歴史的建造物とまちづくり 第6回 | ||
歴史の面影残す広小路、建物再生しながら都市の賑わいを/名古屋市 | ||
瀬口哲夫(名古屋市立大学芸術工学部教授) | ||
名古屋市広小路明治・大正の面影を伝える納屋橋 | ||
どの都市でも、近代建築の多い通りが、その都市の中心地区であることを示しているが、名古屋の広小路も例外ではなく、 今も残る近代建築は、ここが昔からの中心市街地であることを示している。 広小路と堀川に架かる納屋橋は、1910年(明治43)に設計され、1913年(大正2)に竣工した鋼製アーチ橋である。設計者は不詳であるが、意匠面などでは、当時の愛知県営繕係の設計者が関係していると考えられる。納屋橋は、1980年(昭和55)頃に道路拡幅などのため改修された。この時、石造の親柱や欄干などの意匠については、旧状を踏襲することとしたため、現在も、明治・大正の面影を伝える貴重な都市資産になっている。 |
||
局を超えた協力で生き残った旧シャム領事館(旧加藤商会) | ||
名古屋市を南北に流れる堀川では、水質の浄化と沿岸の整備が重点的に実施されているが、この計画の一貫として、納屋橋の東北角を街園(ポケットパーク)として整備することになった。そこで、旧シャム領事館(旧加藤商会、1931年)が、この街園整備の障害と考えられ、取り壌し対象となった。しかし、市民からの強い保存要望が出され、日本建築学会東海支部からの保存要望書(注1)が名古屋市と中埜産業鰍ノ提出された。こうした動きを受けて、名古屋市当局も検討を始め、総務局や都市景観室の尽力があり、助役以下関連部局長が参加する企画会議が開催され、利用方法の確定は将来行なうこととして、保全活用する基本方針が決められた。こうして、行政内部の一っの局ではむずかしかった保存活用問題を、局を超えた協力体制をつくることで、解決することができた。 1982年以来、旧シャム領事館を覆っていた囲い(広告看板)が取り払われ、2001年末に、外観の補修と内部の一部改装が応急的に行なわれた。旧シャム領事館は、納屋橋の景観と調和し、大正ロマンを彷彿とさせる雰囲気を再現するのに役立っている。利用方法については、いろいろな案があり、現在検討中であるが、場所柄から、名古屋の中心市街地の活性化に貢献するものにすることが望ましい。 |
||
旧シャム領事館(旧加藤商会) 西立面図 |
旧シャム領事館(旧加藤商会) 南立面図 |
旧シャム領事館(旧加藤商会) 1階平面図 旧状 |
イメージ継承された新築の三井住友銀行名古屋ビル | ||
8階建ての旧住友銀行名古屋支店は、1925年に竣工した事務所建築で、ビル化した銀行建築の好例である。銀行の営業室のある1,2階は、アーチを5つ並べ、荘重さが演出されていた。基本的構成は、5階建ての住友本店(1930年)と同じである。大正、昭和初期に銀行街となった広小路の景観を構成する重要な建物で、名古屋市の都市景観重要建築物に指定されていた。 名古屋市に、建替え計画の届出がなされたことから、都市景観室は、景観アドバイサーなど(注2)に相談し、建替えを前提としたデザインの指導を行なった。具体的には@外壁保存、A外壁をモニュメントとして残す、Bイメージ保存である。当初の設計組織住友(合)工作部は、日建設計の前身であることもあり、設計者としても思い入れがあった。また、地元の栄町商店街から、近代建築の活用と1階の店舗化の強い要望(注3)があった。結果として、三井住友銀行名古屋支店ビルの新築にあたって、広小路に面する1階は商業店舗とするとともに、イメージ保存の手法が採用されることになった。 旧建物のイメージを継承するにあたって、戦後の曳家の時に改修され、4つになっていたアーチを5つに戻し、外装を花崗岩張りとし、さらに、アーチの要石や頂部のコーニスを復元している。1階を商業施設としたために、銀行の営業室は2階へ上げられているし、歩道空間を広げるために、壁面を後退させている。 |
