保存情報第4回
データ発掘(お気に入りの歴史的環境調査) 鳴海球場  後藤晃範/圓空間設計工房

スタンドの出入り口だったのでは?

■発掘者コメント

1936年 (昭和11) 2月9日、 プロ野球初の公式戦が開かれ、 多くの野球ファンで内野スタンドが埋め尽くされた鳴海球場。 今は名鉄自動車学校となり建物はわずかしか残っていませんが、 私が鳴海小学校に通っていた頃とほとんど変わらず、 いつまでも懐かしさを与えてくれています。

 この鳴海球場は、 1927年 (昭和2) 10月に愛電 (愛知電気鉄道、 後の名古屋鉄道) の所有地であり鳴海駅に近いということで、 現在地につくられました。 広さは、 ライト・レフト350フィート (約106m)、 センター440フィート (約134m) と、 当時としては広い方で、 収容人員は、 内外野席で約2万6,000人という大きさでした。 また内野席は屋根つきでした。

 1920年代は明治維新からほぼ50年を経て、 建物等は歴史様式から非歴史様式というモダンなデザインへと向かった時代でした。 また社会は、 1930年代に入り軍需景気で個人消費が刺激された時代でもありました。 そうした時代を背負いながら、 感動や喜びを私たちに与え、 80年近く街の風景として現在も存在していることは、 私たち一人ひとりの想い出という財産をつくりあげてくれています。

 アメリカの大リーグのベーブ・ルース、 巨人軍の沢村栄治投手もプレーしたと言われています。 近くへ行かれたらのぞいてみてください。 きっとあなたの背中の方から大観衆の声援が聞こえてきますヨ!

所在地:名古屋市緑区鳴海町字文木90

建設年:1927年 (昭和2)


超満員の球場全景
登録有形文化財 株式会社 宮崎本店 後藤清長/後藤建築設計

■紹介者コメント

 (株) 宮崎本店は四日市市南と、 楠町を境とする鈴鹿川に隣接する。 1846年 (弘化3) より当地にて醸造業を始める。 約10,000坪の敷地に明治元年より創建の4棟の貯蔵庫と、 事務所棟が有形文化財に登録されている。
 新しい町立の体育館、 福祉施設などの建設によって田園景色が様変わりしている中、 建物群散策は明治初期にタイムスリップの感があり、 心のいやしの小路である。
 各貯蔵庫は木造2階建切妻 (一部寄棟) 桟瓦葺にて、 外壁羽目板、 下見板 (一部補修) の建物で約130年前の創建にしては状態良である。
 とくに内部が壮観で、 約30p角の柱に単純に大鼓丸太の大梁、 胴差の単純な構造 (一部方杖補強) にしてダイナミックな空間、 現在も各種倉庫などに現役で使われている。
 事務所棟は大正期創建で洋風2階建て、 レリーフマークがポイント。 現在も本店事務所として使用されている。
 清酒 「宮の雪」 で有名な、 (株) 宮崎本店は今人気の名酒醸造所にて、 ISO基準も取得、 年一度の 「酒大学」 の開校で女性にも人気大。 みなさま今夜は 「宮の雪」 をおためしに。 


ダイナミックな内部空間

所在地:三重郡楠町五味塚972

建設年代:
貯蔵庫棟4棟 1868〜1892年 (明治元〜25) 105m2〜605m2/棟
本店事務所棟 1921年 (大正10) 木造2階建、 278m2

登録番号:第1回36番