最終回 和紙の楽しみ
建築における紙の用途
尾関 和成
( 渠頗\紙店 代表取締役)
襖は、防寒・調湿の機能があり、ふすま絵・からかみなどにより部屋の装飾の機能をそなえた日本独自の間仕切の建具です。歴史にも明らかなように、最初は公家そして武家、江戸時代の中頃には町家まで普及しました。またそれぞれの部屋の格付けにも関わりを持っています。
襖〜下張りの役割と回数
下張りは骨と同様に外側からは見えません。しかし、襖のグレードは下張りで決まります。その役割は上張りを下から保護し、表面の質感をふっくらと仕上げることです。そのために和紙が使われます。和紙は丈夫で破れにくく、張り重ねることで強度も増します。上張りが衝撃を受けたとき、すぐに破れるのは、下張りが十分に施されていないためです。下張りを重ねるほど上等な襖とされ、上張りを張り替えながら、何十年も使うことができる耐久性のあるものになります。
 その回数によって、3遍張り仕上げ、4遍張り仕上げ、7遍張り仕上げ、10遍張り仕上げ以上までありますが、一般的には3遍、4遍張り程度で行われています。


襖の構造

蓑張り3編蓑の場合。
天地から3分の1ずつずらして中空の状態で紙を張り、3層の保護層をつくる

袋張り。
紙の四隅だけに糊を付け、紙と框の外側(見込み)を接着する。骨縛りの表面には接着していない
襖〜下張りの種類
下張りには6種類の張り方があり、この組み合わせで何遍張りになるかが決まります。また紙を張る以外に、工程の途中には襖のそりを防ぐ細工や、建て合わせが行われます。下張りに使う和紙にはさまざまな種類がありますが、数年寝かせて性質が落ち着いたものが適しているとされています。6種類の下張りの詳細は次のとおりです。
@骨紙張り(骨縛り)  骨がゆがむのを押さえて固定するため最初に行われるものです。襖は開口部の状態に合わせてつくられるので、柱がわずかに傾いている場合はその傾きに骨を合わせて固定します。反古紙、細川紙など、丈夫な手漉き和紙が使われます。反古紙とは昔の和本や書類など、使用済みの和紙を張り継いだもののことです。これらは組子と框に糊を付けて張られます。
A骨紙張り押さえ(骨縛り押さえ、胴張り、骨縛りベタ)  骨紙張りを補強し、骨が透けて見えるのを防ぐもの。反古紙や、紫色など濃い色に染めた透かし止め紙が使われ、裏面全体に糊を付けて張られます。
 @とAを、漉き合わせという紙で兼用する簡便な方法もあります。これは、紫色の紙と茶チリ紙(無漂白の厚手の紙)を張り合わせた、長尺の紙です。
B蓑張り(鎧張り)  和紙を何層にも重なるように張ることにより、クッションのような働きをするものです。石州代用紙や薄美濃紙など、薄手の手すき和紙を張り継いで巻紙にしたものを用います。重なる紙の枚数によって1遍蓑から5遍蓑があります。標準的な3遍蓑では、紙は紙幅の3分の1ずつ下にずらして張り重なっています。糊は、紙全面ではなく框にだけ付けて、中の方では紙が浮くようにします。これにより上張りの収縮が直接常に伝わらず、全体がふっくらします。この工程を行なうか省略するかで、上級品か一般品かに分かれます。
C蓑張り押さえ(鎧張り押さえ)  層をなしている蓑張りを、上からしっかりと押さえるためのもの。紙の裏面全体に糊を付けて張られます。反古紙、細川紙などの手すき和紙が使われます。
D袋張り(泛張り、函張り、置き張り)  上張りを張ったときに、ぴんと張りがありながら、ふっくらとやわらかみのある仕上がりにするための工程です。半紙大の石州紙、石州代用紙、茶チリ紙など丈夫な和紙を、四辺だけに糊を付けて、中空の状態で張り継いでいきます。喰い裂きといって、紙の端は毛足が出るように薄く処理されるので、袋張りの継ぎ目が上張りに響きません。ていねいな仕事では袋張りが2、3回繰り返されます。最後にかける袋張りは、框の見込みに2分くらいかかっています。これで骨全体が和紙でくるまれた状態になります。
E清張り  上張りの紙に薄いものが使われる場合、袋張りの上に薄美濃紙など、薄手の上質の和紙が張られることがあります。これは上張りを補強する裏打ちの役目をはたします。
障子
障子の張り方。@からGの順に張ります。(丸)と(半)の寸法は、障子の幅を5等分し、(丸)はその2/5、(半)は1/5幅にします。窓の障子も上図に準じます
 茶室の障子には、機械漉きのパルプ原料の障子紙ではなく手漉きの障子紙を用います。紙の寸法は、美濃紙小判寸法(丈9寸×幅1尺4寸)を標準としますが、実際の障子の大きさに合せて次のように紙の用意をします。紙丈は障子の桟二段分、紙幅は障子1本の幅を2枚半に継ぎます。紙の継手の重ね幅は、7厘〜1分(2mm〜3mm)程度とします。貼り方は、上座を起点に張り、継手は茶室側から見て右手上に重ね順次下から張り、用紙の継手が障子の竪の桟と桟との中央に位置しないように千鳥(レンガ積み)に張ります。
壁の腰張り
@点前座まわりの腰貼り  亭主側の点前座は、清浄な気品を表わす純白の和紙が用いられます。越前奉書紙、加賀奉書紙、土佐直し紙、本美濃紙などの和紙を用います。上座を起点にして、右手上重ねに貼り巡らします。継手の重ね幅は3分(9o)程度にします。紙丈は約9寸の一段張りが一般的ですが、小間になるほど比較的高く貼り、一段半貼りにする場合もあります。この場合の半段分は上部にして、継手は千鳥に貼ります。
A客座まわりの腰貼り  客座まわりの腰貼りには、主に薄墨色・濃墨色の湊紙(むかし堺の湊の近くで漉かれたのでこの名があります)、反古紙(古謡本や古暦)などを用います。一段貼りか、二段貼りですが、小間になるほど高く貼り、二段貼りが多くなります。上座を起点にして、右手上重ねに貼り巡らします。継手の重ね幅は3分(9o)程度とします。紙丈は約9寸で、二段貼りの場合は、千鳥に貼ります。腰貼り紙を貼る糊は、壁の状態が昔ながらの伝統的な土壁の場合には、接着力のおだやかな布海苔を用います。

