東海学生卒業設計コンクール2004 入選作品
審査員 岸 和郎(建築家・京都工芸繊維大学)
     車戸慎夫(車戸建築事務所)
     坂本 悠(有理社) 
     西尾貞臣(アトリヱ修羅)
     廣瀬高保(中建築設計事務所)
     前田佐智男(梓設計)
総評 審査委員長 岸 和郎
 毎年3月頃になると、自分が教える大学の学生たちのものも含めてですが、卒業制作を眼にする機会が増えます。その度に自分の中にちょっとした緊張と恥ずかしさが走るのに気付きます。それはもちろん、自分自身の卒業制作のことを思い出すからですが、その内容について想い出すだけではありません。ようやく終わったときの充実感と到達感、さらにその後にくる「もう思い出したくない。作品そのものだけでなく、この作品に充実感と到達感を感じていたということを忘れてしまいたい」という恥ずかしさと未熟さの実感、そうしたもののすべてが一瞬のうちに自分の中に蘇ってくるからです。
 数年前、私自身は強硬に反対したのですが、あるシンポジウムで参加者それぞれの卒業制作をプレゼンテーションすることになりました。20年以上見ないでいた自分の卒業制作を自分が眼にするだけではなく、他者の眼にも晒したわけです。その時に、この感覚は前にも経験したことがあるな、と思いました。
 時に自分の初期の仕事、処女作を含めた仕事を人に見せることがあるわけですが、その時に感じる感覚に似ている、と思いました。自分の卒業制作のことを、「建築家としての、本当の意味での処女作」だと感じているんだ、ということにその時、気付いたのです。
 卒業制作、それは自分の建築家としての出発点であり、他の人の卒業制作を見てさえ、緊張と恥ずかしさを感じること。そして卒業制作の時代から20年以上経ってさえそれを感じている自分にびっくりするとともに、少し自信を持ちます。それは大学を卒業し、若い建築家として明日から自分と同じ職能になるかもしれない人間に対して、嫉妬と畏敬を感じている自分がそこにいるからです。
 卒業制作を上から、先達として批評するというような視線は私にはありません。そんな風に卒業制作が見えるようになったら、建築家としては終わるときじゃないでしょうか。私自身はそんなことを考えながら、自分に試験を課すような気持ちで、毎年学生諸君の卒業制作に接しているのです。
東海学生卒業設計コンクール2004を終えて   卒業設計コンクール特別委員会委員長 林 廣伸
 JIA東海支部学生卒業設計コンクールも今年で11年目を迎えました。2周目のスタートにあたり、新委員長以下、新しい委員構成で企画・運営に取り組むことになりました。審査委員についても岸和郎委員長をはじめ車戸慎夫、坂本悠、西尾貞臣、廣瀬高保、前田佐智男の6氏に、新しく2年間担当していただくことになりました。
 今回は、昨年末、東海地方の大学、高専、専門学校等38校の建築関係学科に作品募集の要項を送付し、3月26日の締め切りまでに、13校から、昨年より12点多い62点の応募がありました。年々少しずつではあれ、応募数が増加していることは喜ばしいことです。今後も、このコンクールが地域に根付いていくよう、努力を重ねていきたいと思います。
 審査は4月3日、TOTOマルチスペースで行われ、岸審査委員長以下6名の審査委員による真剣な討議と投票の結果、金賞1点、銀賞2点、佳作8点計11点の入賞作品を決定いたしました。規定では、佳作は7点のため、議論を経て、投票を3度繰り返しましたが、いずれも同票となり今回は佳作を8点としました。
 入賞された諸君には賞賛の拍手を送りたいと思います。同時に、コンクールに参加された皆様にも拍手を惜しみません。 表現、技術の巧拙はともかく、各人の問題意識は深層に永く保持されるものと思われます。これを契機に今後も日々の精進を重ねられんことを期待いたします。
 また、続く学生諸君にも一人でも多くこのコンクールの「舞台」を踏んでいただきたいと切望いたします。「舞台を踏む」ことが皆様の実力涵養にとって絶好の機会だと考えるからです。
金賞 ecologenome 三輪祐仁(名古屋工業大学)
 三輪さんの作品は環境と自然の問題について、水を手掛かりに建築としてまとめようという計画です。この作品を私が評価したのは、その主題、テーマ性の故ではありません。主題だけで言えば、卒業制作として割合良く眼にする類のものであるからです。三輪さんの作品の魅力はそこにはありません。環境や自然の問題に対して紋切り型の解答や詩的な表現に陥るのではなく、その作品が「オプティミスティックで同時にペッシミスティック」な、そして「傲慢でかつ、慎み深い」表現、あるいはシリアスなジョーク、と呼んでもいいような表現に至っている点にあります。
 誰もが正義だと思っていることほど、作品表現しづらいものはありません。この作品に見られる三輪さんの表現はそのビジュアルまでを含めて、そんな問題構成に対する二義的な解答として読めるのです。批判的な視点から見ると、この作品には確かに若さ故の気負いのようなものがあるのは確かです。しかし私はそれも含めて顕彰したいと考えました。何故ならそれこそが表現だ、と考えるからなのです。 (岸 和郎)
