心と建築 第4回
心が捉える建築空間
武田 雄二
(愛知産業大学造形学部建築学科助教授)
 これまで述べてきたように、人間は自身の〈感覚〉によって、自分をとりまく環境を把握していると考えられる。その際、人間は自身の持つすべての〈感覚〉によって、それを把握していると考えられる。
 このように考えると、〈感覚〉とその持ち主である人間が置かれた環境との関係は、人間が持つすべての〈感覚〉との関わりの中で捉えるべきかもしれない。しかし、現時点ではそれを総合的に捉えることはできない。
 そこで、まず私がこれまで研究を行ってきた、人間の触覚と建築仕上げ材料の関わりについての知見を説明する。それによって、人間の〈感覚〉が建築空間のつくり出す環境をどのように把握しているのかを考えるための端緒としたい。また、このことは人間の〈心〉を考慮した建築設計にも示唆を与えるものと信ずる。

表1 〈触感〉の形容語句
〈触感〉の表現のための要素
 物に触ったときに感じる、物の性質をここでは〈触感〉と名付ける。この〈触感〉を表わすための要素となるものを探るために、渡辺正朋1)は多くの人を被験者として、いろいろな材料に触らせ、そのときに受けた感じを自由に答えさせた。ただし、材料はすべて同じ気温・湿度の環境の中に長時間置いておき、それらの表面の温度や湿度は環境になじませた。
 こうして得られた言葉を整理したものが表1である。このうち、〈温冷感〉・〈硬軟感〉・〈粗滑感〉・〈乾湿感〉・〈軽重感〉に分類された言葉は、いずれも材料自体の性質を表わしたものである。それに対し、〈好悪感〉・〈その他〉に分類された言葉は、材料に触ることで生じた被験者の気持ちを表わしたものである。
 なお、〈軽重感〉は材料の性質を表わしているが、実際には材料を持ち上げなければ判断できない内容を、材料表面の〈触感〉から被験者が判断している。〈乾湿感〉については、表面が平滑で冷たく感じるものは、指の皮膚と材料表面の間の隙間が少なく、指から出た汗が滞って、湿って感じると考えられる。すなわち、〈乾湿感〉は材料表面の〈粗滑感〉と〈温冷感〉によって表わせる。
 以上のように考え、材料の〈触感〉を表わすための要素となるものとして、材料表面の〈温冷感(Warmth)〉・〈硬軟感(Hardness)〉・〈粗滑感(Roughness)〉の3つをとり上げることにした。
要素の測定
 40種類の建築材料を試料として、〈触感〉の表現のための要素とした〈温冷感(W)〉・〈硬軟感(H)〉・〈粗滑感(R)〉を〈感覚量〉として数値化した。  その際、多数の被験者に実際に試料に触らせて得られた評価値をもとに数値化した。そのうちのいくつかを尺度(スケール)上に並べたものが図1である。
〈触感〉による材料の分類
〈温冷感〉・〈硬軟感〉・〈粗滑感〉に対応する、3つの直交座標で表わされる3次元空間を考え(以下、WHR空間と呼ぶ)、先に数値化した各材料の〈温冷感〉・〈硬軟感〉・〈粗滑感〉で決まる位置を、矢印の先で示したものが図2である。
 この図を見ると、〈触感〉の似た材料が、それぞれ近い位置にあり、〈触感〉が似ているいくつかの材料の集合(クラスター)があることが分かる。なお、図には各クラスターを代表する材料の名前を添えた。
 そこで、試料とした40種類の材料を7つのクラスターに分類したものが表2である。各クラスターに属する材料を見ると、〈触感〉の似たものが同じクラスターに属していることが分かる。このことは、〈温冷感〉・〈硬軟感〉・〈粗滑感〉の3つを〈触感〉を表現するための要素とする妥当性を示していると考えられる。

