食べもの文化考第4回
進化するお粥
江上いすず
(名古屋文理大学 健康生活学部助教授)
朝粥
 昔から「粥は待ってから食べよ」といわれるように、お粥は湯気が立ち込めるお鍋からお茶碗によそい、でき上がった直後のアツアツをいただくのが絶品です。冷めてから食べるとどうしてもねばりが出てくるので、美味しさが半減してしまいます。粥という漢字も、ゆげの象形文字からできています。
 粥というと七草粥が有名です。平安時代から正月七日の七草粥が正式な料理として受け入れられていました。「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草」というように、お正月のご馳走疲れの胃を回復させる働きと、春の七草を入れることで、いち早く春の訪れを実感する風流な習慣でもあります。
 『新拾遺集』には「白雪のふれる朝の白粥はいとよくにたるものにそありける」とあるように、昔は身分が高く名声がある方々も朝食は粥ですませていたようです。最近、ホテルなどでも朝粥が提供されていますが、消化がよいので、現代のストレス社会の食生活には最適な朝食といえましょう。京都の朝粥は今も有名で、著名な料亭では、朝粥を供するために朝から高級車で乗り付けてくるお客さまもいらっしゃるようで、一品料理としてのお粥の地位が確立しています。京都では、御所をはじめ、公家から禅家、町家に至るまで、朝は粥と決まっていて、ご飯は明治以降、学校に通う子どもたちの弁当用に別に炊いたというこだわりようでした。また、禅宗の僧は粥飯粥(しゅくはんしゅく)といって朝晩お粥を食べています。仏教ではお粥には十種の利益があるといわれています。すなわち、血色をよくし、力をつけ、寿を延ばし、楽を与え辞きよく、弁さわやかに、消化よく、風邪を除き、飢えを防ぎ、渇きを消し、便通を整える、まさに「良薬」といえます。
 弥生時代、日本は稲作農耕が始まったと考えられています。米のデンプンは加熱することによって糊化され、人間の体で消化することができます。米の調理は煮るための土器がつくられてから始まり、米に水を加えた後、火にかけて粥状にして食べていたようです。玄米は精白米に比べ、たんぱく質、脂質、ビタミンB1、B2、B6、鉄、カルシウム、食物繊維などが豊富で、お粥には十種の利益があるというのはうなずけます。したがって、胚芽などを取り除き、精白した米は、浸漬時間や炊飯時間が短いという利点はありますが、栄養的には玄米や雑穀には勝てません。そこで、米加工品として、玄米や雑穀などを加圧釜で炊き、レトルト粥として手軽に利用できるようにした加工食品が、年々生産量が伸びています(図1)。レトルト食品は温めるだけですから、一人暮らしの高齢者が喫茶店でモーニングセットを注文する人が増えているように、調理をする手間が省けるのは魅力といえます。
 そして、忘れてはならないのは、術後食や治療食としての病人食としてのお粥です。患者さんの状態に応じて、重湯(お粥の上澄み)や三分粥(粥3割・重湯7割)、五分粥、七分粥、全粥というように段階を踏んで利用されます。乳児の離乳食にも、初期・中期・後期と成長にあわせて五分・七分・全粥と与えていきますので、お粥は日本人には利用価値の高い主食といえます。
ハレの日の粥
 粥は雑炊(米と他の色々の材料とを炊き合わせたもの)と違い、ハレの日の食べ物として、神に供えられ、小豆粥などは1月15日、小正月の日のハレの食べ物として、小豆と米を煮てつくります。小豆は貧乏神の嫌う食品でもあり、お祝いによく使われます。また、粥を使って、その年の農作物の豊凶や各月の天候などを「粥占」(かゆうら)とか「粥だめし」として、各地の神社で祭事として行われており、現在も続いている神社もあります(写真)。お粥は食べるという楽しみと同時に、神への供え物、そして日本人が生活をしていく上において密接につながっていることがわかります。
 さて、芋粥は米の量を減らすための粥とは趣が違い、ぜいたくなまぜ粥です。薄く切った山の芋を甘葛の汁(砂糖代わりの調味料)で煮たもので、平安時代には宮中で宴の最後に供されるご馳走でした。料理名がタイトルになる小説は数少ないのですが、芥川龍之介の短編小説で『芋粥』があります。内容をかいつまむと、平安朝時代、摂政藤原基経に仕えていた五位という赤鼻のうだつのあがらない侍が主人公で、五位が芋粥を供することができるのは、年に一度程度、臨時の客の折の接待の時しかありません。その時でさえ、飲めるのはわずかに喉をうるおすに足る程の少量でした。芋粥が無上の佳味(かみ)であったので、五位は一生のうちで一度飽きるほど飲んでみたいという願望がありました。しかし、めったに食べられない芋粥を一度飽きるほど食べてみたいという欲望のために、どことも知れない遠い所まで連れ出され、おおげさな持てなしを受けて、かえって食欲がなくなってしまうというストーリーです。芋粥が非常に美味で、ご馳走であったことは小説の内容からも確かなようです。
