クルマが変わる−電気パワーと自動車の進化−  第1回
 宇宙船地球号とエコカー技術の開発
朝倉 吉隆
(トヨタ自動車)
はじめに
 21世紀は「環境の世紀」と言われています。地球温暖化、大都市における大気保全、化石エネルギーの枯渇に対して私たち人類が今後どのように対応していくことができるか、人類の英知が問われていると言えます。2001年10月29日から11月10日までモロッコのマケラシュで開催された気候変動枠組条約第7回締約国会議(COP7)では、京都会議の議長国である日本政府のリーダーシッブにより、温室効果ガス排出削減の数値目標の達成に対する条約発効に向かい、大きく前進しました。しかしながら、その実効をあげるまでにはまだ多くの課題を乗り越えていくことが必要です。私たちが普段使っている自動車においても、少しずっその姿を変えようとしてきています。1997年12月に、世界初の量産ハイブリッド自動車として発売開始をしたトヨタブリウスに引き続き、昨年5月には1ボックス車であるトヨタエスティマハイブリッド、また8月にはクラウンマイルドハイブリッドなど、ハイブリッド自動車の普及が進んできました。また水素ガスと空気中の酸素を用いて電気を発電する燃料電池を用いた燃料電池自動車の開発が進んできています。21世紀の地球環境を克服するため、このようなエコカーの開発が今後ますます拡大することが期待されています。

図1 利用可能なエネルギー源
自動車と環境問題
 20世紀は「自動車の世紀」と言われてきたように、日本国内で7,660万台(自動車検査協会2001年12月データ)、地球上に7億台以上のクルマがあると言われています。このように自動車は世界の隅々まで普及し、私たちの産業、経済、生活・文化の発展に大きな役割を果たしてきました。その生産規模と産業の裾野の広さにより、多くの雇用を生むなど、大変大きな経済効果をもたらしました。このように広く社会に普及した自動車は、一方で資源やエネルギーの消費を加速させ、環境に影響を与えていることも事実です。私ども自動車産業に携わるものにとって、自動車がもたらす功罪両面に正面から向き合って、21世紀の「宇宙船地球号」の持続可能な発展に向けて、自動車そのものを進化させること、すなわちエコカー技術の開発が大きな使命と考えています。地球上に存在する利用可能なエネルギーは、石油、石炭、天然ガスなどそのものを加工してつくることができる化石燃料、太陽光、風力・潮力・地熱など自然エネルギー、また植物などバイオマスエネルギー、原子力など電カエネルギーに置換して利用できるものがあります。自動車に用いるエネルギーはこれらの多様な形に対応することが今後の方向であり、そのためには電気パワーと組み合わせたハイブリッド自動車の技術が注目されてきたわけです。

