新連載 まちづくりの今後
まちづくり再訪

吉村 輝彦
日本福祉大学福祉経営学部助教授
用語「まちづくり」の普及
 近年、市民主体のまちづくりや協働のまちづくりをはじめとして、「まちづくり」という名称をつけた様々な取り組みや事業が各地で行われている。その点で、「まちづくり」の必要性と重要性は、行政や専門家、市民、NPO等多くの関係者の間で共有されてきているように見える。現に、まちづくりへの参加や協働は、まちのビジョンづくり、ルールづくり、個別の町並みデザイン、地区内の様々な空間を利活用するイベントの企画実施、地域資源の発見・発掘、拠点施設の管理運営、日常的な維持管理活動等の場面で行われている。しかしながら、一方で、なんでも「まちづくり」化的な流れもあり、そこでの「まちづくり」がいったい何を目指しているのかが曖昧になってきている。用語「まちづくり」をこのように使っていっていいのか、改めて考えていくべきではないだろうか。
 もともと、用語「まちづくり」は、対「(近代)都市計画」の文脈の中で、生成されてきた。行政主導でハード整備事業中心の「都市計画」への反発、抵抗、反省、あるいは、自立的なコミュニティづくりの中から、より生活圏や地域社会に注目し、ボトムアップでプロセスを重視した市民主体の生活空間や地域環境づくりとしての「まちづくり」の概念が育まれてきた。その点で、「まちづくり」には、明確な考え方が込められている。
 近年、台湾では「社区営造」として、また、韓国では「マウル・マンドゥルギ」として様々なまちづくり活動が展開しており、広く普及してきている。しかし、現実には、行政等が事業の堅苦しいイメージを払拭させよう、ソフト化させようと「まちづくり」という言葉が濫用され、言葉が本来持つ考え方やその輝きが失われ、その結果、「まち育て/まちそだて」という言葉も意識的に使われるようになってきた。
統治から共治へ
 さて、今一度、まちづくりの考え方を振り返ってみたい。まちづくりの定義としては、例えば、「特定の地域社会が主体となり、行政と専門家、各種の中間セクター、民間セクターが連携して進める、ソフトとハードが一体となった居住環境の向上を目指す活動の総体(佐藤滋編『まちづくりの科学』)」、あるいは、「地域社会に存在する資源を基礎として、多様な主体が連携・協力して、身近な居住環境を漸進的に改善し、まちの活力と魅力を高め、生活の質の向上を実現するための一連の持続的な活動(日本建築学会編『まちづくりの方法』)」が挙げられる。
 まさに、従来の「都市計画」の特徴である行政主導やインフラ整備などハード指向から、市民主体で、地域資源や社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)を活かしながら、まちの魅力・活力・福祉力を向上させ、地域空間をマネジメントしていくような活動指向へと転換してきていることが示されている。ここでは、ハードウエア、ソフトウエア、ハートウエアを組み合わせた重層的で多彩な活動が期待されている。
 また、様々なまちづくりフィールドの中で、個人や組織の関心をもとに様々な知恵や活動が紡ぎ出されていくと同時に、社会関係資本や地域空間のマネジメント能力の強化も期待される。さらに、こうしたまちづくりでは、自分たちで意思決定を行い、自分たちで実行できるシステムをつくっていくことが重要となってきているが、これは、行政中心の「統治(ガバメント)」から多様な主体の多元的な連携やネットワーキングによって成立する「共治(ガバナンス)」への展開と捉えられる。その意味で、まちづくりの主体やマネジメントの仕組みが転換しつつあるばかりではなく、新しい公共を創り出す活動として、「まちづくり」は考えていくべきものである。
有松絞り祭り@まちなみ保存地区 橦木倶楽部in歩こう文化の道(東区まちそだての会の活動より)
