頭の痛いことである。
 日本でのスクラップビルドでつくられる感覚から、常にファサードの保存を求められるフランスでは解体申請が要り、壊さず伝えていく姿勢がある。それだけに建築家の役割も大きいのだと。その経験が京都の関西日仏学館で生きることに。“外観を変えず京都の人の心に残す建物”。ここでフランスで学んでこられた精神性を生かすことになる。建築家の生きてきた道は、点と点であっても、必ずそれが繋がり、線となる証を十分に教えていただけました。
グローバルな視点で見た建築家の職能
 瀬口氏はイギリスの資格制度を研究され、日本建築学会の業績賞を受賞された、言わずと知れた建築家職能のスペシャリストです。「社会がダメといっている建築家はダメ」と冒頭から少々辛口。医者・弁護士の仕事は誰でもできるものではない。それだけに社会的評価は高くなる。それに対して建築家と呼ばれる仕事の認知度はどうなのか。瀬口氏の社会と向き合うための建築家論は実に実務的で解かりやすい。芸術家としての建築家は社会的倫理を破るという意見もあるが、社会的要請に基づく資格制度には、その社会性ゆえに倫理規範が求められる。瀬口氏は“時間”と“景観”が建築の質として重要と説く。ここにも建築の公共性があり、建築の歴史と共有財産の大切さを認識し、確保する事が建築家の役割として重要であると説いて講義を終了した。
まだまだ遅れているぞ!日本の建築家
 日本の建築技術は世界でもトップクラスであることはいうまでもないが、建築家の職能意識についてはまだまだ低いといわざるを得ない。確かに一部のカリスマ建築家が世界で活躍し、日本の設計業界にとっても刺激的であり、日本の建築家も捨てたものではないと言うものの職能意識の点でいうと業界の裾野まで拡がっていないのが現実である。
 まさに、我々自身が建築家の専門性を大切にしているのかと問われていることに気づき、JIAの進むべき方向性が見えてきたような気がする。そのためにはより良い建築をつくり、社会のため、環境のため、歴史のため、同業の建築家のため、そして最後にクライアントのために職能を使わなければならない。その財産が、今回受講された20代、30代の建築家の卵に夢と希望を与え受け継がれることを願ってやみません。
赤堀 忍氏 瀬口哲夫氏
参加者の声
●今回のセミナーで「建築家の職能は医者、弁護士と同様である」という言葉を聞いて、学生の頃に初めて受けた授業を思い出した。教授の口から「建築家は医者や弁護士と共に神に代わる仕事である」と聞いたときは衝撃を受けた。単純に「すごい」と感じたと共に「やりがい」または「責任」といったことも感じた。実際に建築という職業についたとき、その言葉とは裏腹に建築家の評価は低いと感じるが、その言葉は私にとって厳しい建築業界でやっていく上での支えのひとつでもある。
 以前参加したとある市のプロポーザルの募集要項に「敷地内に建替用地を確保すること」とあった。それを見たとき変な違和感があった。今回計画する建物が老朽化したとき、その建物を取り壊してその用地に新しい建物を立て替えるということなのだろう。新築建物を50年、100年と残していくという考えは初めからないのだろうか。そういった日本の考えとセミナーの事例にもあった建物を壊さずそして街並みを壊さないフランスの考えとの違いを感じた。
 しかし私自身、設計をするにあたって街並みのことまで考えていたであろうか。個の主張ばかりで周りの環境を見るという余裕がなかったのかもしれない。建築の公共性についてもっと考えなければならないと感じた。すぐれた建物は時が経過しても残るという。そういう建物に支えの言葉を胸に多く関わりたいと思う。(田原健志/タバタ設計十建築企画事務所)
●僕自身、仕事に就いて4年目となるが職能について深く考えたことがなく、イメージすら乏しい状況でした。その中で聴いた今回の話は悩み多き内容でした。
 しかし、お2人の語の中で共通してあったのは、建築と時間との関係が社会における建築を評価する大きな要素であること。建築が時間とどう対峙するか、時間と長い間対峙してきた建築とどう向き合っていくかが重要に思いました。
 フランスにおける建築を次代に伝えようとする文化・精神が、歴史的建造物に対する法律を成立させている事実を聞いて、あれ?感じました。最近、海外でももてはやされているという日本における「もったいない」精神、その逆に建築においては「スクラップ&ビルド」精神。この不思議な状況を鵜呑みにしている事実にハッとしました。