図2 電気ハイブリッド自動車
ハイブリッド自動車とは
ハイブリッドという言葉
 最近、ハイブリッドという言葉を新聞、雑誌でよく見かけます。ハイブリッドという言葉は元来は「動植物の雑種、混血種、(異質の要素の)合成物」から「品種の交配による改良技術」という意味であり、多収量を目的とした「ハイブリッド米」などで知られるように、従来種では得られない特性を交配することにより実現するという意味合いをもっています。
 自動車技術の分野ではハイブリッド自動車と言えば、異なる種類の動力機関(エンジン)を搭載した車のことを意味します。最近ではとくに、「ガソリンエンジンなど内燃機関」と「電気モーター」を載せたクルマを指すようになってきました。ハイブリッド自動車は「ガソリンエンジンの良いところ」と「電気モーターの優れたところ」を兼ね備えたクルマと言ってよいと思います。
自動車の黎明期でのハイブリッド自動車・電気自動車
図3 電気自動車の歴史
 ではハイブリッド自動車の考え方はいつごろから出てきたのでしょうか。自動車の歴史を紐解いてみますと、今から100年ほど前にはすでにハイブリッド自動車が製作されたとあります。
 ドイツの自動車歴史家のエリック・エッカーマンの『自動車の世界史』によれば、1902年にガソリンエンジンと電気モーターを組み合わせた「ミクステ・システム」と呼ばれる消防自動車が紹介されており、これが世界で最初のハイブリッド自動車の一つのようです。20世紀初頭の自動車の黎明期、さまざまなエンジンを載せたクルマが試されていたことを物語っており、100年経った今日、大変感慨深いものがあります。
 先人のさまざまな技術への挑戦にもかかわらず、この時代はハイブリッド自動車が発展するにはいたりませんでした。そのひとつの理由は、当時の動力機関は体格が大きく、またパワーも十分でなかったことから、複数の機関を載せるには大型の車両でしか成り立たなかったからです。
電気自動車の歴史
 一方、この時代の電気自動車はガソリンエンジンに比べて、「取り扱いが容易」という長所から、むしろ自動車の普及の先鋒でありました。電気自動車が受け入れられた背景には、「始動のしやすさ」があったようです。年配の方はご存じと思いますが、この時代のエンジンはセルモーターがっいていませんでしたので、始動させるには大の男が揮身の力でクランク棒をまわす必要がありました。富裕層の家庭婦人には乗り物としては扱いにくかったようです。自動車王として知られるヘンリー・フォード夫人のクララが電気自動車を愛用していたと言われていますが、こうした始動のしやすさが普及の要因になっていたと思われます。こうしたことから、この時代の電気自動車は米国東部を中心に1900年〜1920年ごろには広く普及し、ホテルなどの駐車場には複数の充電スタンドが設置されていたようです。現代の自動車の扱いやすさを考えると、時代の背景の移り変わりに非常に興味深いものを覚えます。
 その後、ガソリンエンジンの技術が、気化器、点火装置、発電装置など急速に進歩したこと、1900年にテキサスで油田が発見されたことから安価なエネルギー供給が可能になったことなどから、ガソリン自動車の時代を迎えるようになりました。一方電気自動車は「一回の充電で走行できる距離が短い、長距離走行に適さない」「充電時間が長い」「電池の寿命が短く、交換に費用がかかる」などの理由から次第に姿を消していきました。
 日本では、1949年当時に約3,300台の電気自動車が使われていたようです。これはGHQの指令により、ガソリンエンジンを搭載した自動車の生産が禁止されていたことによるもので、規制が廃止された以降は電気自動車の製造は低迷してきました。その後1970年の大阪万博で電気自動車300台が採用されたこともあり、1971年には当時の通産省大型プロジェクトとして、電気自動車の開発が始まりました。電気自動車を排出ガスのないクリーンな自動車として国内へ普及させる活動が振興してきました。この結果、2000年には原付自転車の2,500台を含めて電気自動車の保有台数は3,800台となりましたが、国内自動車保有台数7,600万台に比べると、非常にニッチな市場であることは変わっていません。
 では、現在なぜハイブリッド自動車が注目を集めてきたのでしょうか?


図4化石燃料消費と大気中のC02濃度(出典IPOC95)
宇宙船「地球号」の課題
 ご存じのように、地球温暖化、すなわち二酸化炭素の排出問題はいまや人類の最大の課題となっています。19世紀の産業革命以降に急増してきた化石燃料消費により大気中の二酸化炭素濃度が比例的に増加してきています。これを別の言い方をすれば、数億年の太古より太陽から降り注がれた光エネルギーを石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料に変えて地中に貯蔵してきたものを、私たち人類が文明を支えるためのエネルギーとして掘り出して使ってきたわけで、同時に地中に埋蔵された二酸化炭素を再び大気に戻してきたことになります。今後の二酸化炭素濃度の増加をいかに抑制するか、温暖化問題をどのように克服できるか、私たち自身が率直に受け止めなければいけない問題と思います。言い換えると宇宙船「地球号」の乗組員である私たち一人ひとりが、次代の子孫に持続ある発展を継承できるかどうか、21世紀の人類共通の課題であります。
 次回以降、ハイブリッド自動車の技術を紹介しつつ、ご一緒に考えていきたいと思います。
参考文献:1)トヨタ自動車 Toyota Hybrid book,2001年12月
2) グランプリ出版 自動車の世界史、1996年11月
3) Inter governmental Panel on Climate Change Report:Climate Change 1995
4) 日本電動車両協会ホームページ  http://www.jeva.or.jp/jpn/evm/history/index/html