心と建築 第5回
心がつくる建築物
武田 雄二
(愛知産業大学造形学部建築学科助教授)
 これまで、心の〈しくみ〉と〈働き〉について意見を述べた。また、心がどのように建築空間を捉えているかについて、心の入口である〈感覚〉のうち、〈触覚〉をとりあげた。本稿では、心がつくり出す建築物とその集合について述べる。
建築の目的
 人間が建築を行う目的はいくつか考えられる。ここでは、それを「見せる」・「集う」・「安らぐ」ための場をつくるという3つの面から捉える。
 このうち、「見せる」は建築物の外観や内観を人に見せることにより、それを見た人に威圧感を与えたり、自己の権威を誇示することである。このような目的でつくられた建築物の例としては、裁判所や古い時代の銀行などがある。
 また、「集う」は人が集まって会議や食事や歓談などをすることである。このような場を提供する目的でつくられた建築物の例としては、会議場やホテルの宴会場などがあげられる。
 「安らぐ」は、人がごく親しい人たちと共に時間を過ごしたり、睡眠をとることである。住宅の寝室やホテルの客室などが、そのための場を提供する建築物の例としてあげられる。
 このように建築という行為によって、人間は自身や他人の心を制御するために、さまざまな性質をもつ建築物をつくり、利用していると考えられる。

(a)二条城二の丸御殿(妻側)
建築空間の性質
 上に述べたように、人間の心は場合によって、さまざまな建築空間の性質を要求する。
 この端的な例として、二条城二の丸御殿があげられる。その「大広間」は徳川幕府末期に、第十五代将軍徳川慶喜が多くの大名を集め、大政奉還を伝えた場所として有名である。そこでは幕府の威厳を感じさせ、行われる儀式に権威を与えることが重要であった。
 図1(a)に示した正面の外観にも、同じように権威を感じさせようとする意図が見える。華美な装飾を施した建築物の妻側に玄関を設けることによって人を威圧し、より威厳を高めている。このことは、図1(b)に示すように、同じ建築物の平側と比べると明らかになる。
 二の丸御殿の「黒書院」は、将軍が譜代大名や側近を集めて相談をした場所とされている。そこでは、「大広間」に比べて天井の高さは低く、その空間の規模も小さくなっている。
 また、「白書院」は、将軍がくつろぎ、眠る部屋であった。そこでは、さらに天井の高さは低くなり、より空間の規模も小さくなっている。  このように、絶大な権限を持った将軍といえども1人の人間であり、その人の心の在りようによって、求められる建築空間の性質は異なる。

(b)二条城二の丸御殿(平側)
図1 建築物の威厳
〈風土〉と建築物
 建築という行為には、それが建つ土地の〈風土〉が大きく作用する。また、〈風土〉は地勢など物理的なものだけではなく、そこに住む人々のものの考え方など、種々の要因によって形成される。
 ここでは、〈風土〉を形成する要因のうち、〈気候〉・〈安心感〉・〈自然観〉をとりあげ、建築行為によってつくられる建築物との関係を考えてみたい。
 建築物をとりまく〈気候〉は、つくられる建築物に当然のこととして影響を及ぼす。すなわち、建築物はそれが建てられる土地の〈気候〉に対応できるものでなくてはならない。  南アジアなど夏が暑くて湿気の多い地域では図2(a)に示すような通風性のよい高床式の建築物が生み出された。また、冬の寒さの厳しい欧州では、図2(b)に示すような断熱性の高い石造建築物が生み出された。
 なお、建築物を構築するためには、大量の資材を必要とし、近くでそれが入手できることが必要となる。これらの結果として、建築物はそれが建つ土地に適合したものとなる。  ただ、一般に石造が多いと言われる西欧の建築物にあっても、その建築空間は人間が生活する場であり、人間との肌合いを考慮し、木や布などが仕上げに多用される。
 前々回の稿で述べたように、心が捉える周囲の〈安心感〉も性質の異なる建築物をつくる。島国である日本では、外敵の侵入はあまり意識されないが、国と国が地続きである地域では、常に外敵の侵攻を意識することになる。このような意識の違いは図3(a)に示すような開放的な建築物をつくるとともに、図3(b)のような閉鎖的な建築物もつくり出す。
 次に、人間がもつ〈自然観〉とつくられる建築物との関係を考える。人々が〈自然〉を自分たちと一体のものとして捉えるか、自分たちを襲うものとして捉えるかは〈自然〉の中に構築される建築物の在りように影響を与える。
 すなわち、〈自然〉との関わりにおける建築物の様態には、大きく分けると「住むための衣服としての建築物」と「外界から身を守るシェルターとしての建築物」の2つがあると考えられる。
 伝統的な日本建築物には、あたかも蓑傘を纏うように、人が〈自然〉の中で暮らすための衣服としての建築物をつくろうとする人々の意識を感じる。  また、〈自然〉をどう捉えるかは、多神教や一神教という違いを始め、〈宗教〉のあり方にも影響を及ぼす。このことは当然のこととして、図4に示すように神社や教会など、〈宗教〉のための建築物の形態や特性に影響を及ぼす。

(a)高床式建築物

(a)開放的な建築物

(a)神道神社

(b)石造建築物

(b)閉鎖的な建築物

(b)キリスト教教会
図2 
〈気候〉が生み出す建築物置
図3
〈安心感〉がつくり出す建築物
図4
〈宗教〉がつくり出す建築物
建築物の集合がつくる環境
 人の心は1つの建築物だけではなく、それが集合した町並みあるいは街並みにも影響を与える。
 図5(a)に示したような町並みからは、同じ土地に共同して住もうとする人々の意識を感じ取れる。翻って、図5(b)のような現代の街並みに目を遣ると、1つ1つの建築物は綺麗でも、他への思いやりに欠けた人々の意識を強く感じる。
 現代人は土地を不動産として捉え、自身を時の過客とみる意識よりも、土地の所有者(独占者)とする意識が強いように思える。
 このような意識は、法律に反してまでも自身の土地を目一杯に使って建築物を建てさせる。そして、閉ざされた建築空間を飾り立て、より快適なものにしようとする。
 土地や空間を囲い取って独占しようとする考えは、結果としてその周囲に広がる環境を捨て、囲い取った狭い空間だけで生活することにつながる。
 またそのような考えは、内部の快適性を高めるために換気設備によって埃や汚染物質を、空調機によって熱を外に放り出せばよいという思いを芽生えさせる。
 以上のように、伝統的な建築行為と現代人の建築行為を比べると、「小欲は大欲に通ずる」という言葉が現実味を帯びて感じられる。

(あ)伝統的な町並み

(b)現代の町並み
図5 建築物の集合