耐震強度偽装問題を考える
今こそ声を挙げるとき   静岡地域会会長 大石 郁子
静岡地域会では、1月28日に「都市の安全性を考える」<構造計算書偽造問題が意味するもの>と題して、市民を交えた公開討論会を開催しました。記者クラブでの趣旨説明の段階から、マスコミの今までにない関心の寄せ方に、今回の事件が世の中に与えたものの大きさを改めて認識しました。
 討論会には会員、賛助会員始め、他会の会員、市民、県会議員、マスコミ関係者など50人を超える方々が参加しました。 まず現況の建築生産の流れ、今回の事件の概要を簡単に説明した後、鈴木武会員から今回の偽造によって引き起こされた事件が社会にもたらした問題の大きさ、確認申請に対する意識のギャップ、建築生産システムの曖昧さ、実体を反映していない士法の限界などについて問題提起を行い、討論に入りました。
 構造専門の士会会員からは「建築の設計は命に関わる仕事をしているという自覚が足りない。設計者はもっと構造の勉強をすべき」。
 県会議員からは「建築士は人間の基本的な生存権に関わる仕事をしていることを国民全体で理解すべき。行政審査にも、設計施工のあり方にも問題がある。安全と安心はそれなりの対価が必要なことを国民も認識すべき」。
 市民からは「肥大化した都市の住まい方を根本的に見直す時ではないか。“阪神淡路大震災”の反省がありながらまた起きる、という社会構造に問題がある。労働は人格の投影であるから、私は人柄を見て設計を依頼し満足している」。
 米国の大学で建築教育を受け仕事をしてきた賛助会員からは「米国ではア−キテクトとエンジニアのライセンスは全く異なる。大学教育は日本よりはるかに厳しいし、審査も外部団体に委託してかなり厳重なチェックである」。
 そのほか、建築士試験の甘さ、今回の事件では管理建築士が機能していなかった、団体に強制加入し団体内での自浄作用を働かせることが必要、新耐震以前の建物への対応、建築家の社会的ステータスの向上、非常に分かりにくい建築生産システムの見直しなど、活発な意見の応酬がなされました。
最後に一市民から「もう少し実体解明ができるのかと思って参加したが、建築界の愚痴に終始している」という手厳しい意見もありましたが、今こそ「建築家協会が声を挙げて、建築家の存在をアピ−ルし、設計者選定の仕方などについても行政へ提案してほしい」という声にJIAは応えていかなければならないと思います。
JIAの存在と役割を社会に訴えよう   愛知地域会会長 尾関 利勝
○建築士も建築家も社会には理解されていない
 構造計算偽装問題があからさまになった時、多くの建築家は建築士が関係した予想もできない犯罪行為に、やり場のない驚きと怒りを感じたことだろう。その後のマスコミ報道にふれるにつけ、建築への不理解はもとより、確認申請、建築士、建築家のどれをとっても、ほとんど理解がなく、誤った報道が満ちあふれていたことに、再び驚愕の念を持ったことと思われる。十分な取材や調査もなく、先入観で事件性を一面的に強調する報道に、多くの生活者が不安に陥れられている状況は、見過ごすことができない。建築士と建築家を区別できず、誤解を誇張した報道機関にはJIA会員として何人も抗議をしたが、その返答はおろか、改善される気配すらない。
○構造計算偽装は組織的に仕組まれた犯罪行為
 この事件により、国民の生活環境である住まいと建築に多大な不安感が引き起こされた。同時に、JIAはじめ建築職能団体にも大きな反響と動揺を呼び起こし、法改正はじめ様々な議論が行われている。国や行政はこの事件から今後同種の問題発生の歯止めとして、手続き強化など制度的対応を強めようとしている。事件の背景と原因を探り、今後、このような事件が発生しない対策を打つことは重要である。そのことと法改正は不可分でないが、だからといってこのような意図的に仕組まれた犯罪行為は、制度疲労やシステムの過ちで発生したのではない。他の詐欺的犯罪行為や悪徳商法に見られるように、制度やシステムを縛るだけでは、簡単にはなくならない。むしろ行政も手続きの煩雑さに対応できず、大多数の順法行為をしている人々には迷惑至極と言う他ない。
○内向きより外向きに、建築家の認知を得る行動をする時
 今、重要なことは国民の生活環境と住まいの不安への対応である。事件への対応は、国交省と行政が足早に取り組み、司法が犯罪を断罪する。むしろ我々は長い目で見て、正しい建築行為のあり方、そのことに真摯に取り組む建築家の姿を外に向かって訴え、社会に認知を得ることを通して、国民の建築と建築家に対する理解を得、安心感を獲得することが、JIAとしての活動の筋であろう。