 つくり手にその意識が欠如していれば社会において何も発することはできないし、何も感じられない物はいつの問にかなくなってしまうし、なくなってしまったことにすら気づかないだろうと思いました。まずはその意識を持っこと、社会的評価とは言えなくとも何かを発するモノをつくるんだ。という意識を持つことがいつか僕の中で“職能”に繋がるのではと思いました。(伊藤公成/道家秀男建築設計事務所)
●2007年4月からJIA賛助会員に入会しました。その理由が、積極的に講習会・勉強会を開催し、賛助会員にも開けたJIA愛知の方針が気に入りました。それから、本来経済学部卒の私が、今回のJIA建築セミナーに興味を持った理由があります。昨年、2級建築士を取得しました。もちろん、日建学院に行きましたが…。建築における基本を学び、さらに建築に興味を持ち始めた頃に、今回のセミナーを紹介いただき、受講することになりました。今回のテーマが、「歴史を通して建築の明回を語る」。試験勉強では得られないことを学べると、とても期待して受講しました。
 セミナーは、毎回欠かさず出席し、「大学の教授はどんな授業をするのだろう?」「建築家の方は、どんな考えで設計を進めていくのだろう?」と興味津々で受講しました。今回は、スクラップビルドの日本社会に問題を投げかけたテーマだったように感じました。赤堀先生は、フランスと日本の常識の差に、過去の建築物を改修して使うか、壊して建てるかの差があると教えて下さいました。改修して使えぱ心が潤うし、壊して建てれば経済が潤う。建築遺産の継承か?経済重視か?私は、大学で建築専攻していないし、特に建築史などまったくで、とても有名な建築遺産を多少知っている程度で、ほとんどの建築遺産への認識はありません。どんどん倒して、どんどん開発すれぱ、我々の仕事も増え経済が豊かになると考えていました。いわゆる回転率重視の資本主義経済の考え方です。今回のセミナー受講で、建築遺産継承、周りの環境に配慮した開発の必要性に気付きました。有名な建築物は残されるが、ほとんどの建築物は壊されていたかもしれないと思い残念に思いました。
 ただ現実は、全く建築遺産を無視した開発や周りの環境を考慮しない開発は問題だと思いますが、やっぱり建築家の方々には、今後の歴史に残る建築物をいっぱい設計していただいて、衣食住の住環境(経済)を豊かにしていただきたいと願っています。今後も、JIA賛助会員の一員として、今回のようなセミナーに出席して、新たな自分を発見し、さらなるご提案できるように日々精進してまいりますので、よろしくお願い致します。(磯田雅之/ウチヤマコーポレーション)
●赤堀先生・瀬口先生の講義で共通して都市景観についてのお話があり景観について再度考えさせられました。現在の日本の都市景観では、例えば欧州のように景観によって観光客が訪れることは一部を除いてまずないと思います。手遅れです。しかし100年後の将来を考えれば今からでも間に合います。
 赤堀先生の講義の中でフランス・パリ市の行政が景観についてかなり指示を出しているという話がありました。やはり美しい景観を形成するには市民と行政が共通認識を持たないと不可能かもしれません。現在よく問題になる歴史的建造物の保存問題の結果をみると、老朽化を理由に修繕することもなく解体される多い。個人では利益をどうしても優先してしまうので、こういう場合は行政がかかわることで守られることが多くなると思います。行政もこういうことに力を発揮してもらいたいものです。
 瀬口先生の講義の中で景観を学校教育でやるべきということでしたが、全くその通りだと思いました。建築の学生だけではなく一般の学生にも景観の教育を行うことで、現在無関心な市民の意識はかなり変わるはずです。市民の景観に対する意識の変化、行政の景観保存に対する関与、そして現在活動している建築家が景観についての意識をより強く持ち活動すること、質の良い建築をつくり続けれぱ必ず100年後には美しい景観が形成されると思います。また必ずそうしなければなりません。
 私はまだ建築家の卵ですが今回の講義を受け、将来のためにも美しい都市景観形成をしていこうと強く感じました。(伊藤翔/TKアーキテクト)