心と建築 第二回
感覚の特性
武田 雄二
(愛知産業大学造形学部建築学科助教授)
 先回は、心の入口として〈感覚〉を捉え、〈感覚〉による認知の特性のうち、〈刺激〉とそれによって生じる〈反応〉の一般的な関係について述べた。
 また、生物がそれぞれに持っている〈感覚〉によって捉える環境が異なることを示した。その際、人間の視覚と蜜蜂の視覚が感じることができる電磁波の波長域が異なることを例とした。
 今回は、人間の〈感覚〉による認知の特性のうち、〈恒常性〉・〈冗長性〉・〈共感覚〉について述べたい。また、〈感覚〉によって捉えた情報によって、人間がどのように環境を把握しているかを考えたい。その足がかりとして〈注意〉・〈アフォーダンス〉について述べる。

図1 色の恒常性
恒常性
 図1に示す写真は、ビリヤードの赤い玉を撮ったものである。この玉の表面を詳細に見ると、光の当たり具合で、同じ玉であっても各部の色は異なっている。しかし人間の視覚はこの玉の表面すべての色が同じ色だと感じる。
 このことから人間の〈感覚〉は一つのまとまりとして物を捉えることができると考えられる。この働きは、図2に示すように自動車など、動いているものを見るときにもある。
 すなわち、動いている物はそれに当たる光の違いや距離・向きの違いから刻々と眼に見える色や形を変えている。それにもかかわらず、人間はそれを一つのまとまりとして捉えている。
 このように、人間の〈感覚〉は実際には色や形の変化する物も、一つのまとまった物として捉えることができる。この〈感覚〉のもつ特性を〈恒常性〉と呼ぶ。また、この特性は〈視覚〉だけではなく、他の〈感覚〉にも見られる。
冗長性
 物の重さは、実際に手に持ってわかる。しかし、同じ物の上であっても、重い鉄の玉が落ちたときの音と、軽い紙を丸めた物が落ちたときの音は異なって聞こえる。そして、人はその音で物の軽重を判断することができる。
 このように、本来はその判断を行うはずのない〈感覚〉によっても環境が与える情報を得ることができる。この〈感覚〉による認知の特性を〈冗長性〉と呼ぶ。
 たとえば、眼の不自由な人が聴覚によって空間の広がりなど、自身がいる環境を把握していることにも、〈感覚〉の〈冗長性〉が見られる。このことは、何らかの原因である〈感覚〉の機能が失われたときに、他の〈感覚〉でそれを補えることにつながる。

図2 形の恒常性


図3 放射光と包囲光


図4 包囲光配列の例
共感覚
 音を聞いて、色が頭に浮かぶことがある。特定の音色の音を、赤い音だとか青い音と表現する人がいる。これは、ある刺激に対して、いくつかの〈感覚〉による反応が同時に起こり、それらが結びついていることを示している。このような現象を〈共感覚〉と呼ぶ。  この〈共感覚〉は、さまざまな要素からなる環境をいちいち分析して把握するのではなく、イメージとして総合的に把握することに役立つと考えられる。  先に述べた〈冗長性〉とも関係すると思われるが、〈共感覚〉に関わる例として、木目について述べたい。木目は人にやすらぎを与えるといわれ、鋼板でできた家具に木目がプリントされたりする。しかし、木目は木材の触感などを表す一種の記号であり、木目そのものがその性質を持っているわけではない。  このように考えると、木目に対して良いイメージを抱く人は、木目を見ながら木材に触った経験のある人だと思われる。逆に、その経験がない人には、木目を見せただけでは、与えようとするイメージは伝わらないことになる。
注意
 環境の中で、感覚器への刺激によって得る膨大な情報のうち、人間は一部の情報だけを選択していると考えられる。このような人間が持つ能力は〈注意(attention)〉と呼ばれる。
 聴覚における〈カクテルパーティー効果〉なども、その例としてあげられることがある。〈カクテルパーティー効果〉とは、人が大勢集まってたくさんの会話がなされているカクテルパーティーで、自分と会話している相手の声だけを聴き取ることができる人間の持っている能力をさす。
 同じように、多数の刺激に対して、限られた刺激による情報のみを捉える機能を〈選択的注意(selective attention)〉と呼ぶ。また、その前に人間が無意識に行う情報処理として〈前注意過程(preattentive process)〉があるとされている。

図5 階段のアフォーダンス
アフォーダンス
 〈アフォーダンス(affordance)〉という概念は、ギブソン(J.J.Gibson)によって提唱された。〈アフォーダンス〉はギブソンの造語で、物や環境が人間を含む動物に対して与える(affordする)ものという意味を持つ。
 参考文献4)『生態学的視覚論』において、ギブソンは〈環境のアフォーダンス〉を「環境が動物に提供する(offer)もの、良いものであれ悪いものであれ、用意したり備えたりする(provide or furnishe)ものである」としている。
 そして、その例として「もしも陸地の表面がほぼ水平(傾斜しておらず)で、平坦(凹凸がなく)で、十分な広がり(動物の大きさに対して)をもっていて、その材質が堅い(動物の体重に比して)ならば、その表面は支える(support)ことをアフォードする。それは支える物の面であり、我々は、それを土台、地面、あるいは床と呼ぶ。…つまり体重の重い陸生動物にとっても沈むことはない。ミズスマシに対する支えの場合は別である」ことをあげている。
 この文献で、〈アフォーダンス〉の記述に先立ち、ギブソンは図3に示すように、〈放射光〉と動物をとりまく〈包囲光〉に触れ、動物はこの〈包囲光〉によって環境を捉えるとしている。また、図4に示すように、人間を取り巻く〈包囲光配列〉の例をあげている。
 さらに、ギブソンは「人間による自然環境の改変」にも触れ、「我々人類は自分達に都合の良いように世界を変えてきたが、その世界にすべての動物が生きているのである。我々は世界を非常に浪費的に、かつ、思慮浅く、そして我々がこのような方法を改めないならば、致命的なほどに変えてしまった」と述べている。このような指摘は、サステイナブル(sustainable)な、すなわち持続可能な建築行為の重要性が叫ばれている現在において重要である。
 建築物や都市は、そこで人間が生活するための〈アフォーダンス〉に溢れている。ただ、その〈アフォーダンス〉は、その定義からも明らかなように、それを受け取る者の側によって異なる。
 たとえば、椅子は年長者にはその上に腰掛けることをアフォードするが、幼児にとっては伝い歩きをするための手がかりをアフォードする。また図5に示す例では、人が昇り降りするための階段が腰を掛けることを学生たちにはアフォードしている。
【参考文献】
1) 八木昭宏:『知覚と認知』,培風館, 1997.2.5
2) 松田隆夫:『知覚心理学の基礎』,培風館,2000.7.19
3) 大山正・東洋:『認知心理学講座1 認知と心理学』,東京大学出版会,1984.3.25
4) J.J.ギブソン 古崎敬ほか訳:『生態学的視覚論 ヒトの知覚世界を探る』,サイエンス社,1985.4.10
5) 佐々木正人・三嶋博之 編訳:『アフォーダンスの構想 知覚研究の生態心理学的デザイン』,東京大学出版会,2001.2.15