第5回 まちづくりの今後
まちづくりと評価

吉村 輝彦
日本福祉大学福祉経営学部准教授
評価の意義
 まちづくりとは、市民が日常生活を通して安全で、安心して、心地よく暮らしていくことができる地域社会(コミュニティ)づくりとそれを支える住みやすい生活環境や空間を維持・形成していく持続的な営みのことである。つまり、日々の生活の営みや生計活動を行いながら、地道に漸進的に住まいが維持、形成、更新され、また、そうしたプロセスを通して、地域社会(コミュニティ)が育まれ、時間をかけながら、まちがカタチづくられていく。まちづくりでは、互いに共有できるまちづくりの目標が設定され、同時に、様々なレベルの合意が日々形成されていく。そこには、意識的にあるいは無意識に、自らの想いやまちづくりが目指している方向や目標を鑑み、活動内容や実施方法のあり方を振り返り、漸進的にあるいは螺旋的に展開していくプロセスがある。様々な観点からまちづくり活動を見つめ直す「評価」は、まちづくりにおいて不可欠である。そして、よりよいまちを持続的に育んでいくためには、様々な状況に柔軟に対応していくこと、情報・経験交流や意見交換を通して、成功事例だけではなく、うまくいかない事例から学ぶ姿勢が大切である。
 また、評価という行為を通して多様な主体が、まちやまちづくりを話題に語り合うという意味で、評価には、コミュニケーションツールとしての活用可能性もある。もちろん、計画・事業の適切な立案(企画)や必要な改善、説明責任や透明性の確保という観点からの評価の必要性は言うまでもない。実際に、行政評価・政策評価・事業評価、プロジェクト評価・開発評価、環境影響評価等幅広い領域で評価の必要性が認識され、実際に様々な評価が行われている。
評価とは?
 それでは、まちづくりにおける多様な活動や計画・施策・事業は、どのように評価していったらいいのだろうか。
 典型的な評価のイメージは、計画の実施過程を定期的にモニタリングし、どれだけ個別施策や事業が展開され、どの程度計画目標が達成されたのかということを計画→実施→評価→改善→計画(Plan→Do→Check→Action)(図1)というサイクルにおいて継続的に見ていくことにより計画や事業・プロジェクトの効果的かつ効率的な運用と実施をしていくことにあるだろう。こうした評価は、実施、運営管理、成果などに関する成功・改善要因や課題を把握し、教訓を得ることで計画立案や政策形成にフィードバックされることになる。
 また、計画やプロジェクトの立案段階で、実施の必要性、妥当性、効率性、実施後に予想される成果の有効性、そして、他への様々な影響や波及効果を評価することも重要になってきている。例えば、国際協力機構(JICA)では、プロジェクト評価の判断基準として、1991年に経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)で提唱された基準である「評価5項目:妥当性・有効性・効率性・インパクト・自立発展性」を採用し、事前評価・中間評価・終了後評価・事後評価が行われている。(図2)なお、計画評価における事前評価の場合、複数代替案の検討やNo Actionという選択肢の検討も含まれるべきである。
 ただし、こうした評価のサイクルは、合理主義的な計画観や政策形成観を前提としており、サイクルのプロセスにおいて多様な主体が関わることによるプロセスの変容、目標自体の再構成、相互作用に基づく主体の関係性の変容、事業内容の新展開、活動組織の変容、新たな活動の創発等といった状況に的確に対応できるとは限らない。


図1 PDCAによるマネジメントサイクル

図2 JICAの事業サイクルと評価の位置づけ
(出展:JICAのウェブサイト)
評価の留意点
 評価の仕組みの設計においては、様々な留意点がある。評価に対する信用性の観点からは、誰が評価を行っているのかという「評価者に対する信用性」と、評価する内容に対して、適切かつ十分な方法で評価を行っているのかという「評価方法に対する信用性」がある。端的には、何のために(why)、誰が(who)、いつどのタイミングで(when)、何を(what)、どのように(how)評価を行うかが問われている。
