第4回 まちづくりの今後
まちづくりアリーナ という場の必要性

吉村 輝彦
日本福祉大学福祉経営学部准教授
 次世代型まちづくりにおいては、「まちづくりアリーナ」というべき場の果たす役割が重要になってくる。まちづくりアリーナは、参加や協働の場面で、様々な情報や経験を共有し、議論を行い、必要に応じて意思決定を行い、それに基づいてまちづくりの活動や成果を生み出していく場である。意思決定とは様々なレベルがあり、時には、集まりの場を持とうという意思から、具体的な活動を行っていこうという意思もあり得る。大事なことは、まちづくりアリーナは、異なる背景や関心を持つ多様な主体がしなやかな相互作用をする対話や討議の場として成立することである。そして、こうした場を介在して、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)や地域空間のマネジメント能力の強化も期待される。このように、まちづくりアリーナが、「まちづくりの情報共有・議論の場」「新たな活動の創発の場」「関係変容・構築の場」として機能することは、多様な主体による地域運営という新しい公共の核心を生み出していくことであり、まさに、「公共圏創出の場」となる。
 「場」は、施設や建造物に関わる場、イベントの企画実施に関わる場、まちづくり活動やネットワーキングを進めていく組織に関わる場など、様々な場面が想定される。ただし、単に「場」を設置すればいいというわけではない。そこに、コミュニケーション能力が豊かな人々が集まり、そうしたコミュニケーション能力が十分に発揮されることが大切である。また、市民が自発性と主体性の意識を持って参加すること、他者に対して寛容であり、強制的なスタンスをとらないことが必要である。そして、場が「アリーナ」として機能し、創造的な対話や討議が実現するためには、そのための状況づくり(雰囲気の醸成や適切な場のデザイン等)や場のファシリテーション・マネジメントが不可欠である。
 実際に、アド・ホックな場や組織の定例会のような場でも、以下のような要件を満たせば、まちづくりアリーナとしての機能を果たす。
●機会としての開放性、多様な意見の受容性
●自由や規律を尊重し、相互理解が可能である人々の参加
●参加主体間の相互関係の多様性の確保
●関係の変容の促進
●参加主体における社会的責任や役割分担の相互確認
●発想の転換、柔軟性の確保、実現性の向上
 こうした場を通じて、個人や組織の関心をもとに様々な活動が紡ぎ出され、伝統的な互いの関係が変容し(新しいカタチを構築し)、それによって多様な主体によるまちづくりが展開していくことが期待される。
 さて、具体的な例を見ていこう。例えば、名古屋市文化のみちエリアでは、いくつかの「まちづくりアリーナ」と言える場がある。その一例が、「文化のみちワークショップ」である。  「文化のみちワークショップ」は、個人としての文化のみちへの想いを共有し、まちを育んでいくことを目指して行われている。実際に、市民の自発的な実行委員会方式による企画運営が行われており、開催のための資金も自ら調達している。  2004年1月に、第1回「文化のみちワークショップ」が行われた。これは、空間変容が著しい文化のみちエリアにおいて、何が「あなたの大切なもの」であるかを改めて振り返り、課題と想いの共有の中から、次になすべきことを構想していくことを目指した。実際に、このワークショップには、この地域で活動をしている人、想いをめぐらしている人、きっかけを探していた人など、多様な関心を持つ多世代の人が参加した。ワークショップでは、参加者の多様な想いや経験が共有されると同時に様々な気づきがあり、多彩な知恵や提言が生み出された。また、「文化のみち」に関する情報発信と共有が不十分であることが確認され、こうした場を定期的に開催していく重要性が共有された。ワークショップを開催した結果、これまでに参加していなかった人々が活動を始めた他、鍋屋町でのコスモス街道の出現など、ワークショップという場がアリーナを形成し、単なる経験共有や情報交換だけではなく、様々な活動を創発した。
文化のみちワークショップ
(2004年)のちらし
文化のみちワークショップ
(2005年)のちらし
文化のみちワークショップ
(2006年)のちらし
文化のみちワークショップ
(2007年)のちらし
