建築教育への期待  第6回
ユ二バーサルデザインのめざすもの
田中英彦
(連空間都市設計事務所)
『人にやさしい住宅読本』と継続職能研修
 JIA愛知では、「住まいの困り事、無料FAX相談」など、市民に開かれた活動の展開を模索する中、1995年に「人にやさしい街づくり研究会」(人街研)を発足させました。活動の集大成として今年6月に『人にやさしい住宅読本一困ったときの快適住まいのアイデア玉手箱』と題する本が、出版されました(P8,9ご参照ください)。これは、人街研メンバーを中心としたJIA愛知・編集特別委員会著・編集によるもので、1998年に出版した『人にやさしい建築ディテール集VoL1』に引き続き、VoL2として企画されてから足掛け3年目に出版されました。VoL2の出版で、新築や増築のできる人、今の家に住み続けたいが使いづらくて困っている人や、その周囲の誰もの役に立てるという意味で、当初志向したユニバーサルデザイン(UD)の目的に、かなり近づいた感があります。
 高齢社会の到来によって、建築家が否応なく、対応を求められる問題は、個人の住宅から都市施設全般にわたる「住」生活環境整備への取り組みと言えます。われわれ人街研メンバーにとっても、職能的にいえば、芸術性や創造性とは異にしますが、生きるために必要な空間の羅針盤づくりを模索する取り組みは、継続職能研修と位置づけています。
 建築家の日常的業務は、事務所の規模の大小で多少の違いはあれ、プランニングデザインや、形態化という目に見え、形に残る創造業務より、縦系列の専門分野の統一融合、クライアントの要望と種々の法律や方法、予算、時間との調整、施エサイドとの調整など、目に見えないマネジメント、コーディネート的業務が実に多いことがわかります。
 人街研メンバーが世話役を務める「人にやさしい街づくりネットワーク連絡会」(人街連)は、この辺の能力を活かす、市民に開かれた活動の実践例と言えます。理学・作業療法士や、保健、福祉など他分野の方々や市民と、バリアフリーに関する街づくりの探求に、人街研メンバーが事務局やコーディネーター役として、地域でお世話をしています。人街研に関心を寄せる建築家が増えることを願っています。
ユニバーサルデザイン(UD)の原則と認識
 ユニバーサルとは、「共用の、万人の」という意味です。身体障害者や健常者まで障害のあるなしにかかわらず、すべての人が共用できる道具類や環境づくりが、UDの原点です。UDと同意語のノーマライゼーションデザイン(normalization design)も共用、共生の原理に基づいています。
これは、障害の程度の如何にかかわらず、すべての人は対等であり、普通(normal)の生活を送るために共に暮らし、共に生きる社会こそ、ノーマルであるという考え方です。ものづくりにおけるノーマライゼーションを具体化するための基本理念として、ユニバーサルデザイン(UD)」があります。
主に高齢者や身体障害者を意識したバリアフリーデザインの考え方から、一歩前に進み、すべての人を対象にした新しい概念で、より普遍的で利便性を考慮したデザインと言えます。また、障害者に快適な環境は健常者にも快適という考え方にのっとってUDにしておけば、とりたててバリアフリーに対する配慮は必要ないと言えます。
UDは日本語で「共用環境開発」とも訳されています。UDのいう障害者に快適な環境とは、健常者にも快適とされる“for a11''の概念で、1975年アメリカのロン・メイス氏の「年齢や体格、障害の度合いにかかわらず、誰もが利用できる環境を創造しよう」というメッセージによって、1977年UDの7原則が提唱されました。原則、定義、指針から構成されていますが、ここでは原則のみを挙げてみました。
原則1 誰もが公平に使えるデザイン
原則2 使用上柔軟な対応ができる自由度の高いデザイン
原則3 直感的にすぐ使える簡単なデザイン
原則4 認識しやすい必要な情報が提供されるデザイン
原則5 誤った操作をしても危険につながらない、また、誤操作を起こさないデザイン
原則6 無理な姿勢をとることなく、身体的負担の少ないデザイン
原則7 アプローチしやすく、使用しやすいスペースとサイズが確保されたデザイン
 経済産業省は高齢化に伴ない、2025年にはシルバー産業が現在の約2兆円の市場から、約16兆円になると予測しています。しかし、2001年に製造業(1,000杜)を対象に実施した調査では、「UDを知っている」と答えた企業は回答のあった307社中175社(57%)で、「取り組んでいる」企業は49%と半数にとどまっています。取り組まない理由は、「UDの考え方を製品にどう適用したらよいかわからない」がもっとも多く、生活者の二一ズをくみ取れていないことがわかります。建築設計者も、製品が「設計」に読み換えられても、それに当てはまることのないよう、研鑽が必要です。
社会の求める職能と教育環境