銀賞 Web×web 熊谷澄雄(名古屋工業大学)
 名古屋の中心、長者町は東京の堀留・大阪の船場と並ぶ三大繊維問屋街であるが、繊維不況・産業構造の変化で半数近くが廃業に追い込まれ空きビルが目立っています。街の復活を目指し多くの計画が模索されているものの、今のところ実現には至らず、意に反し隣接する歓楽街に飲み込まれようとしています。熊谷さんの作品はその長者町に新たな卸問屋の役割を担う核を設け街の再発展を目指したものです。
 永く培われてきた情報と技術をバックアップに、若者の新しい発想と行動力によって街の再生を計る、そして不確実なその未来に向かって、覆っているような、湧き出したような定まらない形は不思議な魅力と可能性を感じさせます。建築的な存在価値はあまりないけれど、といってすべて壊して再開発する時代ではない今、隙間を新しい空間で埋めネットワークし古いものを生かす技法は現実的で、なにより卓越したデザインセンスは頼もしい限りです。(坂本悠)
銀賞 design the stream 中川尚美(愛知工業大学)
都市の通りを川の流れにたとえ、流れ、澱み、点といった状況に置き換えて計画している。故郷の神通川の豊かな流れに学んだものから、都会のただスピードアップする人の流れに一石を投じる提案である。たとえ話の場合、筋書きのこじ付けが気になることが多いが、この作品においては無理なく受け取れる。それは作者が冒頭において神通川への熱き思いを十分に語ったことが表紙の不思議な川面の絵と重なって、見る側の気持ちを流れに誘い込むことに成功しているからだ。現実問題として公道をまたいで敷地の異なる複数の施設を繋ぐことは難しいが、そこにある既設の建物や場所が本来持っている特質をよく読み、新しい用途や機能を街のスケールに合わせてバランス良く配置している。各々の施設は丁寧に設計されており、単調になりがちな図面表示のなかで、一見してイメージダウンになりかねない着彩パースが、他の作品から識別するのに大いに効果があったことも記しておく。(廣瀬高保)
佳作 結び   川瀬純(名古屋工業大学)
 旧東海道・有松宿の歴史的景観の街並みの背後に立地する小学校を中心にした、学習・コミュニティー空間の再構成の提案である。歴史的な街並みという文脈の中に、背後から学習や交流の空間を絡めることにより、何が生まれるか。歴史的街並みという空間システムに他のネットワーク系を持ち込むことは、かなり具体的なデザイン作業の集積を求められ、本当にリアリティーのある作品にするのはなかなかむつかしいと思う。街並みの修景保存とその内部で営まれる生活は、常に表層では推し量れないストレスと選択を、住民一人ひとりに強いている。そこに住む子どもたちにも、また、歴史的な遺産を誇りにしてもらいたいと思うと同時に、それに押しつぶされない強い創造カを養ってもらいたいと思う。この作品はそんな想いを込めたであろう習作であるが、これから社会に出てもそのような場面は日常的であり、既存のシステムに豊かな何かを付け加えていってほしいものである。(前田佐智男)
佳作 OVER A MATTER 〜思いを巡らす〜        伊藤公成(愛知エ業大学)
 この作品は、21世紀になった現在でも、世界各地で起こっている戦争や紛争に対して、まず、問題意識を持とうと、戦後ほぼ60年、風化しつつある日本の戦争体験、痕跡に働きかけることを、具体的な戦跡〜豊川海軍工廠跡地の整備を通して提案。
 毎日報道されるイラクや北朝鮮など、「平和な日本」も無関係ではあり得ないとの認識から、恐らく折に触れてこの戦跡のことが気になっていたであろう中で、卒業設計のテーマに選び提案。
 アメリカの同時多発テロ以来、建築の分野においても、戦争と平和への関心や発言が高まり多くなっている中で、このコンクールヘの応募にも、数点はこのテーマの作品があるかと思っていたが、唯一この作品のみで、心もとなく思ったのでしたが、問題設定から、具体的なアプローチ、敷地全体を記録する記念館の計画に繋げての提案であり、私としては、とても引かれた作品です。(西尾貞臣)
佳作 COLORFUL LIFE  〜彼女たちの時間〜      横田千晶(愛知工業大学)
 少なかった女性の作品の中で、バランス感覚に優れ、まとまりの良さ、とくにコンセプトの部分はとてもカラフルに分かりやすくできていて好感が持てました。卒業設計のテーマは日頃感じていた疑問を、自分で考え、自分の答えを見つけるものが良いと思っています。「女性の社会進出への発信地」とは多少いまさらの感はあるけれど、万人が万人なりの答えを持ったやりがいのあるテーマであることには間違いありません。社会進出の入口に立った横田さんがそのテーマのどれほどのものを、自分の疑問として持っているのかわかりませんが、書物から学ぶだけではなく、例えば対象となる女性の声をより多く聞くことができたら、もっと具体的な提案を見つけ出し、小さくとも掘り下げた作品になったのではと彼女の力量をして少し残念に思いました。(坂本悠)
