和紙の楽しみ 4
襖紙の模様
尾関 和成
( 渠頗\紙店 代表取締役)
 いつの時代から襖紙に絵模様が施されていたのでしょう。「源氏物語絵巻」などの絵巻の画から推察すると、平安時代の襖紙には、さまざまな表現が見られます。そのような色彩や模様を施すのにいろいろな技法が用いられていました。現在にも伝えられている技法を大別すると、「抄紙」によるものと「和紙の上に加飾」するものの二つに分けられます。
「抄紙技法」によるもの
 一般に「漉き模様」と呼ばれるものです。紙を漉く工程の中で、紙の表の風合いに変化をつける、絵模様を漉きこむ、植物など紙料以外のものを漉き合わせるなどの技法があり、単独でも用いられますが、併用することにより漉き模様ならではの繊細な表現ができます。従来は手漉きの技法でしたが、現在は機械漉きでつくられているものもあります。
@打雲(ウチグモ)・飛雲(トビグモ)
 「打雲」は、紙の天地に雲がたなびいたように藍や紫の繊維を漉きかけたもの。これは、平安時代から続いている技法の中でもっとも古典的かつ伝統的なものです。藍や紫に染めた雁皮紙を再び叩解して紙料に戻し、簀の上で無地の湿紙に雲形に漉きかけます。  「飛雲」は、「打雲」と同様の技法で雲を表したものです。現在では、さらにこの技法を発展させ、雲だけでなく草花、山水などのさまざまな模様が漉かれています。
A雲竜紙(ウンリュウシ)
 「打雲」の技法と流し漉きの特徴を利用したもの。紙面全体に雲の模様をつくります。着色した繊維や手でちぎった長い繊維などを用い、練りの調合具合や簀桁の操作により、地紙の上に雲形の模様をつくります。
B水玉紙・落水紙・水流紙
 これらは、簀桁の上の湿紙に水をかけて模様をつくり出します。水が落ちた部分の表面の繊維が弾かれて模様ができます。  「水玉紙」は、江戸中期に考案されたもので、藁ほうきなどで水滴を散らして上掛け紙に穴を開け、地紙の色を浮き立たせたものです。  「落水紙」は、湿紙の上に市松などの型を置き、水滴を落として模様をつくり出します。  「水流紙」は、ジョウロなどで水を流しながら動かし、縞状の模様をつくります。
C流し込み模様紙
 模様をかたどった木片や金属製の型枠を置き、その中へ染色した紙料を流し込み模様をつくります。
D引っ掛け紙
 水槽の中に浮遊している三椏や楮の繊維を、金属製の型枠のへりに引掛けて持ち上げ、湿紙に付着させてつくります。地紙とは違う光沢の繊維の流れがつくる模様が柔らかく浮き上がります。襖紙には頻繁に用いられている技法で、機械生産の場合でも行われています。
Eその他
 楮の表皮(黒皮)などを漉き入れた「塵入り紙」。紅葉・笹・シダ・蝶などを2枚の紙の間に入れて漉き入れた「漉き合せ紙」。紙幣の透かし模様のように、簀の上に紗の型紙を張って漉き、紙面に凸凹を与えて模様をつくる「漉き入れ紙」などの技法があります。