 2005年2月には、第2回「文化のみちワークショップ」が開催された。この1年の出来事や活動を振り返るとともに、名古屋市内の他の町並み保存地区での経験を踏まえて、文化のみちの魅力を広く発信するためには、どうすればいいのか、様々な知恵を紡ぎ、具体的な行動プログラムづくりを行うことに主眼を置き、多彩なアイデアが出された。
 3回目として、2006年3月には、「『文化のみち 再訪』〜それぞれにとっての文化のみち その原点〜」をテーマで開催した。このワークショップでは、まず、地域に想いを持つ人それぞれにとっての「文化のみち」を、今一度振り返りながら(再訪)、それぞれの原点に立ち戻り、想いを紐解き、参加者全員で共有した。その上で、文化のみちにこれからどのように取り組んでいったらいいか、SWOT分析を活用して、いくつかの方向性を検討した。
 2007年3月に行われた4回目のワークショップのテーマは「つなぐ〜人・まち・建物〜」とした。文化のみちが持つ「文化」とは、建物や施設といった「モノ」だけではなく、この「場」に想いを馳せる人々の「ココロ」であり、人々との「関わり合い」でもあるはずとの認識から、ワークショップという場を、関心や想いを持った人やグループ、行政が、どんな課題を認識し、そのためにどんな活動をしているのかを互いに理解し、その上で、次のステップに向けた展望を紐解き、想いを参加者全員で共有する場、「ココロ」をつないでいく場としていくことを目的にした。このエリアに何らかの関わり合いを持つ様々な個人が、それぞれの想い、これまでの経験、そして、これからの展望を語り合い、今後行っていきたい活動とその実現に向けた様々なつながりの可能性が見えてくると同時に、そのつながりがもたらす創発の可能性が感じられた。
 「自分たちの」という意識(オーナーシップ)が、まちへの想いを育み、活動へとつながる。その点でも、まちづくりアリーナという場をつくり、地域の情報交換や経験交流、意見交換を進めていくことが大切である。時には、単に集まるということに意味があるのか、と問われるかもしれないが、まずは、まちへの多様な想いや関心を紡ぐというところからスタートすることが重要である。多くの市民が気軽に、さらに、より主体的に参加できるような仕掛けやきっかけとして、また、自発的にネットワークや連携が生み出されてくる仕組みとして「まちづくりアリーナ」という場が機能することが期待される。
橦木館の風景 ワークショップの風景 ファシリテーショングラフィックの例
参考文献
佐藤滋・早田宰編(2005.11)「地域協働の科学〜まちの連携をマネジメントする」成文堂
中伏香織・真野洋介・佐藤滋(2004.10)「密集市街地における地域運営のアリーナ形成と展開プロセスに関する研究」都市計画論文集、No.39-3、pp.325-330
野嶋慎二(2001.12)「多様な市民組織による持続的な地域発意〜事業との連動とそのプログラム」都市計画234、pp.23-26
原科幸彦編(2005.9)「市民参加と合意形成〜都市と環境の計画づくり」学芸出版社
久隆浩(2003.3)「住民主体のまちづくりの取り組みと実践〜交流の場を核とした協働のまちづくりシステムの展開〜」pp.15-25、マッセ研究紀要第六号、(財)大阪府市町村振興協会
吉村輝彦(2005.10)「多様なまちづくりアリーナを通したまちづくりの展開〜名古屋市『文化のみち』エリアを事例として〜」日本不動産学会平成17年度秋季全国大会(学術講演会)梗概集21、pp.13-16
よしむらてるひこ|日本福祉大学 福祉経営学部 国際福祉開発マネジメント学科 准教授。東京工業大学工学部社会工学科卒業、同大学院社会工学専攻博士前期課程修了、同大学院人間環境システム専攻博士後期課程修了。博士(工学)。国際連合地域開発センター(UNCRD)研究員を経て、2006年より現職。立命館大学大学院政策科学研究科 非常勤講師。他に、(財)名古屋都市センター特別研究員(2006年度)。週刊まちづくり編集部・NPO法人まちしゅう 理事、NPO法人橦木倶楽部 理事・東区まちそだての会 会員。著者に、「環境計画・政策研究の展開」(共著、岩波書店)、「都市計画の理論」(共著、学芸出版社)、「Innovative Communities」(共著、United Nations University Press)等