佳作 Youth Play Lot  −瀬戸の活性化をめざして−    山下綾子(愛知工業大学)
 瀬戸の市街地に働きかける提案はいくつかあったが、よく市街を歩き、駅、商店街、道路、道などを把握した上で、来訪者〜とくに若い世代の居場所を提案する作品で、素直に受け入れることができた。
 名古屋の栄と電車で直結している瀬戸の市街地を、駅を起点に歩くスピードで街の広がり、街区ごとの特性を理解し、その上で計画地を選定し、若者の出会う場を提案している。
 この1ブロックを大きな複合施設ではなく、陶芸などものづくりの小さな単位の空問を配置し、これらによって外部空間を生み出し、さまざまな広がりの交流の場を計画し、若い人々が「もの」や「ひと」に出会うことを提案している。
 地形の読み込み(断面計画)や内部と外部との中間領域の大切さへの理解不足など、残念なところもあるが、スケール観や模型表現など、魅力的で、今後に期待したい作品である。(西尾貞臣)
佳作 旋律の記憶 〜Sound Art Museum〜     桶屋龍平(名城大学)
 設計手段として、違った分野の尺度を使用して数値化するといった手法には人間の知的好奇心をそそるものがあるらしい。そこにはまったく根拠の無い数遊びであるといった批判を背に受けながら、過去の経験値によって決定される退屈な人間の思考の限界を超えられる計算尺になるのではといった期待感がある。音楽の旋律が紙面に踊るさわやかな表現で多くの審査員の心をつかんだものの、夢から覚めるのも早かった。音楽と建築の類似性から引き出される設計手法の説明だけではなく、その上に、ある音楽家の活動を記念してどこに誘致するのかといった場所の選定の話とか、その場所ではどんなミュージアムが必要かといった具体的な話が加わって建物の背景が浮かび上がれば、上位入賞ができた作品である。(廣瀬高保)
佳作 輪充の種 MULTI−輪中充填−Culture    三宅伸幸(三重大学)
 この作品については、審査員の中にもかなりの議論があった。「建築的な提案に乏しいのでは…」というのが、主な評であった。作品は、輪中の農園に作物の通年の作付プログラムと作付の平面プランが累々と表現されている。建築システムの提案は若干あるものの、それはあくまでわき役のようである。全体的には、作物の栽培計画のダイアグラムが主である。これで建築になるのか。
 私には、以前から一つの疑念があった。一時話題になった知的な人が集まっていると思われる研究・宗教施設が、ほとんどといっていいほど一木一草もない殺伐とした施設であることが不思議でならなかった。ある意味で、近代のいきつく終着駅の風景といってしまえば、ペシミスティックなSFのようであるが・・。そんな疑念である。この作品は、いわばこれとは逆な意味で突き詰めている。「作物で環境をうめつくす」ことから始めてもいいけど…作物だけでなく、他の植物も、他の動物も、そこに住む人々や、他の場所の人々の交流も…そんな願いを込めながら佳作に推薦した。(前田佐智男)
佳作 毛細血管                             藤原治哉(三重大学)
 敷地というものが、その場に適したボリュームをもった立体であることから、プログラムを組み立てたことはよく理解できる。無限定な平面に、ある意味を持った床を置き、内・外部をつくる壁を立て、天井を張り、それらに囲まれた内部だけが空間であるはずもなく、床・壁・天井が空間を規定する主語ではないこともよく分かる。空間の地と図の処理は確かに上手だと思う。露路空間を南北に切り取ることは、切り取られた残りの空間(ボリューム)の形態も整合性があり、また直交する軸に架けられたパスも、全体の関係性(回遊性)を合理的に形成している。ただ、住棟は東西の軸にあるべきで、この基本的な処理こそがプログラムの腕の見せ所でありかつ難しいところで、その未消化が残念である。(車戸慎夫)
佳作 商店街+均質空間                         浅野圭(中部大学)
 非常勤で設計演習の手伝いをしていることもあり、自分ならばどのようにアドバイスをするか、また何を軸に組み立てようとしているかを探りながら審査したつもりであるが、投じた票は全て他の審査員とは異なった。敷地の特性を周囲の状況・環境との関係から読み取り、北側は銀座街との露路性の演出、南側は川沿いの修景化を軸に、敷地が切り取る周縁部を商店街として構成したものである。南北がそれぞれ異なった成立要件である形態(ファサード)は、当然敷地中央部で出合うことになり、その整合性を中央の「均質空間」で保とうとしているが、それらの関係性が私には今一つ理解出来ず票を投じなかったが、スカイラインや店舗の空間的処理などその構成は確かで、他の審査員から票を集めたのは納得できた。(車戸慎夫)