2003年までの文章は雑誌からスキャニングして作成しておりますので、誤字がありましたら申し訳ありません。

ロボット好きの日本人 第2回

ホームロボット時代の幕開け
末松良一
(名古屋大学大学院工学研究科教授)
なぜ産業用ロボットの大半が日本に集中しているか
人間に代わって作業を行なうロボットの中で、工場で組立、加工、マテハン、塗装、溶接、電子部品装着などの各種作業を行なうロボットを総称して産業用ロボットという。
 1997年の統計であるが、世界中で稼動している産業用ロボットの総数は約70万台であり、その約60%に相当する41万台が日本の工場で働いている。この状況は15年間以上も続いている。産業用ロボット誕生のアメリカでも10%に過ぎない。なぜ、産業用ロボットが日本に集中しているのか。
 一般的には、雇用条件や労使関係などの労働環境の違い、あるいは、家電製品や自動車など自動化しやすい産業が主要であるかなど産業構造の違いを挙げているが、日本と欧米諸国にはロボットにかかわるもっと本質的な違いが存在している。欧米諸国の人々は、ロボットという言葉から「奴隷」を連想するとともに、いずれは、人間と同等あるいはそれ以上 の能力をもち、人々の生活を脅かす存在となるという警戒心を抱いている。それに対して日本人は、鉄腕アトムに代表されるようにロボットに愛着さえ抱いているのである。この日本人のロボット好きがどこからきたかといえば、それは、茶運び人形などの座敷からくりや、300年以上受け継がれ毎年の祭りで主役となる山車からくりなど、ロボットのルーツといえるからくり人形などの伝統の存在からきている。
国別産業用ロボット稼動台数
ペットロボットプームを輿したAIBO AIBOと類似品たち
ホームロボット時代の到来
 1997年、3つのロボットの出現が世界の人々を驚かせた。1つは、アメリカの火星探索機「マースパスファインダー」であり、他の2つは、日本企業から発表された。ソニーの「ペットロボット」とホンダの「二足歩行ロボット」である。後者の2つのロボットに共通していえることは、「実用にならない」という社内の批判を受けながら、技術者の夢を追求し、世界のロボット工学者が驚愕するなど、発表後予想以上の好評を博したことである。
 ソニーのペットロボットは、「AIBO」という名前で商品化され、1999年6月に日本で3,000台、アメリカで2,000台が限定販売された。この時は、インターネットのみの申込み受け付けで、日本では17分、アメリカでは4日間で完売した。そして1999年12月に、世界に向けて1万台の発売を試みた。購入申込者は15万人を数えたが、その97%が日本人であったという。アメリカ人は2%、ヨーロッパからの申込みは1%にも満たなかったそうである。これは、日本人のロボット好きを示すと同時に、ヨーロッパ諸国では今なおロボットを家庭に持ち込むことに対する抵抗感が存在することを示している。
 ソニーのAIBOは、25万円で発売された。決して安いモノではないが、専用のCPU、マイクロモーター、カメラなどを開発し、他に追随を許さない高度技術製品である。一方、AIBOブームにあやかって登場した類似品たちは、祭りの露店で売られるゴム風船から、ゼンマイ仕掛けでかわいい動きをするもの、歌を唄うもの、リモコンで操作するものまで、数百円から1万円程度のものが多い。
 ソニーのペットロボットの発表以来、口本では、犬、猫、熊、アザラシなどの形をしたロボットや独居高齢者コミュニケーションロボット、パーソナルロボットなどのホームロボットの発表が相次いでいる。
 オムロンが人と自然の豊かなコミュニケーションの促進をめざして開発した猫型ロボット「玉ちゃん」は、現代社会のストレス解消の道具として、声をかけると振り向いたり、手で撫でると気持ちよさそうに目を閉じたり、眠ったり、怒ったりする、一般ユーザーを対象としたロボットで、今年の暮れまでには、限定販売される予定と聞いている。
 松下電器産業が、高齢独居者のコミュニケーション支援器具として開発したホームロボットは、熊と猫のぬいぐるみ的外観を呈している。市町村の福祉施設が行なう一人暮らしのお年寄りの訪問調査を支援する目的で、音声通信機能を備えている。開発担当者の話によれば、カメラによる画像通信機能は、お年寄りの拒否反応が強く、導入することができなかったそうである。
 続いて登場してきたのが、1999年の8月末に発表された日本電気の「パーソナルロボットR100」である。R100は写真のように、頭が球型をしており、外観は比較的単純な形をしている。機能としては、3つの車輪により平面を移動でき、音声認識機能を用いることにより、ユーザーの声を識別し、命令を理解することができる。さらに、2つのカメラから画像を取り込み、誰であるかを識別し、記憶する。また、言葉や音楽を発し、伝言機能も備えている。このようにR100は各種の高機能を備えており、発表以来、インターネットなどで、ホームロボットとしてどのような使い方ができるかなどについて、広く社会に問いかけている。
 もう1つ紹介するロボットは、アメリカIBMが開発中の「PONG」である。このロボットは、「見て」、「話して」、「理解する」をスローガンに、人との対話をめざしている。音声認識による計算、ホームページの検索、表示されたホームページの音読、英語への翻訳などの機能実現を図っている。
玉ちゃん(オムロン)とくま(松下電気産業) R100(日本電気)とPONG(IBM)
ホームロポットの進むべき道
 ホームロボット市場に先鞭をつけたソニーのAIBOは、これまでの製品開発の鉄則である実用主義・効率主義を打ち破り、アミューズメントに徹して開発された。ヨーロッパの一部から、AIBOはおもちゃであり工業製品ではないとか、動物に似せた機械を家庭に持ち込むなんて、などの批判もある。このような批判に対処するためにも、アミューズメントやエンターテイメントの製品価値を、人類の幸せに対する貢献度として定量的に評価するシステムの確立が望まれる。
 21世紀は、個の時代・感性の時代になると言われている。20世紀型の大量生産型効率追求主義に限界が近づいていることは間違いない。AIBOが人気を博したもう1つの理由は、工業製品としては役立たなかった人工知能技術を応用し、よって個々のAIBOの振舞いが区別できるような自律ロボットにした点にある。
 AIBOに続いて登場したR100やPONGは、年々向上するコンピュータの高機能性の家庭での活用を、よりヒューマンフレンドリーな形で実現するための「動いたり話したりする端末機」という役割を果たそうとしている。
 私が開発に関与している「快適生活支援ロボット・ダックスロボ」について簡単に紹介する。このホームロボットは、エンターテイメント・セキュリティ・コミュニケーションをテーマとして、ユーザーの家庭生活の中に安らぎや潤いを与え、居住環境とユーザーのセキュリティ機能を備え、ユーザーと社会とのコミュニケーションを促進することをめざしている。下にケヤキの木で造った開発中のダックスロボの形状モデルの写真を示した。
 ホームロボットの進むべき道は、動物や人間にその頭脳や行動を近づけることではなく、その存在が人々の生活を快適にし、人々の生きがいを増すことに徹するべきである。その意味でも日本伝統のからくり人形は、これからのホームロボットヘの指針を与えていると思う。
 日本から発信するホームロボットが、欧米諸国の人々にも好感を持って受け入れられる日が来ることを願うものである。
開発中のダックスロボの形状モデル