図1 〈触感〉スケール


図2 WHR空間への資料の布置

表2 各クラスター所属資料
〈触感〉の可視化
 〈温冷感〉・〈硬軟感〉・〈粗滑感〉の3つを要素として〈触感〉を表現できることがわかった。このことから、〈触感〉を表現するこれら3つの要素と、色彩を表現するための3つの要素である〈色相〉・〈明度〉・〈彩度〉を対応させることにより、〈触感〉を色彩として可視化することが可能ではないかと考えた。
 そこで、試料とした40種類の建築材料について、その〈温冷感〉・〈硬軟感〉・〈粗滑感〉を表わす数値から、〈色相〉・〈明度〉・〈彩度〉を決定し注1、各材料の〈触感〉を表わす色彩をつくった。その結果を示したものが図3である注2。なお、この図では、数学的な手法を用いることによって、近くにある材料は〈触感〉が似た物になるようにしてある。
 ここで、図3を見ると近くにある物はその色彩も似ていることがわかる。このことは、〈触感〉を色彩で表わして可視化することの妥当性を示していると考えられる。
 この成果を利用し、建築空間の特性をみるために、実際の空間を写真で撮り、その仕上げ材料を材料の〈触感〉を表わす色彩で着色した図を作成した注3。
 これらの図から、伝統的な日本建築物における空間は、木や紙など人間にとって少し温かく、穏やかな硬さ・粗さを感じさせる材料で仕上げられていることがわかる。とくに、人間が直接に触れる床材が最も温かく軟らかい材料で仕上げられていることがわかる。また、漆や金属など光沢のある材料が空間のアクセントになっていることがわかる。
 これに対し、現代的な建築物の空間では、見た目の色彩とは異なり、冷たく、硬い材料で仕上げられており、吸湿性もほとんどなく、長時間の接触は無理であることがわかる。
 建築空間の特性の把握は、先に述べた心の働きの二面のうち、〈こころ〉で捉えるべきものだと思う。しかし、現状では「現代的」・「豪華」・「綺麗」などの〈あたま〉による評価が優先されがちである。
 また、現代の建築空間は人間と仕上げ材料の間に介在する空気を適当な状態に調節すること、すなわち〈空調〉を必須のものとし、エネルギーの消費を前提として成り立っている。なお、その〈空調〉も快適状態を定め、1年中その範囲に空気の状態を保つことを理想としている。このような事態は、先に述べた感覚の鈍化を招くとともに、人間が本来もっている抵抗力を弱めると考えられる。

図3 〈触感〉の色彩表示
注1 色彩の決定にあたってはグラフィックソフトのPhotoShopを用いて、〈温冷感〉は色相に対応させた。その際、〈温冷感〉の+3がHの0°に−3が180°になるようにし、その中間の〈感覚量〉は補間によってHの値を求めた。〈硬軟感〉は明度と対応させ、−3と+3の感覚量がSの0%と100%となるようにした。〈粗滑感〉は彩度に対応させ、−3と+3の〈感覚量〉がBの0%と100%となるようにした。 注2 編集の都合上、本稿では色彩を表示することはできないが、パソコンでインターネットを利用できる方は、下記のホームページで色彩を確かめられるようにした。 http://blog.goo.ne.jp/takeda_1952/ 注3 撮影した写真をもとにして、その仕上げ材料と近い〈触感〉をもつと判断した材料を図3から選び、PhotoShopを用いて着彩した。 【参考文献】 1) 渡辺正朋:「建築仕上げ材料の質感に関する研究」, 東北大学修士論文 , 1968.2 2) 武田雄二・岡島達雄:「建築仕上げ材料の触覚的特性の総合的評価法−建築仕上げ材料の感覚的評価に関する研究(その6)−」, 日本建築学会論文報告集 , 1981.3 3) 武田雄二:「仕上げ材料の触感の可視化による建築空間の特性評価」, 日本インテリア学会論文報告集 , 2003.3