第3回 まちづくりの今後
社会関係資本と ネットワーキングの重要性

吉村 輝彦
日本福祉大学福祉経営学部助教授/ (財)名古屋都市センター特別研究員
 今後のまちづくりの方向性は、まちの魅力・活力・福祉力を維持・形成していく地区レベルでの空間保全・修復・創造のマネジメントをしていくことだけではなく、まちへの想い・愛着を育くむこと、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)を向上させていくこと、地域(福祉)力を再生・向上・創造させていくこと、人と人とのつながりや絆、信頼社会を再構築し、また、関係性を変容させ、地域社会(コミュニティ)を再生、あるいは、新しいカタチを探求し、生み出していくことにあること、そして、それを進めていくためには、まちづくりの発意と展開を促す支援的政策環境のあり方を具体的に検討する必要があることを今までに述べた。
 こうしたまちづくりを進めていく上では、さまざまな問題・課題に対して自分たちなりに何とか立ち向かっていく力となる社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)あるいは地域力・地域社会力・市民力が基盤になってくる。
 社会関係資本は、信頼、規範、相互扶助、つながりなど、そこに住まう人々の社会関係を強めるものである。社会関係資本の特徴としては、1)互恵・互酬的人間関係が社会や集団に共有されていること、2)埋め込まれた社会的関係・紐帯であること、3)生活の中にあって、想いと関心をベースに、歴史・文化に根差したものであること、が挙げられる。
 また、社会関係資本は、人々の社会的なネットワークであり、その中で意識的に共有される規範、価値、信頼を含み、そこでの関係性を通じて人々の協力や共同行動を推進し、共通の目標と相互の利益を実現するために貢献するものである。つまり、地域社会に育まれ、人々の間の社会関係を規定するものであり、地域資源・風土(歴史・伝統・文化)・風景などとともにまちづくりの基盤になるものである。ただし、無意識的あるいは非選択的な(伝統的な)慣習や規範は、必ずしも社会関係資本として有効であると位置づけられるわけではなく、まさに、社会・地域のダイナミズムと相互作用の中で育まれるものである。
 社会関係資本を豊かに育んでいるところほど自発的かつ自律的、そして、持続的な活動が地域レベルで円滑に進められる可能性がある。まさに、社会関係資本は、現に直面するさまざまな問題に対して自分たちなりに何とか立ち向かっていく力であり、しかも、地域の中で培っていくものであり、日常の小さいことの積み重ねのプロセスの結果である。つまり、社会関係資本は、瞬時に形成されるものではなく、継続してみんなで育んでいく努力から生まれてくる。それぞれの地域の中で、それぞれの地域が持つ資源や風土に根差しながら、しかも、それぞれが置かれた条件の中でまちづくりに対応し、社会関係資本を育んでいくプロセスを歩んでいくことが重要なのである。その意味で、単発的な参加ではなく、継続的かつ持続的な取り組みが求められる。前回述べたように、まちづくりを展開させていく意義はまさにここにある。
 この社会関係資本は、機能面から結束型、橋渡し型、連携型に類型化することができる(図1)。結束型社会関係資本は、社会・コミュニティ・グループの構成員の結束力を高め、組織内での協調行動を促すものである。橋渡し型社会関係資本は、機能として同質的な社会・コミュニティ・グループ間でのネットワークであり、連携型社会関係資本は、機能・役割が異なった(不均質な)社会・コミュニティ・グループ間でのネットワークであり、例えば、行政とコミュニティの関係、コミュニティとNPO/NGOの関係、コミュニティと市場との関係などが挙げられる。橋渡し型社会関係資本や連携型社会関係資本は、外部との関係を強化し、外部の情報や機会へのアクセスを増大させるが、このことが、社会・コミュニティ・グループ内部の結束力の強化にもつながるという意味で、両者は、相互補完的である。言い換えれば、外部への開放性を確保し、他との経験の共有や交流を通して、内部の社会関係資本を向上させることも可能となる。
図1 社会関係資本(ソーシャル・キャピタル :SG)の概念 図2 文化のみちエリアでの連携
