クルマが変わる −電気バワーと自動車の進化− 第5回

世界各地で開発推進
燃料電池の未知なる可能性
朝倉吉隆(トヨタ自動車)
  燃料電池車は電力の発生プロセスに炭素化合物の燃焼反応を伴わないことから、低公害性、低燃費性に優れ、次世代のクリーンエネルギー自動車として期待されています。昨年12月2日には国内限定リース販売用の燃料電池車第1号車が総理官邸に納車されました。1996年10月に燃料電池車が日本ではじめて公道を走行して以来、わずか6年余りの年月でここまで進んできたのは、日本のみならず世界各国の政府行政、自動車産業、関連産業が開発推進してきた成果といえます。今回は21世紀の基幹技術の一つである燃料電池と自動車への適用についてお話しします。
燃料電池の原理
 燃料電池(Fuel Cell)の原理は「水素と酸素の電気化学反応により電気が発電される」というもので、1839年のイギリスのグローブ卿が行なった「ガス電池の実験」にまでさかのぼることになりますが、最初の実用化開発は宇宙ロケットの機器用電池でした。1960年にGrubbらによって陽イオン交換膜型燃料電池が開発され、1965年宇宙衛星ジェミニ5号の電源(1kW)として用いられたのが、実用化の最初といわれています。その後アポロ計画などスペースシャトルの電源として、固体高分子型(PEFC: Polymer Electrolyte Fuel Cell, PEMFC: Proton Exchange Membrane Fuel Cell )、アルカリ型(AFC: Alkaline Fuel Cell )、リン酸型(PAFC: Phosphoric Acid Fuel Cell )・溶融炭酸塩型(MCFC:Molten Carbonate Fuel Cell )、固体酸化物型(Solid Oxide Fuel Cell )が開発されました。
 固体高分子型(PEMFC)の開発は一時停滞しましたが、1988年カナダのBallard社が水素イオン交換膜としてDow Chemical社のDow膜を用いて6A/cm2の発電密度を達成したことを契機に、自動車用の駆動電源として注目されるようになりました。これらの種類の燃料電池は自動車用途に対してそれぞれ長所短所がありますが、反応温度が60〜80℃と扱いやすい作動温度の固体高分子(PEMFC)が現在の主流となっています。
 固体高分子型(PEMFC)は、一つのセルで約0.7Vの電圧が発生します。鉛酸電池では2.0V,NiMH電池では1.2Vですから、これらの二次電池より少し低い電圧です。これを直列に接続すること(スタック)で、モータ駆動に必要な電圧を得ることができます。電流の大きさはセルの面積に比例し、小型で高出力の燃料電池を設計する上で、セルの電流密度は重要な性能指標です。代表的な水素イオン交換膜にはDow膜のほか、DuPont社のNafion膜、旭化成のAciplex膜などが挙げられます。
燃料電池の構成 燃料電池車(FCHV)の主要ユニット構成(トヨタFCHV−4)
燃料電池車の構成
 燃料電池車は、燃料電池に水素を供給し、空気中の酸素との電気化学反応によって得られた電力でモータを駆動します。すなわち、電気自動車のバッテリの代わりに燃料電池を置き換えた構成です。しかしながら、燃料電池で発電させるために、水素や空気を燃料電池に送り込むには補機を駆動させる必要があります。この補機動力のエネルギー貯蔵源として、また減速・制動時の回生エネルギーを受け入れるための蓄エネルギー装置として蓄電池ユニットが必要となります。トヨタの燃料電池車FCHVは、プリウスなどハイブリッド白動車で用いているNiMH電池を搭載し、FCシステムと二次電池による「ハイブリッドシステム」を構成していることから、FCHV(Fuel Cell Hybrid Vehicle)と呼ばれています。
燃料電池車の開発状況 カリフォルニア州でも燃料電池車(FCHV)の実証実験を実施
 前述のように燃料電池の自動車への適用開発は1990年代とごく最近です。日本では1996年10月の国際電気自動車シンポジウム(大阪市御堂筋)で実施されたEVパレードで、トヨタRAV4EVをべ一スにした燃料電池車が走行したのが最初と言われています。その後、各社で研究開発が進められました。トヨタ自動車では、2001年6月にクルーガーVのボディをべ一スに高圧水素タンクと燃料電池を搭載したFCHV-4を開発し、公道走行試験を開始しています。また大型バスの燃料電池車として2001年6月にノンステップ大型路線バス「FCHV-Bus1」を日野自動車と共同開発し、2002年10月には公道走行試験を開始しています。
 米国ではカリフォルニア州でCaFCP(California Fuel Cell Partnership )が1999年4月に設立され、ダイムラークライスラー、フォード、GM、ホンダ、日産、トヨタ、VWなど日欧米の白動車メーカー、燃料電池会社、燃料会社が参画し、実用化にむけた実証試験を実施しています。
トヨタの燃料電池車(FCHV)の主な諸元

全長 4,735m /全幅 1,815mm /全高 1,685mm
重量 1,860kg 乗車定員 5名
性能航続走行距離 300q〈10・15モード〉
最高速度  155q/h
燃料電池  トヨタFCスタック
固体高分子形  出カ90kW
モータ    流同期電動機
        最高出カ80kW、最大トルク260N・m
使用燃料  高圧水素タンク
最高充填圧カ  35MPa
2次電池   ニッケル水素電池
水素の供給方法と燃料の選択
 燃料電池に水素を供給するには、水素を直接供給する方法のほか、ガソリンやメタノールを燃料供給し、車載システムにより炭化水素系燃料を改質(Reform)して得られた水素を直接供給する方法は、ガソリンスタンドに代わる水素ステーション(インフラ)の設置充実が課題となります。経済産業省が推進する「平成14年度水素・燃料電池実証プロジェクトJapan Hydrogen & Fuel Cell Demonstration Project」(JHFCプロジェクト)では東京・横浜地域に5カ所の水素供給設備を建設する予定です。
 一方、炭化水素系燃料を改質する方法では、車載システムとして搭載可能な実用設計が課題です。改質しやすい燃料の選択は、エネルギー産業、インフラの整備など、社会構造の変革を必要することから、自動車技術だけでなく行政、エネルギー政策を含めたさまざまな産業分野と協調しながら取り組んでいく必要があります。
燃料電池とこれからの住まい
 燃料電池の応用として、住宅用電源システムの開発も活発化しています。都市ガスを用いた燃料電池など、住宅への電力供給のあり方も燃料電池技術の進展とともに大きく変わっていく可能性があります。そうした時代になれば、白動車と住宅がエネルギーを共用することも考えられます。住まいのあり方も「人が快適に生活する空間」から「エネルギー供給を接点とした人とクルマの空間」に変わっていくのではないでしょうか? 参考文献
1)『ToyotaHybridBook』トヨタ自動車広報部、2001年
2)『電気自動車ハンドブック』電気自動車ハンドブック編集委員会著、丸善刊、2001年
3)『高圧ガスVo139No.6』より「燃料電池車開発の現状と課題」河津成之著、2002年

図3.燃料別による性能比較