2003年までの文章は雑誌からスキャニングして作成しておりますので、誤字がありましたら申し訳ありません。

「職人のわざに学ぶ」 第3回

宮大工 今枝敏男
今枝寺杜建築
森本昭博/森本建築事務所
 今枝敏男さんと津市の一身田にある専修寺の工事事務所で対談したのが6月30日、あれからずいぶん時がたった。建築家を前に寺社建築のっくり様を楽しく語ってくれたことを思い出す。関の地蔵さん(注1)の改修をしたり、今は三重県一志郡にある白山神社(注2)改修と、この専修寺を手がけているという。伊賀地方においてもいくつか仕事をされており、お名前は知っていたが、初対面であった。
林廣伸氏の進行で、谷口元氏と三重地域会の上村貞一郎氏、滝井利彰氏と私の5人でお話をうかがった。
修行時代
 1954年(昭和29)生まれ。職業訓練校を卒業後、大工であった父親を手伝って住宅の仕事につく。社寺の勉強がしたくなり、社寺建築専門の宮崎大工(注3)のもとへ修行に出て、1989年(平成元)に初めてお堂を建てた。7年間の修行後独立、宮崎さんからはたくさんのことを学んだが、とくに次の言葉が体に染み込んでいるという。「理屈がわかったら仕事ができる」「原寸だからこそ描ける」「納得できる仕事ができないからまたする」。また、住宅は寸法通り現場合わせでつくればよいが、お堂は組んで現場に置いておく気持ちでつくることが大切だ。「あの大工、現場合わせでつくっているやないか」と言われたら宮大工は終わりだとも教わった。
人材の育成と研修 宮大工の今枝敏男さん
 28歳のころから三重県職業訓練校の指導員をし、後継者の育成にあたってきた。1992年(平成4)に文化財建造物木工主任技能者の認定を受け、三重県の検定員を昨年までつとめた。技能検定の講習では昔の古いものの継承、古いものの見方、もとの形がどうであったかを見つけること、建物を調査し元の状態に直していくやりかたなどを学ぶ。そのような指導員をしていたおかげで図面を描けるようになった。宮大工になるには、根気と几帳面さが必要だという。今、今枝さんのところで働いているのは、兄、弟、甥など身内の人がほとんど。この仕事は働く時間が長く、それに対する報酬が伴わないから後継者はむずかしい。でもいい人材を育てたいという。
 年2〜3回仲間たちが集まって、文化財木工技術保存会を開催し勉強会を開いている。おれの現場ではこうやった、ああやったと意見を交換し、技術の向上に努めているが、どうも腕のいい仲間ばかり集まって仕事の自慢話をして楽しんでいる会になっているようだ。
 保存、解体修理の仕事は、何回も解体修理を繰り返している建物をどの時代に戻すか議論し、解を出すところにある。たとえば3回改修されていて元の建物の80%残っているとする。そして今回の改修では、元の形に戻しても意味がない、中間の処理をどうするかがもっとも問題だと語る。そしてその時々、直していくたびの工夫が必要だという。文化財の改修等は元に戻せば時代なんてあまり関係ないと思っていたが、この話を聞いて、かかわっているその建物の意味を考えて仕事をしていることに心をひかれた。
大工道具(のみとかんな) 改修が始まった専修寺御影堂
 何回か一緒に仕事をしている林さんは、道具の多さに驚いたという。とくにのみとかんなの種類の多さにはびっくりしたらしい。かんなを使うようになったのは江戸の中期、それまではやりがんな、前述のような改修して元に戻すということになると、やりがんなで仕上げることになる。そんなことは予算等の関係でできるはずもない。今枝さんは、使いやすい道具を自分で工夫してつくる。丸かんなもいろんな種類が必要になってくるから自分でつくる。宮大工は自分流の道具をもっていなければならない。年2回ぐらい腕利きの大工仲間が集まって、かんな削りの大会を開いている。今までの最高は一削りで幅8寸、長さ10尺のかんなくず。とてもくずなんて言えない。息抜きをしながら腕を磨いている。
専修寺の改修 丸かんな等はすべて手作り
 今回工事を行なう専修寺御影堂(注4)は1666年(寛文6)に建てられたもので何回か改修されてきたが、傷みがひどくこのたびの大がかりな改修となった。総工事費50億円で2008年(平成20)完成予定だという。ちなみにこの工事の木材費はおおよそ5億円、大工手問はおよそ3億円とのこと、手間受けはどれだけかかるかむずかしく、日当計算で大工の手間賃をもらっていくという。道具代や経費をなかなか認めてもらえないのが頭の痛いところだと嘆く。
 この建物も3〜4回の改修が行なわれてきたので、元に戻すことはできない。どの時点に戻すかがもっともむずかしいという。そこが宮大工の腕の見せどころであり、完成が楽しみである。
今枝敏男さんと対談して
 専修寺の現場事務所での対談となったが、今枝さんのものをつくってきた自信が伝わってくる。あの笑顔のすばらしさは忘れられない。もののつくり様だったらなんでも聞いてくれと5人を相手に多種の質問に答えてくれた。今枝さんの仕事の受け方は損得ではなく、自分を必要としてくれているかどうかが決め手になるなと思った。建築家の生き方と共通するところがある。
 このごろもののつくり方で、ちょっと気になっていることがある。建て主がいて設計者が決まり、その後施工業者、協力業者が決まっていく縦系列でのもののつくられ方はちょっと違うのではないか。つくりたい建物があれば、そのとき気に入った設計者、施工業者、協力業者を決めてスタートする横系列でのものづくりの方がよいのではないか。今枝さんから話をうかがって、そのことを強く感じた。
 今枝さんの建てられた名張市滝之原にある国津神社を見に行った。一昨年の台風7号で全壊し再興された真新しい建物だが、風景の中にとけ込んでいる。「寺社仏閣は建物をその場所にそっとおいておくんですよ」と今枝さんが語られたすてきな言葉を、この場所に立って強く感じた。
注1 地蔵院本堂/国指定重要文化財
注2 三重県指定文化財
注3 宮崎喜久夫氏(三重県鈴鹿郡関町在住)
注4 国指定重要文化財