石は語る   第4回
図1 昭和30年11月1日発行の浮世絵切手「ビードロを吹く娘」
玉磨かざれば光なし
足立守
(名古屋大学博物館長)
ビードロとギヤマン
「見返り美人」や「月に雁」とならんで人気のある浮世絵切手に、1955年(昭和30)に発行された「ビードロを吹く娘」(図1)があります。喜多川歌麿による浮世絵のモデルが口にしているのは、当時流行のガラス細工の笛です。ビードロ(vidro)はポルトガル語でガラスのことで、ラムネのビンの栓に使われるビー玉(ガラス玉)のビーもビードロに由来します。
 江戸時代にはガラスはギヤマンとも言われていました。このギヤマン(diamant)という言葉はオランダ語でダイヤモンドのことです。ギヤマン(ダイヤモンド)で加工したカットガラスという言葉が短縮されて、ギヤマン=ガラスになったと思われます。
モース硬度
 鉱物の中でダイヤモンド(diamond)が一番硬いことは昔から知られていました。ダイヤモンドという言葉のルーツは、硬くて“どんなモノからも傷つけられることがない”という意味のギリシャ語のadamasと言われています。adamasから派生した英語のadamant(a=not,daman=damage,t=ed)は、まさにこの意味です。今から約200年前にドイツの鉱物学者モースは、鉱物同士をこすり合わせてできるキズから、代表的な鉱物の硬さを10段階で表しました。この鉱物硬度表はモース硬度あるいはモース硬度計の名で知られ、硬度1の鉱物が滑石(かっせき)、2が石膏(せっこう)、3が方解石(ほうかいせき)、4が蛍石(ほたるいし)、5が燐灰石(りんかいせき)、6が正長(せいちょうせき)、7が石英(せきえい)、8がトパーズ、9が鋼玉(こうぎょく)、10がダイヤモンドです。
 モース硬度は鉱物の相対硬度の一つの目安なので、硬度1の滑石が硬度2の石膏の2倍硬いというようなことはまったくありません。モース硬度に絶対硬度の目盛りをつけると図2のようになります。これからわかるように、硬度10のダイヤモンドは硬度9の鋼玉(ルビーやサファイア)の約140倍、石英の約1,200倍も硬く、この桁外れの硬さがダイヤモンドのもつ最大の工業的な価値になっています。

図2 主要な鉱物の相対硬度(モース硬度)
と絶対硬度
希少価値のあるピンクや青のダイヤモンド

 10年ほど前、オーストラリアヘ古い石の調査に出かけたときに、カンタス航空の機内誌に載っていた「西オーストラリアでは、白鳥は黒く、大地は赤く、そして、ダイヤモンドはピンクに輝く」という短い宣伝文から、西オーストラリアにはピンクのダイヤモンドが出ることを知りました。
 天然のダイヤモンドの多くは黄色や褐色を帯びていて、その原因はダイヤモンドに含まれるごく微量の窒素と考えられています。一方、ピンク色のダイヤモンドは微量のマンガン、映画「タイタニック」に登場したような青色のダイヤモンドは微量のホウ素による色と言われています。ピンクや青色の例外的なダイヤモンドは希少価値で高価な宝石になりますが、黄色〜褐色のものは“クズダイヤ”として、切削工具や研磨材などとして工業用に使われています。宝石に加工されるものは、ダイヤモンド全体の15%程度と言われています。
石炭のように黒いダイヤモンド
 黒いダイヤと言われた石炭は、昭和30年代の重要なエネルギー資源でした。ダイヤモンドの中には真っ黒で、…一見、石炭のようなものもあります。石炭もダイヤモンドも化学組成は同じ炭素(C)なので、黒いダイヤモンドがあっても不思議ではありません。カルボナード(carbonard)と名付けられたこの黒いダイヤモンドをボーリングマシーンなどの切削工具に使うと、ふつうのダイアモンドよりも壊れにくいという特長があり珍重されています。カルボナード・ダイヤモンドは普通のダイヤモンドのように正八面体の結晶(単結晶)ではなく、0.01mサイズの微粒ダイヤモンドの集合体(多結晶)なので、衝撃に強いと考えられています。
 1905年にブラジルで見つかった世界最大のカルボナード・ダイヤモンドは、630グラム(3,148カラット、1カラット=O.2グラム)で、同じ年に南アフリカで発見された正八面体の世界最大のダイヤモンド(620グラム、3,106カラット)とほぽ同じ重さでした。この約100年間、どちらの記録も破られていないので、宝石になる正八面体の緒晶も工業用のカルボナード・ダイヤモンドも、天然ダイヤモンドの最大のサイズはほぼ同じくらいと思われます。
並外れた屈折率から、ファイヤの輝き
 いくら大きなダイヤモンドの原石でも、きれいに磨かないと宝石としての輝きは出ません。15世紀の中頃になって、ダイヤモンドをダイヤモンドの粉末で研磨する手法がベルギーで開発されました。この技術革新によって、ダイヤモンドの研磨とカットが飛躍的に進歩し、特有の輝きが得られるようになりました。
 ダイヤモンドがキラッと輝くもう一つの秘密は、その並外れた屈折率にあります。屈折率というのは物質に入射する光がその物質の中でどのくらい屈折する(曲げられる)かの度合のことです。ダイヤモンドの屈折率は2.42で、ルビーやサファイア(1.77)、エメラルド(1.58)、紫水晶(1.54)などの宝石に比べて格段に大きな値です。この2.42という高い屈折率を計算に入れて、ダイヤモンドをブリリアントカット(図3)に仕上げると、いったんダイヤモンドの中に入った光は全反射しやすいので、テーブル面などの上方から入った光が再び全部上方に戻ってきます。その結果、“ファイヤ”と呼ばれる独特の輝きが出ます。
 普通のガラスは屈折率が約1.47なので、たとえきれいにブリリアントカットされていても、ダイヤモンドのように光が全反射しないのでキラッと輝くことはなく、イミテーションだとすぐにわかります。

図3 ダイヤモンドの代表的なカットであるブリリアントカット
地下深部からダイヤモンドを地表へ運ぶキンバーライト
 ダイヤモンドはキンバーライトという石に含まれています。このダイヤモンドの母岩はイギリスの植民地であった南アフリカのキンバレーで19世紀中頃に最初に見つかったので、キンバーライトと命名されました。キンバーライトは特殊な火山岩で、地下150〜200kmの地球深部でできたダイヤモンドを地表へ運び上げる“運び屋"としての役割を持っています。キンバーライトのマグマは途中にある石を取り込みながら地表までやってくるので、キンバーライトの中には地球深部の石の破片が含まれています。石の破片が残っているということは、取り込まれた石がマグマと反応する問もないくらい速いスピードで地表に到達したことを物語っています。
 キンバーライトに含まれる石の破片は、地下深部から得られたという点でボーリングマシーンで掘削された石と同じ意味合いがあります。このことが、「キンバーライトの活動は天然のボーリング」と言われる理由です。現在の大型ボーリングマシーンでは、莫大なお金をかけても、せいぜい地下10km程度までしか掘削できません。これに対して、キンバーライトからは人間には手も足も出ない地表から100km以上も地下深くの石が“ただ”で入手できるという点で、ダイヤモンド以上の地球科学的価値があります。