2003年までの文章は雑誌からスキャニングして作成しておりますので、誤字がありましたら申し訳ありません。

「職人のわざに学ぶ」 第2回

瓦葺師 山田實
樺リ井利三郎商店
聞き手:廣瀬高保
はじめに
 わが国の瓦の使用は、仏教文化の渡米とともに始まる。その起源は中国で、紀元前2000年頃であったとされている。現在日本における瓦の葺き方は本瓦葺と桟瓦葺に大別できる。本瓦は寺院、城郭に使用されるものであり、桟瓦は江戸時代に考案され、主に町屋の屋根を火や水から守ってきた。
 愛知県は瓦の出荷が日本一である。その瓦葺き技術をリードしてきた樺リ井利三郎商店で、瓦職人として第一線で活躍する山田實さんにお話を伺うことができた。
入社当時の思い出
 昭和4年生まれ、昭和16年4月、数え年13歳で入社。2代目利三郎の下で修業を積む。現在71歳。会社の社員として勤務する約40名の職人さんのトップの座に位置し、日々後進の指導にあたっている。
 今日も7時近くまで残業をされた後でのインタビューとなった。昭和59年に現在のRC造8階建ての本社を構えるまでは、旧社屋の建物は木造で現社屋から500m程西に行った名古屋パルコ東館の場所にあった。入社当時は店の前にある防火水槽の水替え等、店の雑用はなんでもこなしてきたが、同年輩の学生の間を自転車に乗ってハッピ姿で通り過ぎるのがはずかしかった、と当時をふりかえる。
職人としての独り立ち、後継者問題 写真@
 12〜13年経験を積むと、自分の考えで瓦が葺けるようになった。親方もその考え方を受け入れてくれるようになる。現在ご本人の直伝の後継者は数名で、一番若い職人の方は40歳前半である。現場で指導していて、うまくいかないと、つい手が出てしまうということである。
 会社組織の中での職人としての利点は、寺社建築の仕事ができるということである。一人親方としてやる気があっても、仕事に恵まれないと技術の向上に限界がある。会社の若い職人さんにも、恵まれた立場を利用して、難しい技術に挑戦してほしいと語る。
道具と材料
 昔は主な道具は後ろのとがった四角い断面のかなづちで、たたいて瓦を加工したが(写真@)、今は切断する時はサンダー、穴をあける時はドリルを使用する。機械化によって道具の種類は増えたということである。施工方法も劣化の問題もあって、銅線でしばることはせず、ステンレス釘による固定が主流である。
 瓦そのものについては、三河の田土と岐阜の山土を調合するのがこつであり、三河の田土だけでは、高温で焼成できず表面が凍(い)てる(剥離しやすい)製品になりやすく、岐阜の山土だけでは高温になるが、表面の仕上がりが汚くなってしまうという。窯元では、伝統的な三州瓦(黒瓦)を焼く土が不足しているということである。
新しい試み、工事技法 和瓦をオプジェとして使用した例
 耐久性に難のあるセメント系コロニアル瓦に代わる材料として、平板瓦を開発した。ケラバや軒先の役物は金物だが、施工性がよいので若い職人の定着率がよくなったという。
 現在樺リ井利三郎商店では年間に請け負う工事の65%が住宅で、残りの35%が非住宅ということである。住宅は棟数では7,000棟/年にのぼり、その7割が大手住宅メーカーの住宅の屋根の平葺きである。ただ山田さんご本人は、本瓦や桟瓦を葺く機会が少なくなったと嘆いておられた。
保存修理
 八事興正寺の五重の塔がもっとも思い出深い仕事であった。文化財の役所の担当の方とは瓦の固定の仕方等意見の食い違いがあったという。
 いつまで働かれるのですかという質問に、「定年は自分で決める、危ないと思った時が定年です」とう返事が返ってきた。やさしく笑顔の似合う山田さんでした。
樺リ井利三郎商店社長 坪井進悟さんにお聞きして
 職人の方が現場から戻るまで少し時間ができたので、樺リ井利三郎商店4代目社長坪井進悟さんからお話を伺うことができた。樺リ井利三郎商店といえば、「鬼かわらコンクール」を主催するユニークな会社である。中部新空港の屋根を瓦で飾ってはどうか、空港施設の床や壁の仕上げに瓦を使用したら日本らしさをうまく活かしたアピールができるのではないか、といった提案を熱心に語った。実際に社屋2階のギャラリーを中心にして、今までの代表的な作品のみならず、瓦を素材にした表現の試みが展示されている。
 瓦葺の美しさでは、奈良が日本一だと、いろいろと瓦の調査をしたという。軒先の反りの強い形は大陸の影響で、日本人の好みとしては宮内庁の建物の屋根にみられるようなゆるやかな曲線ではないか、という坪井社長のご意見でした。
新しい職人制度の確立 瓦葺師 山田實さん
 ドイツでは職人(マイスター)は社会的な地位が高いが、日本では職人という言葉が身分を卑下する意味合いがある。そうした負のイメージを変革するための試みとして、樺リ井利三郎商店では独自にルーファー制度を設けている。詳細には企業秘密で公表できないが、概要としては職人が技術の修得度で大きく3つのグループに分かれ、それぞれのグループの中が5段階にレベル分けされている。各職人がレベルアップするためには、百二十数項目の内容を修得しなければならない。一番最初に習うことは挨拶である。山田さんは当然中心グループの最上段で、かぶるヘルメットの赤い5つ星がそれを表している。
 今日は会社組織の中で働く瓦職人という立場の山田實さんを紹介しました。最後になりましたが、インタビューの段取り等お骨折りしていただいた管理部長の佐分達夫さんには紙上をもってお礼申し上げます。