経済的なお粥から ヘルシー・スローフード としてのお粥
 「一合雑炊、二合粥、三合飯に四合鮓、五合餅なら誰も食う」という甲州辺から昔から伝わることわざがあります。餅に加工したら五合(700g)は食べることができ、同じように、すし飯なら四合(560g)、飯なら三合(420g)は食べてしまうが、雑炊や粥ならその半分でお腹が満腹になり、非常に経済的であるというたとえです。産物の乏しい山国甲州を、幾度となく襲った凶作の苦い体験から生み出された教えでもあります。現在は米の消費がどんどん減少しており、日本人1人1日当たりの米の摂取量は1955年(昭和30年)には347gであったのが、2000年(平成12年)には160gまで減少し、いかに日本人が米を食べなくなったかがわかります。しかし、お粥は少量でお腹が膨らむことに変わりはありません。このメリットを生かし、現代では、お粥は、ダイエット食品、ヘルシー食品という健康志向にシフトしているようです。
 一般的なお粥のつくり方は、米1に対して水7の割合でコトコト炊きはじめ約1時間ぐらいで、ふっくらと、そしてサラリと炊きあげます。さらっとした粥にするには、あまりかきまわさないことがこつです。最後に塩を少々振り、さっと混ぜると米の甘みが十分に引き出された白粥が出来上がります。炊飯よりも約2倍の時間がかかりますが、米の旨みが出て、お粥だけでも美味しくいただけます。容器は保温性に富む土鍋の行平か南部産の厚手の深い鉄なべなどがよく蒸れて、米の旨みが醸し出されます。ご飯から炊く場合は時間が短くてすみますが、米からのほうが芯までふっくらと仕上がり、大鍋で大量につくったお粥は加熱温度が安定しているのでさらに旨みが増します。
 最近では、利便性を追求したファーストフードに代わり、古来からある伝統的な食材を時間をかけて調理し、食品本来のうま味を引き出すスローフードが注目されています。また、ゆっくり食べて食卓で人と共有する時間を大切に過ごしたいという意味もスローフードの一つの考え方であると思います。お粥は農耕民族である日本人がコトコトと時間をかけて調理し、米そのものの味を楽しむスローフードともいえます。
高齢化社会でのお粥の役割
 2006年の高齢白書によると、全人口に占める65歳以上の割合は20%を超え、反対に一人の女性が生涯に産む子どもの数の推計値である合計特殊出生率が2005年には1.25人と減り続けています(図2)。日本は今後さらに高齢者人口の増加が予測されています。
 この現状を踏まえ、厚生労働省は介護を受ける対象者を最小限にしようと、介護保険制度を2006年4月に改正し、高齢者の「介護予防」への給付が新設されました。介護を受けるようになってから、保険を使うのではなく、要介護にならないための予防対策にも保険給付を当てるという考え方です。高齢者ができるだけ介護を受ける期間を最小限にするためには、一日3度の食事づくりを自立して行えるような工夫が必要になってきます。 高齢者は、加齢とともに歯の欠落に伴い、咀嚼機能の衰え、また老化や脳梗塞等の後遺症で飲み込みが上手にできなくなる嚥下障害などによって、栄養不足に陥りやすくなります。このような栄養不足を予防する手段として、高齢者に食べやすくする調理の工夫が必要となります。具体的には、軟らかくて、適度な粘性をもち、口腔内でバラバラにならずにまとまりのあるもの、そして、エネルギー源としてはもちろんのこと、ビタミンやミネラル、食物繊維も豊富で、さらに効率的に水分補給のできるものが適します。  また、長年生きてきた高齢者にとっては昔から馴染みのある食べ物、まさに、お粥は高齢者の食事に最適な料理ではないでしょうか。ただし、調理に時間がかかるので、加工食品として一人分ずつレトルトパックされた玄米や雑穀お粥などを上手に利用すれば、手軽であり、飲み込みやすく淡白なので、毎日食べても飽きることがなく、栄養も満点です。  日本古来からあるお粥は神へのお供えとして、ハレの日の料理として尊ばれ、まさにスローフードの代表でもあります。「心のみなもと・命のみなもと」として現代の高齢社会にマッチした料理として、これからもお粥の進化が期待されます。
[参考文献] 『日本料理探求全書』(平野雅章著、東京書房社、1979)