文化のみち二葉館 in歩こう文化のみち やまのて音楽祭(撮影:川本直義)
揚輝荘白雲橋での演奏会(揚輝荘の会の活動より)
(撮影:川本直義)
瑞穂うるおいまちづくり会(撮影:川本直義)
まちづくりの目標
 こうした中で、まちづくりの目指すべき目標はどうなってくるのであろうか。例えば、基本目標としては、1)地域の諸活動の中心核となる「まち場」の再生、2)誰もが安心して住み続けられる持続可能な地域社会、3)歩いて日常生活をおくれる歩行圏中心のまちづくり、4)町並み・景観の整備と歴史・文化・芸術の場の創造と再生、5)多様な生活像が共存し多文化が共生する地域社会、6)資源を浪費しないコンパクトなまちの構成、7)自然、生態系と共存するまちの仕組みの再生、8)人を暖かく迎え入れ、多様な交流の機会を持つまちづくり、9)コミュニティビジネスなどによる循環型地域経済、10)共治を基盤とする地域社会システムの構築、が挙げられている(佐藤滋編『まちづくりの方法』)が、単なるハードなインフラやハコモノ整備というよりも、生活空間やまちを中心に、その魅力・活力・福祉力を向上させていくこと、そして、そのために不可欠なマネジメント能力を強化し、ガバナンスの仕組みを構築していくことが目指されている。
 さて、以下では、名古屋における「まちづくり」をめぐる状況を見ていく。名古屋と言えば、土地区画整理事業や100メートル道路といったインフラ整備のイメージが強く、行政主導で、ハード主体の「都市計画」としての側面が強い。とはいえ、近年は、市民主体のまちづくりへのシフトに向けた様々な萌芽が見られるようになってきた。  有松は、「有松絞り」の産地として広く知られ、絞り染めとともに発展した。街道沿いの家は、瓦葺き、漆喰の塗籠造りとし、防火構造に改められたもので、今もその景観を残しており、名古屋市の町並み保存地区に指定された。この古い町並みを生かして魅力ある町にするために、「有松まちづくりの会」「有松あないびとの会」「有松山車会館運営協議会プロジェクト委員会」等の活動が行われている。
 文化のみちは、名古屋市の名古屋城〜白壁・主税・橦木(町並み保存地区)〜徳川園までの一体のエリアであり、近世武家文化と名古屋近代化の歴史・文化の舞台となった。「東区まちそだての会」等の市民活動団体が、このまちを育むために、歴史的建造物の活用の他、多様なテーマで地域資源を活かした活動を行っている。ここを舞台に、イベント「歩こう文化のみち」が、1999年から毎年11月に行われている。
 城山・覚王山地区に位置する揚輝荘は、近代建築、歴史文化、庭園緑地、国際交流などの地域資源としての価値がある。「揚輝荘の会」は、地域課題を調査しながら、まちづくり活動を進めており、市民参加型イベントの開催や近代建築・庭園緑地の手入れ・再構築の保全活動、市民への情報提供活動を行っている。「やまのて音楽祭」は、歴史的ならびに文化的魅力を持った城山・覚王山地区を舞台に、音楽のあるまちをつくろうというコンセプトで、まちや音楽に魅力を感じている人々による音楽祭である。
 「瑞穂うるおいまちづくり会」は、瑞穂区におけるまちの魅力の発見・創造・発信を行い、次世代へ良好な住環境と文化を継承していくために活動している。まち歩き、ワークショップ、イラストマップづくり等に取り組んでいる。これらの活動により、名古屋市都市景観(奨励)賞(まちづくり部門)を受賞した。
 はたして、こうした活動がまちづくりにどのように貢献していくのか、今後を注目していきたい。
<参考文献>
1) 『「まち育て」を育む』(延藤安弘著、2001、東京大学出版会)
2) 『まちづくりの科学』(佐藤滋編、1999、鹿島出版会)
3) 『「次世代参加型まちづくり」に向けて とりまとめ』(社会資本整備審議会次世代参加型まちづくり方策小委員会、2003)
4) 『まちづくり教科書第1巻 まちづくりの方法』(日本建築学会編、2004、丸善)