2003年までの文章は雑誌からスキャニングして作成しておりますので、誤字がありましたら申し訳ありません。

ロボット好きの日本人 第6回(最終回)

ロボットの進むべき道
末松良一
(名古屋大学大学院工学研究科教授)
 約1年にわたって、「ロボット好きの日本人」と題して6回連載させていただいた。本シリーズでは、日本人のロボット観は江戸からくりで培われ、欧米諸国と異なり、日本人はロボットに対して好意的なイメージを抱いていること、それが、大量の産業用ロボットの導入を可能にし、日本のモノづくり産業を支えてきたことなどについて私見を述べた。また、江戸からくり師が総合科学技術者であったこと、各地の祭りで演じられる山車からくりやアイディアロボットコンテストなどが、技術や技能の伝承に大いに役立っていることについても触れてきた。
 最終回の本稿では、産業用ロボットとホームロボットのあり方、進むべき道について述べてみたい。
産業用ロボットの進化
 産業用ロボットの第1号は、1960年に米国GM社が導入したユニメートという1本腕で、大きな占有面積を持っていた。材料の搬入(マテハン)、溶接、塗装、組み立て作業などに導入されていった。日本では、1980年代半ばから大量に導入され、「よい品をより安く」を可能にした。
 日本における産業用ロボット発達過程をみると、常に世界をリードし、高度化・精密化してきた。導入当初は、占有面積が大きく、人を寄せつけない危険な存在であったが、小型軽量化・高速化が進み、人間と隣り合わせでロボットが稼動する生産現場もよく見かけるようになった。また、塗装、溶接などの単純作業から、高度な組付け作業を可能にする多腕ロボットも開発された。図2は、1990年代にトヨタ自動車がエンジン部品組付け作業に導入した2本腕ロボットである。
 また、人間の目に相当する視覚機能を持つロボットや、作業に応じて作業場所を変える移動ロボットも多くの工場で稼動している。さらに、複数の移動ロボットが自律協調して組立て作業を行なう例も出てきている。
 2年前に潟fンソーが開発した群ロボットシステムは、多彩な作業を行なう6軸ロボットアームと高速で動き回る走行台車を一体化した移動ロボットから構成され、生産量変動に応じて、導入するロボット台数を増減させ、ロボット同士が作業で得た情報を互いに交換し、効率的に環境変化に対応する新しいフレキシブルな生産システムを実現するものである。(図3)また、極小の電子部品を基盤の上に高速かっ正確に装着する電子部品装着装置も産業用ロボットであり、これまで世界をリードしてきた。
 欧米諸国では、ロボットに関する研究が日本ほど自由ではない。軍事、航空宇宙、医療関連に限定して研究されてきた経緯がある。外国の大学の研究者から、「日本の大学ではさまざまなロボット研究ができて、うらやましい」とよく言われる。これも、日本人がロボットに対して好意的なイメージを持っているという国民性の違いに起因し、その源流は江戸からくり文化に由来している。
 さて、これまでの産業用ロボットの発展過程の問題点と将来のあるべき姿について、私見を述べておきたい。
 問題点として、まず第1に、これまでの産業用ロボットの大部分は、大量生産ラインに導入されたものであり、特定の作業だけをする専用機に限られたこと、第2に、産業用ロボットの開発と導入が大企業に集中していること、第3に、完成品の目視検査や小物精密組立てなどの汎用ロボットの開発が遅れていることなどが挙げられる。
 日本のモノづくり産業を取り巻く環境は、非常にきびしい状況にある。近隣アジア諸国との人件費格差による産業空洞化、国全体としての技能の流出、若年層の理工化離れなどである。
 日本の産業用ロボットの進むべき方向として、第1に、モノづくり産業に共通する作業で、今なお人手に頼っている作業(上で挙げた製品目視検査や小物精密組立てなど)を、人間に代わって行なうロボットの開発が望まれる。そして、人間は、ロボットの運用を管理し、点検・調整する作業を行なうのである。第2に、専用機ではなく、1台で複数の作業をこなす多能工ロボットの開発、第3に、人間が操縦しやすく安全に作動する人間主体設計ロボットの徹底などである。
