クルマが変わる−電気パワーと自動車の進化−  第3回
長寿の秘訣は腹八分目の充電方法
朝倉 吉隆
(トヨタ自動車)
 先回ハイブリッド自動車の燃費向上の仕組みをお話ししました。「電池がエネルギーの貯金箱として働く」ことで、エンジンを効率の良い状態で運転し、ブレーキ時の制動エネルギーを電気に変換する(エネルギー回生)ことにより、優れた低燃費性能を実現できました。この仕組みを支えているのが電池です。話に入る前に図1を見てみましょう。電気自動車、ハイブリッド自動車、燃料電池白動車の電気パワーシステムを比較したものです。タイヤを駆動するモーター、電気エネルギーを蓄える電池、電池の直流電力を3相交流に変換し、モーターを効率よく運転するインバーターの3つの電気ユニットが、それぞれのシステムに含まれています。モーター、インバーター、電池は差し詰め電気パワーシステムの御三家といえます。
図1電気パワー動カシステムの仕組み
電池の使い方
 これらの電気パワーシステムはいずれも電池を蓄エネルギー装置として使っていますが、その使い方は大きく違っています(図2)。電気自動車では、充電スタンドの電力で電池を充電します。充電制御は「満充電」で終了することを基本としています。満充電時に電池の充電状態(SOC:state of charge)を100%にリセットするため、一つ一つの電池がすべて満充電になるように幾分「過充電」になるように充電されます。このような充電方法は発熱反応を伴うため電池の寿命を短くしますが、電池の充電量を目いっぱいにして走行距離を延ばし、また電池の充電管理精度を確保するために用いられています。このやり方を食事の仕方にたとえると、「満腹になるまで食べる」使い方です。
 これに対して、ハイブリッド車の電池の使い方は決められた上下限の範囲の中で充電、放電の繰り返しになります。すなわち、図3のように電池の充電レベルを目標値に常に近づけるように制御されます。加速など電池のパワーを使うときは目標値より低めになり、ブレーキを踏んだり(制動)、坂道を下ったりするエネルギー回生状態では電池を充電します。充電状態は目標値より高めになりますが、電気自動車のように満充電にはしません。したがって走行中頻繁に充電放電を繰り返しても過充電反応を起こしませんので、電池が長寿命になるように制御されています。これをたとえれば、「規則正しく腹八分目の食事法」により長寿を得るといったところでしょうか。


図2電池の使い方の違い
電池の種類とバッケージ設計
 現在二次電池と呼ばれる充電電池の主流は、ニッケル水素電池とリチウムイオン電池です。携帯電話、ノートパソコンの電源として身近な存在となっています。電気自動車、ハイブリッド自動車の電池もこれらの電池技術をもとに自動車用として設計されています。また従来からある鉛電池の改良型も使われています。ニッケル水素電池、リチウムイオン電池は、電気(電流)の運び手が水素イオン、リチウムイオンです。このため、正負極の電極での化学反応を伴わず、電極の劣化が少なくなり、長寿命の電池となっています。また充電できるエネルギー密度、走行に使える電力密度(パワー密度)も高く、従来型の鉛電池に比べて車両搭載性に優れていますが、電池を直列に接続した組電池として構成するため、電池量が大きく、価格(コスト)を引き下げていくことが今後の課題です。
 ちなみに電気自動車、ハイブリッド自動車の組電池(電池パック)の電圧は、電気自動車のRAV4EVが288V(電池240セル/40モジュール)、プリウスでは273V(228セル/38モジュール)、エステイマHVは216V(180セル/30モジュール)となっています。このように電圧を高く設計する理由は、電気回路に流れる電流(I)の低減です。電流を下げることにより、電池の内部抵抗、配線、モーターの巻線の抵抗(R)で発生するジュール熱損失(RI2)を減らすことができます。つまり燃費を良くするためには電圧を高くする必要があるというわけです。
 電池パックを設計する上で大事なポイントとして、電池の冷却設計があります。電池の使い方で触れたように、電池パックは多数個のモジュール電池を直列接続して使います。一般に充放電を繰り返すと、電池が発熱し、温度が上昇します。ニッケル水素電池、リチウムイオン電池では温度が上がってくると、充電効率が低下します。これを防止するため、電池を適温にするための冷却が必要です。また、過充電領域に入らないように電流を制限し発熱を抑えます。電池冷却は、一般に空冷方式が多く用いられます。
 電池の充電管理の精度を保つためには一つ一つの電池の温度をできるだけ均一にする必要があります。電池冷却設計ではこの点に細心の注意を払います。このため電池制御システムとして、電池の電圧、電流のほか温度を測定し、制御コンピュータで電池をどれだけ使ってよいかを監視制御しています(図5)。電池の状態に応じて、走行に使える電力、充電可能な電力を判定し、車両全体の走行システムで制御しています。
 電池技術は大変奥行きの深い分野でわずかな紙面でとても話し尽くすことはできませんでしたが、電池設計のポイントが多少なりともおわかりいただけたでしょうか?ハイブリッド自動車の普及促進のカギとなる電池、その課題はもっと使いやすい安価な電池の開発、たゆまぬ改良と言えます。さて次回はモーター、インバーターの技術についてご紹介したいと思います。

図3ハイブリッド自動車の電池の使い方


図4 プリウスの電池パックと電池モジュール

図5 電池制御システム
参考文献:『関森 ハイブリッド自動車の開発状況 自動車技術協会中部支部技術講習会テキスト』2001年