石は語る   第1回
試金石
足立守(名古屋大学博物館長)
国内で5番目の大学博物館 名古屋大学博物館
 6回シリーズの第1回ということで、まず大学博物館について少し触れておきたいと思います。名古屋大学博物館は、1996年の東京大学、1997年の京都大学、1998年の東北大学、2000年の北海道大学についで、国内で5番目の大学博物館として2000年4月に創設されました。創設されたといっても、博物館固有の建物がまだなく、昔の図書館(古川図書館)の一角で博物館活動を行なっています。しかし、どこの大学にもある図書館とちがって大学博物館はまだなじみが薄く、そのミッションや設置目的は一般の人だけでなく大学関係者にも必ずしもよく理解されていないのが現状です。
 現在、博物館運営委員会のもと全学委員会で、博物館の新しい建物の検討が行なわれています。新館は各種の博物館機能を備えた施設であると同時に、風格があり、名古屋大学のシンボルとして卒業生の"心の故郷"となるような建物が第一で、屋根・床・壁・柱の一部には、標本としての意味をもつ材料の導入が計画されています。さらに、ミュージアム(museum)とミュージック(music)の語源がギリシャ神話の「学問と芸術の女神」ミューズ(Muse)に由来することから、名大博物館ではその原点に立ち返るという観点で、コンサートホールも検討されています。
豊田市美術館に使われたヴァーモント・グリーン
 博物館の施設検討会の一環として、昨年の秋、名古屋大学の谷口元先生の案内で豊田市美術館を訪れました。私の専門は地質学なので、美術館の設計の詳細よりも、壁や床に使われている緑色の石材が印象に残りました。美術館によれば、この石材はヴァーモント・グリーンという緑色の粘板岩(スレート)で、米国東部のヴァーモント州から切り出されたものです。ヴァーモント・グリーンを直接調べたことがないので不確かですが、緑色の石材はいわゆるスレートという堆積岩起源の石というよりは、火山岩(火山灰)起源の石のように思われます。
 米国の東部は今から3.5億年ほど前にできたアパラチア山脈の一部になります。ヴァーモント州のグリーンマウンティンズ(Green Mountains)という地域には、緑色の石が分布しています。この石は火山岩起源の変成岩でアパラチア山脈の土台をつくっているものです。玄武岩質の火山岩には鉄分が多いため、地下深くでは鉄を含む緑泥石や緑レン石などの緑色の鉱物ができて、変成岩に生まれ変わることが普通です(注:鉱物の集合体が岩石)。色と岩質から、ヴァーモント・グリーンはグリーンマウンティンズに由来する石と思われます。見た目がヴァーモント・グリーンに似ていて、日本で庭石によく使われる青緑〜緑色の石(四国の伊予石、中部の天竜石、関東の三波石など)も、昔の海底火山活動の産物です。
日本全国の屋根瓦に使われるスレート
 粘板岩(スレート)は、スレート劈開(へきかい)という微細な平行割れ目が無数に発達した変成岩の仲間です。細粒の黒い泥岩が頁岩(けつがん)を経てスレートになります。スレートの産地であるイギリスのウェールズでは昔から屋根瓦(本当のスレート瓦)などに使われてきました。石材として利用しやすいのは、石が板状にきれいに割れるからです。ハンマーで上手に石をたたくと、スレート劈開の面と平行にお好みの厚さで石を割ることができます。
 日本ではスレートの産地は東北地方の宮城県北部で、北上川沿いの登米(とよま)地域からは登米スレートとよばれる良質な石材がとれます。登米スレートは東北地方だけでなく日本各地で屋根瓦として使われてきました。その代表例が東京駅の丸の内駅舎で、スレートぶきの黒い屋根が赤レンガとよくマッチしています。遠くからは黒光りした銅板のようにも見えるスレートぶきの屋根は、近寄ってみるとウロコ形に成型されたスレート板の集合体であることがわかります(写真参照)。
 登米の南方の雄勝(おがつ)や稲井に
もスレートがでますが、スレート劈開があまり発達していない頁岩も見られます。雄勝の頁岩は古くから硯に加工されてきました。稲井のスレート(稲井石)は白い砂岩を伴っているのが特徴です。日本各地の古いお宮・お寺・学校の一角には高さ2mを越える大きな石碑がときどき見られますが、こうした大型の石碑はほとんどが稲井石です。伊達政宗の菩提寺である松島の瑞巌寺の参道にもこの稲井石がふんだんに使われています。
 稲井石が大きさの割に薄くても丈夫なのは理由があります。スレートや頁岩の中に砂岩がサンドイッチ状に入っていると、多くの場合、物性の違うスレートと砂岩の境界で割れてしまいます。稲井石が例外なのは、大昔(約2.3億年前)の海底にすんでいたゴカイの仲間のおかげです。ゴカイが食べ物を求めて海底の泥や砂の巾を移動することによって、泥や砂がかき混ぜられ、泥と砂の層の境がシャープでなくなり割れにくくなったのです。このように生物が堆積物をかき混ぜることを生物擾乱(じょうらん)作用(bio-turbation)といいます。稲井石をよく観察するとゴカイの仲間が活動した痕跡が残っています。こうした生物活動の痕跡は生痕化石と呼ばれ、当時の環境を知る有力な手がかりになります。