 こうした社会関係資本を育んだ上で、重要になるのが、創発的ネットワーキングである。創発的ネットワーキングとは、他のグループ・団体・組織や地域の状況・情報・知恵の共有や、実際の交流を通して、さまざまな経験を共有し、交流し、新たな知恵・方向性を生み出すものである。他とつながり、携わるというネットワーキングを通して社会関係資本を豊かにし、新たな活動を生み出すきっかけをつくっていくこと(創発)にもなる。ネットワーキングにより、刺激を与え合うことによって相互学習が可能になり、自分たちではできなかったことができるようになる。  さまざまな関心の重層が紡ぎ出す人と人とのつながり、まちづくりを進める多様な主体の連携、目標を同じくするまちづくりグループ・団体・組織の連携を通した経験交流による知恵の創発、また、地域密着型SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などのweb2.0型情報通信技術(ICT)を活用した新しいつながりの構築など、ネットワーキングは大きな力を秘めている。この中でweb2.0型とは、「インターネット上の不特定多数の人々(や企業)を、受動的なサービス享受者ではなく、能動的な表現者と認めて、積極的に巻き込んでいくための技術やサービスの開発姿勢」のことであり、ユーザー参加、開放性・公開、公平、自律、分散、協調という特徴を持つと言われ、まさに、「まちづくり」の考え方と共鳴しうるものであり、近年では、ビジネスのみならず社会全般に大きな変化をもたらすと言われている。このように、知恵を紡ぎ出していくネットワーキングは、まちづくりにおいて重要な概念である。  まちづくりに求められる人材も、まちづくり現場の中で、まちづくりビジョンやルールづくりをリードできる人材だけではなく、まちづくりの現場における対話や討議の運営のファシリテーションができる人材、関係性を変容させ、人と人とをつないでいくようなファシリテーションができる人材、あるいは、さまざまな主体をネットワークさせていくようなコーディネーションができる人材などが今後ますます求められてくる。  さて、実際に名古屋の文化のみちエリア(図2)や城山・覚王山地区(図3)においては、多様な主体の連携による多彩なまちづくり活動が見られる。ここには、地域への想いやこだわりを持った人(地権者、地域内と地域外)がいる。そして、地域資源や社会資源をつなぐ場があり、人と人とのつながりが存在し、また、想いや関心に応じてつくられる組織や団体の重層的なネットワークが構築されている。  何よりも、こうした連携やネットワーキングを可能とするファシリテーション・マインドを持った人々が存在していることが大きい。もちろん、この地区全体での地域空間の保全・修復・創造のマネージメントという観点からは課題も多いが、こうした取組みのネットワーキングを通した交流(図4)が、現に直面する課題を乗り越えるきっかけになればと思う。
図3 城山・覚王山地区での連携 図4 地区での連携による交流のイメージ
参考文献
吉村輝彦(2005)「多様なまちづくりアリーナを通したまちづくりの展開」日本不動産学会平成17年度秋季全国大会(学術講演会)梗概集21、pp.13-16
吉村輝彦(2006)「都市計画とソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」高見沢実編「都市計画の理論〜系譜と課題〜」pp.169-193、
学芸出版社 吉村輝彦・杉崎和久・三矢勝司(2002)「参加型まちづくりにおける次世代型ネットワーキングのあり方に関する研究」(財)第一住宅建設協会
川本直義(2006)「地域の魅力資源を活用した市民の重層的ネットワーク形成に関する研究」文化経済学会(日本)久留米大会
よしむらてるひこ|日本福祉大学福祉経営学部国際福祉開発マネジメント学科助教授。東京工業大学工学部社会工学科卒業、同大学院社会工学専攻博士前期課程修了、同大学院人間環境システム専攻博士後期課程修了。博士(工学)。国際連合地域開発センター(UNCRD) 研究員を経て、2006年より現職。立命館大学大学院政策科学研究科非常勤講師。著者に『幻の都市計画』(共著、樹林舎)、『都市計画の理論』(共著、学芸出版社)、『Innovative Communities』(共著、