 誰が評価するのかについては、大きく分けて、内部評価(当事者評価)と外部評価(第三者評価)がある。これは評価の目的によって一長一短がある。また、評価の方法としては、その計画や事業の成果を、(1)短期的視点で見るか、長期的視点をも射程に入れるか、(2)指標等を用いた定量的評価(量的評価)とするか、定性的評価(質的評価)を組み合わせるか、(3)総合的なものとするか、簡便なものにするか、(4)静的評価に加え、動的評価を行うか等、様々な論点がある。その中で、定量的評価を重視し、計測可能なシンプルなものを指標にすることは、評価を容易に行うことができる一方で、評価が持つ多様性を喪失することにもつながりかねない。評価の枠組みにその後の評価自体が縛られることになるので、評価の仕組みの設計では慎重な検討が求められる。
まちづくりにおける評価の射程
 以上を踏まえて、「まちづくり」における評価の射程を考えてみたい。次世代のまちづくりの方向性が、「地域空間マネジメント指向型まちづくり」や「社会関係資本志向型まちづくり」及びその融合であるとすると、前者が、アウトプット的な指標に基づく評価となり、後者がアウトカム的指標あるいは社会関係資本の状況の評価となる。一方で、プロセス評価については、前者が、PDCAを中心とした合理主義的な計画観を踏まえたプロセスの適切性であるとすれば、後者が、プロセスにおける相互作用を通じた関係性の変容や主体性の育み・形成に焦点を当てていくことになるだろう。実際には、以下のような評価が考えられる。
1)まちづくり活動や事業の結果としてのまちの現状/変化や特性の評価(アウトプット指標)
2)まちづくりによって得られたまちの発展についての評価(アウトカム指標)
3)まちづくりが、どのようなプロセスで、また、どのようなマネジメントで行われてきたかというプロセスの適切性の評価
4)まちづくりのプロセスを通じた社会関係資本の増減、主体の関係性の変容、主体性の育み・主体形成の評価
 1)が主に物的データによって状況を把握することができるのに対し、2)は、市民の満足度等意識調査によって把握する必要がある。一方、3)のプロセス評価のためには、詳細なプロセスの記述が必要になる。そして、4)は、プロセスにおける人と人とのつながりや連携の促進、相互の関係性の変容、実施後の自発的な推進・運営管理団体の組織化、様々な活動の創発等のダイナミズムを分析する必要がある。さらに、生成するプロセス及びなぜそうしたプロセスがもたらされてきたのかという政策環境との関係を合わせて見ていく必要がある。近年、評価の方法として、プロセスドキュメンテーションの可能性も検討されてきている。(図3、表1)


図3 インプット指標、アウトプット指標、アウトカム指標の関係
表1 アウトプット指標とアウトカム指標の例
★目標像に対する個々の要素の実現状況を示す指標「整備状況」
緑、公園、道路、土地利用変化、空間変容等 物的データ
★まちづくりへの市民の満足度を表す指標「市民満足度状況」
まちへの愛着度、地域活動への満足度、施策・事業への満足度 市民意識調査
★地域の社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の状況を示す指標「社会関係資本状況」
☆まちづくりを進める上での意識を表す指標「市民まちづくり意識状況」 信頼の程度(対市民、対行政等)、隣近所との交流度(挨拶の有無等、人の数、趣味活動等) 市民意識調査
