2003年までの文章は雑誌からスキャニングして作成しておりますので、誤字がありましたら申し訳ありません。

安全な建物・都市を考える    
〜東海地方は安心(震)?〜
 最終回

都市の安全を支える新しい技術
福和伸夫     飛田 潤
(名古屋大学教授)  (名古屋大学助教授)
 今回は、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)以降に精力的に開発されてきた新しい防災技術について紹介する。これらは地震被害の発生を前提に危機管理をいかに行なうかを主目的にしている。
危機管理の必要性
 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)は、早朝5時46分に発生したにもかかわらず、首相が被害の深刻さを知ったのは午後であり、政府が緊急対策本部の初会合を開いたのは2日後であった。気象庁も震度6の発表が遅れ、地元自治体も自衛隊への出動要請が遅れた。また、ガスの供給停止が遅滞するとともに、早朝の通電が地震後の出火を助長した。被災者の生存確率は時間経過とともに急速に低下するので、発災後の空白の時間の短縮が救命・救助の上でもきわめて重要である。これらの反省にもとづいて、危機管理能力向上のため、初動体制の早期確立をめざした防災システム技術が開発されるようになった。
図1 直前システムの概念 図2 支援システムの将来像(名古屋市防災会議地震対策専門委員会:名古屋市地震被害想定調査報告書、1997.3)
リアルタイム防災システム
 地震発生後の危機管理の有力なツールとして、リアルタイム防災システムの有用性が認識されてきた。これは、利用目的に応じて使い分けられ、地震動到達時間との時間的対応で、直前・最中・直後システムに分類される。
 図1に直前システムの2つの概念を示す。地震動の主要動であるS波はおおむね3〜4q/秒の速度で、初期微動のP波はおおむね6q/秒の速度で伝播する。したがって、震源に近い位置で揺れを検知できれば、都市との距離に応じた時間(@≒距離÷3〜4q/秒)を稼ぐことができ、地震波到達前に地震情報を提供できる。事例としては鹿島建設によるポケットベル警報システムがある。一方、P波とS波の到達時刻の差を利用することもできる。この場合には、予測地点に設置した地震計でP波初動を検知することにより、A⇒距離÷6q/秒の時間を稼ぐことができる。事例としては新幹線の自動停止システム「ユレダス」がある。直前システムは、震源(あるいは震源近傍の観測点)との距離によって稼げる時間を利用しているので、プレート境界地震のように震源が離れている場合には有効だが、内陸活断層のように震源が直近の場合には十分な機能を発揮できない。
 発電所、ガス供給施設、エレベーター設備などでは、揺れを検知して瞬間的に制御・緊急停止するシステムが利用されている。東京ガスの地震時導管網警報システムSIGNALは、都市圏に展開した地震計情報を利用して中圧導管を自動遮断しようとする先駆的な事例であり、東邦ガスでも同様のシステムを昨年度より運用している。
 地震直後に被害状況を早期把握して初動体制を整え、救急救命活動や消防消火活動などを支援する早期地震被害予測システムが自治体を中心に整備されつつある。端緒となったのは川崎市の震災対策支援システムである。地震直後に、地盤・建物などの都市情報を利用して地域の揺れや、物的・人的被害を推定する。重要なのは揺れと被害の予測を短時間に精度P良く行なうことであり、2つの方法に大別される。1つは、複数点の地震観測記録にもとづいて震源の位置や地震規模を推定し、震源情報から域内の揺れを予測する方法である。ほかの1つは域内に展開した地震観測網の記録を平面的に補完することによる方法である。前者については震源位置や規模の情報が重要であり、気象庁が決定した震源情報を用いる場合もある。後者では、多点の地震観測記録を平面的に補完するので、観測点の数が精度確保の基本となる。名古屋市でもこのタイプのシステムが本年度より運用されている。なお、いずれのシステムにおいても、スピードと精度のバランスや冗長性が重要となる。
自治体の各種防災情報システム
 地方自治体では、早期地震被害予測システムに加え、高所監視カメラや防災ヘリコプター、同報通信システムなどを組みあわせた災害情報支援システムを構築している。図2は名古屋市の地震被害想定の一環で提案された将来の災害情報像である。この中には、被害情報の収集システムやインターネットを介した災害情報の提供システムなども含まれている。筆者らも、GPS・携帯電話・デジタルカメラ・超小型地震計・モバイルパソコンとウェブGISを結合することにより、災害前の広報活動から、発災時の揺れの情報の送信、発災直後の被災度・安否情報の送信、避難所・救援物資情報の受信、などを可能にする新たな災害情報端末「安震君:ANti Seismic Hazard INformation Keeping UNit」の開発を進めつつある(図3)。さまざまな防災情報をWWWや街角の防災情報表示板などから発信することにより、日常の防災意識の向上や発災時の各種の情報伝達が可能となる。インターネットを通した防災情報提供も、愛知県(http://www.pref.aichi.jp/bousai/index.htm1)、名古屋市(http://www.shobo.city.nagoya.jp/index.htm1)、名古屋大学(http://www.sharaku.nuac.nagoya-u.ac.jp)、千代田火災(http://www.chiyoda-fire.co.jp)などで行なわれている。また、最近では、仮想現実感(VR)を利用した地震シミュレーターも開発され、岐阜県などでは災害時のイメージトレーニングの道具として活用されている。
 今後とも、さまざまな情報・通信・計算機技術の開発動向を的確に把握し、防災技術に活用していくことが必要であろう。今回でこの連載は終わるが、耐震設計というミクロな視点と都市防災というマクロな視点、構造力学のようなハードな世界と今回紹介したソフトな世界、こういったさまざまな事柄の融合・総合化が都市の安全のために必要になっている。
図3 安震君(ANti Seismic Hazard Information Keeping UNit:ANSHlN-KUN)の概念図