赤レンガ造りの東京駅舎

駅舎のスレートぶきの黒い屋根
賢者の石と愚者の石
 昨年あたりから日本でも爆発的な人気が出ているJ.K.ローリングの「ハリー・ポッター」第1巻のタイトルは、「ハリー・ポッターと賢者の石」となっています。本の中では、賢者の石(phi1osopher's stone)は錬金術に関連した「どんなものも純金に変える石」あるいは「不老不死の石」とされています。映画では赤い石で登場した賢者の石は、現実には存在しません。賢者の石と違って、愚者の石(foo1's go1d)とよばれる鉱物は実在します。愚者の石とは、黄鉄鉱や黄銅鉱などの鉄や銅を含む金色の鉱物のことで、愚か者が色だけから金と間違えてしまうことからっけられたものです。
 金色の鉱物が金かどうかを調べる手段として、スレートや頁岩が古くから使われてきました。鉱物の鑑定法の一つに鉱物の条痕(じょうこん)色を調べる方法があります。条痕色とは鉱物を白い条痕板(タイルの裏などの素焼き板でよい)にこすりつけたときに条痕板にっく色のことで、これが鉱物鑑定に大きな威力を発揮します。金の場合は白い条痕板には
ほとんど色がつかないので、古来、黒いスレートが使われてきました。金であれば黒い石の表面に金色がつき、素人にも容易に判断できます。このように、"金色の鉱物が本当に金であるかどうかを試す石"という意味から、スレートや頁岩に「試金石」という別名がつきました。ちなみに、愚者の石である黄鉄鉱や黄銅鉱の条痕色はともに黒で、金とはまったく違います。

屋根のクローズアップ、1枚のスレート板のサイズは約30×20p
足立守(あだち・まもる)/1946年愛知県生まれ。
1969年名古屋大学理学部卒業
1975年名古屋大学大学院理学部研究科博士課程修了後
日本学術振興奨励研究員、名城大学理工学部助手、名古屋大学理学部助手、助教授を経て、
1993年名古屋大学理学部教授、2000年4月名古屋大学博物館教授・館長、現在に至る。
1974年日本地質学会研究奨励賞を受賞
著書に「日本の堆積岩」』(分担執筆・岩波書店)、「20億年のドラマ−飛騨の大地を探る」(分担執筆・教育出版文化協会)、「自然からみた愛知、東海いま、愛知、東海を考える」(分担執筆・名古屋大学公開講座テキスト)、「よみがえる博物館:大学博物館における知の継承と創造」(名古屋大学公開講座テキスト)。