打雲紙

飛雲紙

打雲を漉く岩野平三郎氏

流し込み模様紙:模様をかたどった木片や金属製の型枠をおき、その中へ染色した紙料を流し込み模様をつくる。

引っ掛け紙:水槽の中に浮遊しているさすや楮の繊維を、金属製の型枠のヘリに引っ掛けて持ち上げ湿紙に付着させてつくる。
「加飾技法」によるもの
 漉き上げた和紙の上に後から模様をつくるために施される技法で、伝統的に用いられているものと、近年になって使われ出したものがあります。
(1)伝統的な加工技法
@.金箔・銀箔を使用した技法
 「金銀砂子細工」「截金(キリガネ)」「箔押し」が代表的なものです。  金銀の箔を、竹筒に網を貼ったものに入れ、蒔き散らしながら模様をつくる「金銀砂子細工」。厚めの箔を細長く截り、貼り付けて模様をつくる「截金」。そして、和紙、絹織物、器物などの表面ににかわで金箔や銀箔を貼り付ける「箔押し」。型紙を用いて家紋などの模様を押すこともあります。
A木版による技法
 主なものとして、「雲母押し(キラオシ)」「漆押し」「磨き出し」があります。  「雲母押し」は、雲母を混ぜた絵の具に糊料を入れ、粗めの木綿張りの篩(フルイ)に刷毛で移し、その雲母を篩から模様を彫った版木に乗せ、その上に和紙を置いて手のひらで写し取ります。絵の具は、部屋に射し込む光による微妙なからかみ特有の味わいがあります。  「磨き出し」は、鳥の子などの薄めの和紙の表面に銀泥や銀砂子を施し、模様を彫刻した木版の上に置いて、紙の表面を猪の牙などで磨いて模様を浮き出たせる技法です。料紙や襖に用いられ、「研ぎ出し」や「蝋箋(ロウセン)」とも呼ばれます。
B型紙による技法
 「置き上げ」「更紗」などがあります。  「置き上げ」は、生漉きの楮紙に柿渋を塗り、何枚も貼り合せて強度と耐水性を持たせたものに、模様を彫り型紙をつくります。この型紙を和紙の上に置き、型紙の上から雲母や胡粉を竹べらなどで摺りこみ模様をつけます。型紙の厚さによって厚みのある模様が施され、立体感のある模様が摺り上がります。  「更紗」は、織物などに絵の具をボタン刷毛で摺りこみ、多彩で柔らかな表現になります。
C刷毛引きによる技法
 「泥引き(デイビキ)」「丁子引き(チョウジビキ)」が知られています。  「泥引き」は、和紙に刷毛を用いて金泥、銀泥を引き染します。金箔、銀箔などのメタリックな光沢と異なり、穏やかで落ちついた金・銀色が表現できます。  「丁子引き」は、櫛状に間引いた刷毛などを用い、不規則な縞模様を引き染します。絵の具の含ませ方次第で、にじみに変化のある縞模様ができます。
D揉みによる技法
 「雲母もみ」「水もみ」が有名です。  「雲母もみ」は、雲母引きした紙を揉むことによって、揉み皺の部分の雲母が剥離し下地が表れます。あらかじめ絵の具で地引しておくと、その地色が剥落した揉み皺に見え、表面の雲母の色との模様ができます。  「水もみ」は、染料を含ませ濡らした和紙を揉みます。揉み皺には染料が染み込み模様が浮き上がります。

金銀砂子細工の様子。金銀の箔を竹筒に網を貼ったものに入れ、まき散らしながら模様をつくる。
(2)近年の加工技法
 量産を前提に、さまざまな道具や機械を用いた加工方法です。伝統的な技法と組合せて模様をつくります。
@.ピース加工
 エアスプレー(エアーブラシ)を用いるもので、ぼかしの柔らかな表現ができます。襖紙の裾の全面にぼかしをかけたり、型紙を用いて模様の一部を彩色したりします。
Aスクリーン印刷
 枠にスクリーン(紗)を張ったものに模様を焼きつけ、型紙の染付けと同じように模様を摺りこみます。
Bオフセット印刷
 平版印刷の一種で、通常のオフセット印刷と同じです。織物にも印刷できるように改良され、微細で精緻な表現ができます。
C輪転印刷
 襖紙を生産するための特殊な輪転印刷機が使われています。巻取りの紙や織物などに高速で印刷できるため、廉価なものに用いられています。
  
雲母押し:雲母を混ぜた絵の具に糊料を入れ、粗めの篩に刷毛で移し、その雲母を篩から模様を彫った版木に載せ、その上に和紙を置いて手のひらで写し取る。

箔押し:和紙、絹織物、器物の表面ににかわで金箔や銀箔を貼り付ける。型紙を用いて家紋などの模様を押すこともある。
 
磨き出し:鳥の子などの薄目の和紙の表面に銀泥や銀砂子を施し、模様を彫刻した木版の上に置いて、紙の表面を猪の牙などで磨いて模様を浮き立たせる。

泥引き:和紙に刷毛を用いて金泥、銀泥を引き染める。金箔、銀箔などのメタリックな光沢と異なり、穏やかで落ち着いた金・銀色ができる。