石は語る   第5回
健康にいい? 宝石とタイムカプセル鉱物
足立守
(名古屋大学博物館長)
トルマリンは健康にいい?
 一頃の水晶ブームが去って、今はトルマリン(tourmaline)に人気が集まっています。人々の健康への関心が高まる中、『トルマリンはマイナスイオンを出し、血液をサラサラに…』といった宣伝文は魅力的ですが、鉱物学的にはうたい文句にあるような健康への効能があるとは思われません。わかっていることは、「トルマリンの結晶を加熱したり、結晶に圧力をかけると、結晶の一端がプラス(十)に、もう一端がマイナス(一)に帯電する性質がある」ということだけです。
トルマリンに圧力をかけると帯電するという「圧電性」については、19世紀末にピエール・キュリー(キュリー夫人の夫)が発見しましたが、ラジウム発見の陰に隠れてこの事実はほとんど知られていません。帯電という電気的な性質があるので、トルマリンには電気石(でんきせき)という和名がつけられています。
トルマリンは風化に強い
 トルマリン(比重=2.9-3.2、硬度=7.0)という鉱物は、ホウ素(B)を含むのが特徴です。ホウ素以外にもいろいろな元素が含まれるので化学式は複雑で、(Na,Ca)(Mg,Fe,Li)3A16(BO3)3(Si6O18)(OH)4というトルマリンの一般式をすらすらと書ける人は、鉱物の専門家にもほとんどいません。トルマリンはペグマタイトという粗粒な花崗岩からもっともよく産出し、たいてい黒い色をしています。宝石店で売られているピンクや緑のトルマリンの色は、リチウム(Li)によると考えられています。リチウムを含むトルマリンでは、一つの結晶の中で色がピンクから緑に変わっていることもよくあります。中心部がピンクで周辺が緑のトルマリンは、その配色がスイカに似ているので、欧米ではウォーターメロン(Water melon)という呼び名で珍重されています。
 トルマリンは風化・浸食・運搬・沈積・続成という一連の堆積作用に対してもっとも強い鉱物の一つです。堆積作用を何度も繰り返して受けても、結晶の角がだんだんとれて丸みを帯びることはあっても、粉々に壊れたり変質して分解することはほとんどありません。
ダイヤモンドのに偽物になるジルコン
 トルマリンと同じくらい堆積作用に強い鉱物がジルコン(化学組成=ZrSiO4、比重=4.6-4.7、硬度=75)で、ジルコニウム(Zr)という元素を多く含んでいます。その硬度はトルマリンとほぼ同じですが、屈折率が1.99とひじょうに高くダイヤモンド(屈折率=2.42)の偽物に使われることがあります。もちろん、ダイヤモンドとは結晶構造が違うので、大きな結晶では偽物とわかってしまうので、大粒のルビーやエメラルドなどを引き立てる小粒の“ダイヤモンド"としての用途が多いようです。
 ジルコンの化学組成でダイヤモンドと同じ結晶構造に人工合成されたキュービックジルコニアは、“模造ダイヤモンド”の代表格です。キュービックジルコニアは、一見、無色透明のダイヤモンドに似ているので、「ニューヨークの宝石鑑定士もダイヤモンドと見間違えた!」といったオーバーな表現が広告にはよく使われています。
 ジルコンは花崗岩のようなSi02の多い火成岩には必ず含まれますが、大半が0.2mmほどの小さな結晶で無色〜褐色をしています。ペグマタイトには例外的に1cm以上の大きな結晶も見られます。ジルコン(ZirCOn)はペルシャ語で金色〜明るい褐色を意味するザルガン(Zargun)に由来するとされています。
ジルコンはタイムカプセル鉱物
図1 飛騨川の清流で磨かれた上麻生礫岩(岐阜県加茂郡七宗町上麻生)。大小さまざまな礫の中で、ハンマー左の直径20cm丸い礫が黒雲母やガーネットを含む片麻岩