 国の大型プロジェクトなどで、中小企業を含めて多くのモノづくり産業に導入可能な上記産業用ロボットの開発が急がれる。そして、多くのモノづくり現場でロボットを操縦・管理する人を育て、その人々の発想から新しいロボットが誕生していく循環システムを構築しなければならないと思う。
図1 産業用ロボット第1号ユニメート 図2 2本腕ロボット(トヨタ)  図3 自律協調移動ロボット(デンソー)
ホームロポットの進むべき道
 ホームロボットについては、本シリーズの第2回「ホームロボット時代の幕開け」(2000年11月号)で記した。1997年に日本のホームロボットの先鞭となったソニーの「AIBO」は、今でも高い人気を博している。AIBOは、その開発者が言うように「エンターテイメントロボット」であり、「ペットロボット」ではない。外見が犬の形をしているのは、人間が違和感を持たないようにするためだけであることを忘れてはいけない。ところが、多くのマスコミがAIBO関連を話題にするとき、本物のペット犬と比較して、マンションでも飼うことができる、餌をやらなくて済むから安心して外出できるなどを強調して取り上げていることが気になる。本物の犬や猫の代替としてのロボットという考え方こそ、欧米先進諸国が抱いているロボットに対する警戒心なのである。例えて言えば、造花がいかに本物そっくりで、永久に枯れることがなくても、水をやり、手入れして育てた草花にはかなわないということである。第2世代のAIBOが、犬とも猫ともライオンともつかない形に外見を変えたのも、本物の犬との区別を明確にするためだと私は思う。
 「茶運び人形」がホームロボットのルーツであり、手本であることは前にも述べた。茶運び人形は、主人が客にお茶を運ぶのが面倒だから使うのではないことは明らかである。自然な接客動作の中で、茶運び人形によって座が興じ、見るものを楽しませるエンターテイメントこそが役割なのだ。
 私は、ホームロボットの主目的は、当面エンターテイメントに限定されるべきと考えている。介護、医療を行なうロボットが家庭に入ってきても、現状では、それらをホームロボットとは区別したい。もし、導入する際には、いざという時に対応できるオペレータ(人間)とともに導入すべきと思うのである。
図4 AIBOと茶運び人形 図5 鈴鹿サーキットでの「からす天狗」とASIMO
あとがき
 この夏に鈴鹿サーキットで、伝統からくりと最先端ロボットとの競演のイベントが開催され人気を博した。九代目玉屋圧兵衛の乱杭渡りからくり「からす天狗」とホンダの2足歩行ロボット「ASIMO」との競演である。乱杭渡りからくりとは、東海地区特有のからくりで、下駄を履いた人形が、階段状に配置された杭を一歩ずつ足を出して登って行くからくりで、いわば2足歩行の元祖ともいえるものである。ASIMOは、ホンダが開発した自律2足歩行ロボットP2,P3の最新型で、身長120cm体重42sと小型軽量化したものである。
 私も1日かけて見学したが、歩行ロボットの新旧の対比が絶妙で、子供から大人まで観客全員が、伝統のからす天狗と最新のASIMOの両方の演技に大きな拍手を送っていたのが印象的だった。
 江戸からくりと最先端技術を結び付けるものは多くある。たとえば、山車からくりで人形がお社などに変身する折り畳み技術が、折り畳み傘の発明や人工衛星の太陽電池パネルやパノラマアンテナの折り畳み技術に受け継がれているし、伸縮自在に動くろくろ首の仕組みが、狭い所を自由に伸びる象の鼻ロボットや大腸内視鏡の運動制御技術に活かされている。
 ロボット好きの日本人だからこそ、人間社会とロボットとの関係を正しく認識しつつ、さまざまな分野に活躍するロボットを生み出していかなければならないと思う。からくり好き、ロボット好きの日本人は、行政改革断行、産業構造変革というかつてない日本の厳しい環境下から、新たなモノづくり産業の発展を築き上げると信じる。(終)
筆者のホームページ 「からくりフロンティア」 http:/www.suelab.nuem.nagoya-u.ac.jp/^suematsu/karafro.html