||
旧住友銀行名古屋支店南立面図 | 旧住友銀行名古屋支店 | 三井住友銀行名古屋ビル南立面図 |
資料館として再生したUFJ銀行貨幣資料館(旧名古屋銀行本店) | ||
名古屋銀行本店は、東海建築界の巨匠鈴木禎次の設計、竹中工務店の施工で、1926年に完成した。外部は4階までのジャイアントオーダーが、内部は営業室回りの吹抜け(現在はふさがっている)が特徴である。戦争中の企業合同で、東海銀行本部となり、戦後は、中央信託銀行名古屋支店として使用された。最近の金融再編で、空店舗となっていた。建築学会は、建築学会長名で、この建物の保存活用の要望書を東海銀行に渡した。筆者も松井徹哉東海支部長とともに要望書を届けた。この建物を活用して、錦通りにあったUFJ銀行の貨幣資料館が移転し、今年1月28口にオープンした。内部は1階のみを展示スペースとし、かっての金庫をそのまま残し、展示物の一部としている。広小路に面していることもあり、開館1週間で900人以上の入館があり、賑わいを街にもたらしている。 | ||
旧名古屋銀行本店(UFJ銀行貨幣資料館) 1階平面図 旧状 |
旧名古屋銀行本店(UFJ銀行貨幣資料館) 2階平面図 旧状 |
旧名古屋銀行本店(UFJ銀行貨幣資料館) |
広小路で大切にしたい近代建築 | ||
広小路には、近代建築がいくっか残っている。名古屋証券取引所(1931年)は、スパイン風の外観に特徴があるが、3階の内部空間は柔らかい空間で、モダニズムの雰囲気がある素晴らしいものである。旧三井銀行名古屋支店(1935年)は、イオニア式列柱のある、建築的にも優れた典型的な様式建築であるし、明治屋名古屋支店(1938年)は小規模ながら、歴史を感じさせる建物である。大和生命ビル(1939年)は、名古屋を代表する戦前の本格的事務所建築で、部分的にアールデコの意匠が見られる。これらの建築は広小路にある貴重な歴史的資産であり、これを取り壊すことがないように大切にして、保全活用をすることを強く要望する。 | ||
謝辞=関連の図面を提供頂いた名古屋市都市景観室岡田良法氏、およぴ日建設計名古屋南石周作氏に感謝します。 注1:1998年、筆者は名城大学畔柳武司講師らとともに、名古屋市役所およぴ半田市の中埜産業鰍ノうかがい、日本建築学会東海支部からの保存要望書を届け、保存活用の重要性を説明した. 注2:都市景観室(加藤征男氏)から筆者らに対して相談があり、外壁保存とモニュメント化についての提言を行なった。 注3:栄町商店街振興組合(坪井明治理事長)は、活性化のために、近代建築の活用と、銀行建築などの1階の店舗化を街づくりの目標にした「まちづくり計画」を策定している。この方針は、名古屋市の中心街活性化基本計画(2001年5月)にも引き継がれている。 |
||
■旧シャム領事館 応急改修:2001年12月 所在地:1名古屋市中区錦1 構造規模:RC造、地下1階 地上3階 建築面積:約77ru 延床面積:319.3u 当初竣工:1931年(昭和6) 当初設計、当初施工は不詳、国登録有形文化財 |
■三井住友銀行名古屋ビル (旧住友銀行名古屋支店) 建築時期:2001年2月 所在地:名古屋市中区錦2 構造規模:S造、RC造、地下2階 地上16階 敷地面積:13,183u建築面積:2,511u 延床面積:19,393u 設計:鞄建設計 施工:鹿島・熊谷・鴻池JV 当初竣工:1925年(夫正14) 当初設計:住友(合)工作部 当初施工:大林組 |
■UFJ銀行貨幣資料館 (旧名古屋銀行本店) 改修時期:2002年1月 所在地:名古屋市中区錦2 構造規模:SRC造、地下1階 地上5階 敷地面積:1,084.3u(当初) 建築面積:816.4u(当初) 延床面積:4,668.7u(当初) 改修設計:不詳 改修施工:不詳 当初竣工:1926年(昭和元) 当初設計:鈴木禎次 当初施工:竹中工務店 |