 これらが、1月30日に東海支部と愛知地域会の会員集会で多くの会員から意見された内容である。今、JIAに入会希望の声がある。こういう時期だからこそ、職能団体に参加する意義がフリーの建築家に広がっている。声を掛け合おう。
社会から信頼されるようPRすべき     岐阜地域会会長 加藤 幸治
 去る2006年1月16日、「耐震強度偽装問題」に対してJIA岐阜地域会の会員集会を濃飛ビル中会議室で開催致しました。
 今回、姉歯建築設計事務所による構造計算書偽装問題についての不祥は、建築界を揺るがす問題であり、社会に対して信用を失墜した事件と受け止めるべきである。
 これは倫理問題だけではなく故意に数値を改ざんし、複数による計算での偽造は悪質であり、また数多くの関係者による複雑な事件でもあり、今後再発しないシステムが必要と考えます。会員から次のような意見が出されました。
・ 建築制度も技術進歩、複数の専門化による技術者の高い責任感が必要であり、これに対応できる技術者が少ないのでは。
・ 審査する側にも最新技術に対する能力が必要となり、公的機関、民間機関にも問われているのでは。
・ 違法な建築物を設計した場合の罰則を強化しただけでは問題解決にならないのではないか。
・ 専門分野を明確にし、独立性をなしても、こうしたことはなくならないのではないか。
・ 専門分野の担当が責任を持っても、全体を把握し、全体の責任は誰が取るのかも明確にしていかなければ問題解決にはならないのでは。この点についても議論が必要と思われる。
・ 現在、法律についてよく分かっていない方が多く見られ、姿勢に問題があると思われる。
・ 一般の方に設計・施工についてよく分からない方が多く見られるので、もっと一般の方にPRをしてほしい。
・ 資格者に対して、本来単体規定は任せてもらうべきで、その代わりに遵守しない建築士に対しては厳しい罰則をもって対応してもよいのでは。
・ 建築基準法、建築士法、建築制度、建築確認制度を変える良い機会であるので、しっかりと議論すべきである。また、建築設計と構造設計についても責任を持つことにより、保険制度も合わせて検討することが重要と考えます。
 JIAとして望むことは、設計・施工の分離、耐震基準について一般の方に理解していただくよう働きかけ、一般の方に対してもシンプルで分かりやすい形で、PRしていきたい。そして、社会から信頼される建築界の構築をしていかなければいけないと思います。
法規制ではない建築家職能確立を      三重地域会会長 森本 昭博
 JIA三重の「耐震強度偽装問題」を考える全体集会が1月12日、三重県総合文化センター会議室で開催され、池澤邦仁・三重地域会副会長の進行役で進められた。会議開催前に池澤副会長作成の「耐震強度偽装問題」を考えるキーワードを列挙した資料が配布され、それを参考にしながらの集会となった。 始めに、東海支部相談委員会三重地域会委員の西出章さんから支部として耐震偽装問題についてどのように対応していくかの説明があった。冒頭、構造専門家として今回の事件は姉歯元建築士個人の職能の問題だ。他でこのような問題があるはずがないと言い切った。
 以下会員からの意見を列挙する。
・ 耐震偽装問題に著名な建築家からの発言がないのはおかしい。
・ この機会に、今まで設計した物件を構造設計家に見直してもらって問題のないことを確認した。
・ JIAメンバーでなかったことが救いであった。倫理観の欠如がこのような問題を起させた。
・ 消費者に対して誤解を解くためにJIAとして早く声明を出すべきだ。
・ 法的規制緩和により民間の検査機関で確認業務ができつつあったが裏切られてしまった。
・ 構造設計者の名前を明示するべきだ。
・ 建築士法を改正して営利企業としての建築事務所を改め、医者や弁護士のような立場にすべきだ。
・ 兼業の建築家を認めようとする今のJIAの体制を改めるべきだ。
・ 発注者から圧力のかかる仕事を建築家は請けてはならない。
・ このような問題が起こった時こそJIAがもっと主張すべきだ。対応が遅いのではないか。
・ 今回の事件は設計者の倫理観の問題だ。建築家は良い構造設計者に依頼すべきだ。技術力の足りない設計者は排除すべきだ。
・ 建築家はデザイン優先になりすぎているのではないか。構造、積算、施工のことを知るべきだ。
 この耐震偽装問題は、倫理観と技術力双方が足らなかったのであろうか。時間的な制約のある中での会合あったが、多数の意見が出された。会員の半数以上が参加してこの耐震偽装問題を考えることができ有意義であった。今回の問題を契機にまた法規制をされるのは耐えられない。阻止するとともに、今一度、原点に返り、建築家は物づくりの理念を持つ必要があるのではないか。