 ジルコンは耐火度が高く膨張係数も小さいので、昔から鋳物の型をつくる砂(鋳物砂)に利用されてきました。耐熱性に加えて、物理的にも化学的にも強い性質を活かして、ジルコニウムは原子力発電用のウランをいれる燃料棒によく使われています。この燃料棒はジルカロイと呼ばれるジルコニウムとスズの合金で、1,800℃という高温にも耐えることができ、原子炉の炉心溶融(チャイナシンドローム)が起きるような高温にならない限り大丈夫と言われています。
 誕生以来、地球は活発なマグマ活動を繰り返しているので、古い石ほどマグマによる熱の影響を受けている可能性が高く、今から40億年も前にできた石が昔のままの状態で残っていることはまずありません。しかし、熱に強いジルコンは高温のマグマの中でも簡単には溶けずに最初にできたときの化学組成を保っています。また、ジルコンはウランを含んでいるので、ジルコン中のウランの量とウランが一定の割合で壊れてできる鉛の量を精密に測定すれば、そのウランー鉛年代を決定することができます。
 このように、耐熱性の大きなジルコンは、大昔の地球の年代情報を記録している唯一の鉱物です。地球最古の岩石とか地球最古の鉱物は、すべてこのジルコンというタイムカプセル鉱物の研究によって明らかにされてきました。
地球最古の石
 地球の年齢は46億年とよく言われますが、この46億年という年齢は地球の石ではなく隕石で決められたものです。隕石の年齢を地球の年齢とみなしてもよいという考えの根底には、地球も月も隕石も含めた太陽系のすべての惑星はほぼ同時期にできたという大前提があります。1956年にカリフォルニアエ科大学のパターソンが5個の隕石を用いてその生成年代を45.5億年として以来、地球の年齢として46億年が定着しました。
 1980年代前半までは、地球最古の石はグリーンランド南西のイスア地域の約38億年前のアミツォーク片麻岩(へんまがん)とされていましたが、現在ではカナダ北部のスレイブ地域で1986年に見つかった約40億年前のアキャスタ片麻岩が地球最古の石になっています。この最古の石の年代と地球誕生の問の“空白の6億年"を埋める重要な年代データがオーストラリアで見つかっています。それは西オーストラリアのジャックヒルズ礫岩に含まれていた約43-44億年前のジルコンの砂粒です。砂粒なので、この地球最古の鉱物が砂粒になる前はどんな石を作っていたのかは不明ですが、地球の石で44億年という古い年代が得られたことが重要です。
日本最古の石
図2 飛騨川の川岸で見られるソールマーク(sole mark)。砂岩の下面(ソール)についているスジがグルーブキャスト(groove cast)と呼ばれる代表的なソールマーク。スケールの折尺は1m
 日本最古の石は1970年に岐阜県加茂郡七宗町で発見された上麻生(かみあそう)礫岩中の約21億年前の片麻岩礫です。片麻岩の礫は直径が2cmから80cmで(図1)、今から約21億年前に花崗岩として誕生し、その後、片麻岩に生まれ変わったものです。名古屋大学で開発されたCHIME法という新しい年代測定法による最近の研究で、この日本最古の石の中には約32億年というもっと古い鉱物(ジルコン)が含まれていることがわかりました。おそらく、約21億年前に花嗣岩マグマができたときに、その付近にあった約32億年の石がマグマの中に取り込まれ、熱に強いジルコンだけが溶け残ったものと思われます。
 では、この日本最古の石の故郷はどこにあったのでしょうか? 上麻生礫岩を作っている礫や砂は、ある種の土石流によって大陸地域からジュラ紀の海底へ運ばれてきました。土石流が当時の海底につけたソールマーク(図2)という傷跡から、堆積物は北方から運ばれてきたことがわかっています。32億年という古い石は東アジアでは中国北部のごく一部の地域にしかないので、そのあたりが日本列島の究極のルーツと思われます。