☆まちづくりへの市民等の関わりを表す指標「市民参加状況」「市民活動状況」 認証NPO・市民活動等の団体数、市民活動拠点施設や公共施設の利用者数・率、講座数・講座への参加者数(防災、生涯学習等)、各種イベント数・イベントへの参加者数、ボランティア活動への参加の有無・ボランティア登録者数(様々なボランティア活動領域:防災、防犯、災害、福祉、ガイド活動等)、図書館への登録者数・図書貸出数、美術館等への入館者数、縁側・たまり場・サロンへの参加者数、ごみのリサイクル率、地域防災訓練参加数・率、投票率、刑法犯認知件数・認知率、犯罪発生率 データ
☆地縁型活動(伝統的社会関係資本)指標 町内会・自治会、子ども会・老人会、消防団等の組織・活動、民生委員等の活動 データ
☆ハード施設の整備状況 市民活動拠点施設(市民会館、公民館、コミュニティセンター、図書館等)の数、縁側・たまり場・サロンの数 データ
☆計画づくりへの市民等の関わりを表す指標 公募委員を含む審議会・会議数・公募委員の公募数、計画づくりへの参加程度(審議会、委員会、公聴会、説明会、懇談会等)、市民モニター、パブリックコメントの対象案件・意見数・意見提出率、市民意識調査・アンケート回収率、情報公開や応答義務の程度 データ
☆まちづくりルール活用指標 まちづくりルール(地区計画や建築協定等)の締結数、紛争調停数 データ
☆ソフトな事業の実施状況 協働型事業実施数、NPO等の指定管理者受託数等 データ
☆メディアアクセス コミュニティメディアの有無・番組数、ホームページへのアクセス数、電子掲示板等への投稿数、行政へのメール配信数 データ
☆ソフトな仕組み/社会システムの整備状況 行政の体制の再編成、協働担当部署・担当員数、まちづくり/市民活動支援条例の有無、協働ルールの有無、活動助成の有無・予算規模、寄付金収入等 データ
「評価」の実際と展望
 実際、国や地方自治体では、何らかの評価が行われている。また、国際協力機構や国際協力銀行では、事業・プロジェクトの事前・事後評価が行われている。さらに、インターネットで検索すると、まちづくり評価やまちづくり指標といった項目も多く見つけることができる。しかし、現実に行われているのは、事業評価や政策評価の範疇に留まっており、「都市計画」を評価していたとしても、「まちづくり」の評価とはなっていない。ただし、いくつかの自治体では、参加型による取組みが行われている。
 この連載でも扱った文化のみち二葉館も開館して、早2年半。今までの成果をどのように評価していったらいいのだろうか。もっとも分かりやすい指標の一つは入館者数であるが、これで、この施設が地域にどのような貢献を果たしているのかを評価することができるのだろうか。一部残された揚輝荘は、まちづくりの観点から、どのように評価することができるのだろうか。まさに、まちづくりの様々な活動や計画・施策・事業の評価のあり方が問われている。
【参考文献】 
吉村輝彦(2007.3)「次世代型まちづくりのための住民参加システムのあり方に関する研究」平成18年度特別研究報告書、(財)名古屋都市センター/内閣府経済社会総合研究所編(2005.8)
「コミュニティ機能再生とソーシャル・キャピタルに関する研究調査報告書」/日本福祉大学COE推進委員会編(2005.3)
「福祉社会開発学の構築」ミネルヴァ書房/小國和子(2003.9)
「村落開発支援は誰のためか?インドネシアの参加型開発協力に見る理論と実践」明石書店
よしむらてるひこ|日本福祉大学 福祉経営学部 国際福祉開発マネジメント学科 准教授。東京工業大学工学部社会工学科卒業、同大学院社会工学専攻博士前期課程修了、同大学院人間環境システム専攻博士後期課程修了。博士(工学)。国際連合地域開発センター(UNCRD)研究員を経て、2006年より現職。立命館大学大学院政策科学研究科 非常勤講師。他に、(財)名古屋都市センター特別研究員(2006年度)。週刊まちづくり編集部・NPO法人まちしゅう 理事、NPO法人橦木倶楽部 理事・東区まちそだての会 会員。著者に、「環境計画・政策研究の展開」(共著、岩波書店)、「都市計画の理論」(共著、学芸出版社)、「Innovative Communities」(共著、United Nations University Press)等