客座まわりの腰貼り。一段貼り(左)と二段貼り(右) 壁面は渋染和紙と手漉き楮紙。下駄箱戸は手漉き雲龍紙
貼付け壁
 現在は合板や石膏ボードの下地にビニールクロスなど直貼りで簡便に貼られていますが、合板や石膏ボードが普及する前はどのような下地に貼られていたのでしょう。京都のお寺などで見かける貼付け壁は、数センチ幅の板を少しずつ間をあけて打付けた壁面(木摺り下地)に、先に説明した襖の下張りの工程とほとんど同じ工程で仕上げられています。蓑張り、袋張りなどの工程で仕上げられた壁面はふっくらとし、やわらかに仕上がっています。もちろん合板、石膏ボードの下地にも、袋張りをして和紙を貼ることによって将来の張替のおりにも下地を傷つけることもなく張替でき、風合いがやわらかく仕上がります。
健康建材としての紙
 和紙の構造は、セルロース99.9%、植物繊維が複雑に絡み合ってできた自然素材です。繊維が水素結合によってくっついていますので、そのすき間には吸着性があり環境ホルモンなどの分子を取り込むことができます。また、水の分子を吸放出する調湿作用があり、アンモニアなどの低分子化合物を吸着する脱臭性があります。そして和紙は負に帯電しやすいので、正に帯電している「ほこり」や「ダニ」なども吸着します。カーテンなどがかかる洋間と和紙を使った襖や障子に囲まれた和室の中で、人の血圧を計ると洋間より和室の方が血圧が低くなるといわれています。特に柿渋染めには血圧を下げる効果の作用があります。以上のように自然素材の和紙は健康によい素材であると言われます。
 なお、襖紙のメーカーによっては、より抗菌性能を高めたもの、撥水加工、帆立貝・珪藻土を漉き込んだもの、酸化チタン光触媒パルプを配合した紙など、ホルムアルデヒトやアンモニアなどの有害物質を除去できる襖紙がつくられています。また、2003年7月からシックハウス対策を盛り込んだ建築基準法が施行されましたが、襖紙は規制対象建材ではないのですが、安心して使っていただくことを願い、業界団体である日本内装材連合会として自主管理する基準を設けています。壁紙のJIS規格(JISA16921-2003)と同じ、ホルムアルデヒド放散量 0.2mg/l以下(F☆☆☆☆等級)と証明された商品をインターネットで公開しています。