 建築家は時代の流れを読み、それに対応する洞察力が求められます。高度経済成長期はすでに過去に置き去られ、バブル経済崩壊のツケが、いまだにゼネコンの破産を引き起こしています。エコノミストにも読めない大きな時代の流れを、読む術が及ばなかったといえばそれまでですが、経済はいうに及ばず、地球環境、省エネルギー、高齢化などの諸問題は、建築業界の大きな基軸転換を余儀なくしました。情報の溢れる社会ですが、それをどのように整理し、洞察し、行動に移すのか。そのために求められる能力を見いだす努力が求められています。
 建築家には、ITやテクノロジー専門家とのコラボレーションや、ネットワークの統合、調整役的能力や全体観が求められます。住宅の設計では直接クライアントに、専門的知識に加え総合的な視野や見識を持って臨まねばなりません。まして、市民に開かれた活動となると、その視点の高さや角度が要求され、協調性、社会性、粘り強さを踏まえた全体観が不可欠になっています。
 しかし、幼少期からの社会教育のシステムは、これらの能力養成に逆行して、家の中に閉じこもりTVゲームや、点数、偏差値重視の価値観の中で没個性、内向的思考の人材を輩出してきました(腕白でもいい、たくましく育ってほしいと願いたい)。対人関係は集団の中で養われますが、学級崩壊など耳にすると、もっとも建築で望まれるであろう全体観の崩壊を危倶します。当人を責める前に、先人の一人として、社会教育のシステムのあり方を見つめ直し、現実を背景に語るべきことを認識させられます。
 約30年前の私の学生時代は、フリーアーキテクチャーの時代は終わったと、都市問題を中心に、保存と開発などをテーマにした建築系学生の自主サークルが多く生まれ、その連絡会に奔走していました。中部、関東、関西など全国各地から名古屋に集まって建築系学生連絡会議を開いたこともありました。その当時は、稚拙ではあっても熱くなって、国レベルの問題や建築について議論し、真剣に考えていました。(30年経った今も、同じようなことで奔走している気がして笑えますが)。醒めた思考の若者に接すると、内に燃える何かを期待してしまいます。私は第一次オイルショックの次の年(1974年)に卒業を迎えやっと設計事務所に就職したところが、半年余りでお手上げの事態も経験しましたが、白己を鼓舞する前向きの姿勢があれば、乗り切れることを学ぶことができました。
高齢社会の到来
 日本の高齢化率(65歳以上が全人口に占める割合)は、現在17.5%ですが、2015年には約25%、4人に1人が65歳以上となります。2020年には26.9%となり勤労者2人が1人の高齢者を支えることになります。欧州主要先進国の高齢化率は、現在日本とほぼ同じですが、今後あまり高くならないと言われています。急速に近づいてくる高齢社会に、住環境をはじめ、社会保障関係の整備において、もはや日本が模範とする国はなくなると言えます。
 1994年のハートビル法に続き、1995年に「長寿杜会対応住宅設計指針」が、当時の建設省住宅局長名で示されました。現在は健常で不自由なく生活していても、高齢による体幹機能の衰えや、障害が発生したとき、日常生活を充実して、快適に送れるよう新築の設計時点で、対応を考慮しておくべき点が示されています。衣食住の中でも「住」は疲れた体を休め、明日ヘの活力を養う場であり、生活の基盤と言えます。高齢社会での住環境整備は欠かせない重要な要素であり、新築の視点でのマニュアル本は数え切れないほど出ています。しかし、新築あるいは、増改築できる人は限られており、大多数の人は年をとって家が多少不自由で困っていても、住み慣れた家で我慢して住み続けるのが現実です。
社会教育の機会を
 今回のJIA愛知『人にやさしい住宅読本』は、これらの方々にも役に立つようにUDの視点で書かれたマニュアル本でもあり、編集委員会のコラボレーションの成果でもあります。編集委員は、建築家、大学教授、建築行政マン、PT(理学療法士)、福祉ボランティア、学生などです。中でも、主に名の学生の協力で、膨大な数の相談を分類別に統計ができたことは大きく、逆に、編集にかかわった学生諸君は学校では学べない貴重な「社会教育」に接したと言えます。メンバーの建築家や、社会人が本来の仕事を終えてから、成果に対する報酬を期待するわけでもなく、自らを使命感で鼓舞する白己啓発的な時間の使い方や、杜会の求めに応えるプロフェッショナルの姿を見たこと。そして、学生諸君は、そういう姿勢に触れながら、ユニバーサルデザインの概念を早い時期に、社会人と一緒に「社会教育」を体験したことは得難いことではないでしょうか。
 マニュアルにない杜会的かかわりは、幼児期に家庭や地域社会から学びます。UDの「共用の、万人の」というコンセプトは家庭や学校、地域や社会での教育が育む概念です。人間の本来兼ね備える、慈悲、やさしさ、思いやりといったものです。
 建築とは機能性、耐久性、創造性、芸術性を空間化させ、形態化させたものであるとの認識は、学校教育レベルであり、コミュニケーション、マネジメント、コーディネートは、実務上不可欠ですが、それにUDを加え、学び習得できる機会は、実務、実践訓練、社会教育なのです。しかし、UDの概念は、学校教育で会得することを期待したいものです